日本の二枚舌気候外交は破綻必至、パリ協定への数値目標提出は延期せよ

2025年02月17日 06:50
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キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

tugores34/iStock

パリ気候協定への2035年の数値目標の提出期限は2月10日だったのだが、ほとんどの国が間に合っていない。期限に間に合った先進国は、米国、スイス、英国、ニュージーランドの4か国だけ。ただしこの米国は、バイデン政権が約束しただけで、トランプ政権は離脱を決めたから、もはや関係ない。

パリ協定の温室ガス削減新目標 9割の国が提出期限に間に合わず

日本も期限に間に合わなかったが、2035年に60%削減という数値目標の案は昨年末に作成され、1月末にパブリックコメント提出機関が終わった。浅尾慶一郎環境大臣は2月7日の会見で、パブルックコメントを精査したのち、年度内での閣議決定を目指すとしている。

だが他の国はもっと動きが遅いようだ。欧州連合(EU)、中国、インドは提出が今年後半にずれ込むだろう、と報じられている。

だが本当に数値目標を提出するのだろうか。

2050年までにCO2ゼロというのがパリ気候協定での「野心的な目標」の相場になってしまっているので、2035年というと、残り15年でCO2をゼロにしなければならない。

それで日本も2035年までに60%削減(2013年比)という無茶な数値目標案を作った。だがいまでも日本のエネルギーの8割以上は化石燃料であり、それをこんな短期間で減らせる筈がない。もしこの目標に突き進めば、いよいよ産業空洞化が進み、日本の製造業に止めを刺すことになる。

その一方で、日本は脱炭素という方針と矛盾する約束もしている。

石破首相はトランプ大統領に、米国から液化天然ガスLNG輸入をするという約束をした。トランプ大統領は、日米首脳の共同記者会見で、アラスカのLNGや石油の輸出にも言及していた。

だが、いまから本気で日本が2035年に60%の削減をするなら、化石燃料の消費量は大幅に削減するしかなく、米国からであれどこであれ、新たな輸入先を増やす余地は全く無いはずだ。

まして、アラスカを開発するとなると、それだけで時間がかかる。開発が終わったころには日本はますます化石燃料を使わないはずである。

石破首相は米国に1兆ドルの投資をするとも言った。この一方で、トランプ政権は、化石燃料を掘りまくり(Drill Baby Drillが合言葉である)、それによって米国製造業を発展させるとはっきり言っている。

日本が投資をすると、その企業は米国の安価で豊富な化石燃料供給の恩恵を受けるわけで、もちろんCO2を大量に排出する。日本でCO2排出をゼロにすると言っている一方で、米国ではCO2排出を増やす約束をしている訳で、これまた不条理である。

つまり、日本はパリ協定では「CO2をゼロにします」と約束する一方で、米国には「化石燃料を輸入します」「米国に投資します(=CO2を排出します)」と言っている。

まるきり二枚舌である。こんなことでは、いずれ破綻がくる。

トランプ政権誕生から、まだ1か月も経っていない。だがすでに、世界の流れは大きく変わっている。ウクライナの戦争におけるロシアの勝利が明らかになってきた。ドイツの総選挙は2月23日に迫っており、緑の党は敗北が必至だ。

インドのモディ首相はトランプ大統領との首脳会談で石油・天然ガスの輸入を表明した。これに続いて、東南アジア諸国も米国の化石燃料輸入を表明するだろう。

米国は国際援助の在り方も根本から変えようとしている。G7も、それが主なスポンサーである国際開発機関も、化石燃料事業への投融資を禁止してきたが、これも様変わりするだろう。

世界は、エネルギーの現実に目覚めている。空想的な脱炭素ではなく、自国の安全保障と経済のためのエネルギーを求めている。その主力はもちろん化石燃料である。

そうすると、パリ協定に「野心的な数値目標」を提出する国など、限られてくるのではないか?

日本は、パリ協定に数値目標を提出することをしばらく見合わせるべきだ。とりあえず9月ごろまで延期しても、どの国も日本を非難などしない。「検討中」と言っておけばよい。

そのまま日本がパリ協定に数値目標を提出しなければ、パリ協定は空文化する。これは2010年に日本が京都議定書第二約束期間の数値目標を提出せず、同議定書を空文化させたのと同じことだ。

もっとも、日本が引導を渡すまでもなく、放っておいても瓦解するかもしれないが。2050年CO2ゼロなど、もともと出来るはずがない約束なのだ。

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