ドイツを揺るがすゾーリンゲンの惨劇:欺瞞に溢れた難民政策の改定
多様性の象徴が惨劇に
8月22日、ノートライン=ヴェストファーレン州のゾーリンゲン市で、イスラムテロが起きた。ちょうど市政650年を祝うための3日間のお祭りの初日で、素晴らしい夏日。お祭りのテーマは「多様性」だった。
ゾーリンゲン市の市長は社民党の政治家で、社民党といえば、これまでずっと、緑の党と共に難民の無制限受け入れを支持してきた党だ。当然、「多様性」や「多文化共生」は彼らの大好きな言葉で、「国や性別や宗教にこだわらず、我々は全ての人々を受け入れますよ」という寛容の主張である。
さて、この日の夜9時半(まだ明るい時間だ)、お祭りが盛り上がっていた頃、26歳のシリア人が唐突にナイフで3人を殺害、8人を負傷させて逃走した。こうして市民の誇りであった多様性は無残にも踏み躙られ、お祭りは殺戮の場と化した。
続く土日は夏を楽しめる最後の週末ということで、州のあちこちで多数のイベントが予定されていたが、安全が確保されないとして全て中止となった。ドイツ中に衝撃が走ったことは言うまでもない。
難民政策の背景と問題点
実は、6月にもバーデン=ヴュルテンベルク州のマイハイム市で、若い警官が、25歳のアフガニスタン人の移民に刺殺されている。この時も、もっと厳しい難民政策を求める声が高くなり、政治家は口先ではいろいろなことを言ったが、抜本的な対策がなされることはなかった。
CDU(キリスト教民主同盟)のメルケル首相が、独善的に国境を開き、難民を招き入れたのが2015年9月。それ以来、ドイツにはとめどなく違法難民が入り続け、さらに21年12月、社民党の現ショルツ政治がその方針をそのまま引き継いだため、現在、ドイツに留まり、庇護を受けている外国人の数は、348万人に上る(9月20日の発表)。
すでに難民と認定された人、申請が却下された人、あるいは、難民資格など元々ないのに違法入国した人など、ステータスは様々だが、すでにドイツの全人口の4%で、もちろん過去最高だ。うち、シリア人が97.2万人、アフガニスタン人が41.9万人だが、目下のところ一番多いのはウクライナ人で、少なくとも118万人。ウクライナ人だけは審査なしで、即、滞在ビザが受けられ、準市民の扱いとなる。
なお、難民資格がなく、本来ならドイツから出国しなければならない外国人の数が22万6882人だが、しかし、ドイツ政府は母国送還など一切やる気がなかった。それどころか緑の党が、「(アフガニスタンなど)死刑のあるような野蛮な国に人を戻すのは非人道的である」として反対するため、たとえ強姦・殺人を繰り返したような重罪犯でさえ送り返せず、ドイツの刑務所で手厚く面倒を見ている。
つまりドイツでは、違法な手段であろうが、何であろうが、一旦、入国してしまえば、たとえ難民審査に落ちても、最終的には留まれる状態だ。しかも、職がなくても、基本的人権を守るという観点により、衣食住も保証される。皆がドイツを目指すのは、当然の話だろう。
ただ、そうするうちに、23年のドイツの犯罪数は80万件に迫り、その半分強が、不法入国や不法滞在など、外国人に特化した犯罪だった。また、暴行傷害や窃盗も二桁台のパーセンテージの伸びで、特に性犯罪は約2500件と15%増。さらに、ナイフを使った犯罪が2万6000件と急増し、ここでも外国人の犯行がドイツ人の6倍。犯罪は凶悪化しており、警官や、救助に駆けつけた消防や救急隊員に対する暴行も過去最高となったという(8月19日の連邦警察と内務省の発表)。
AfDと旧東独の選挙事情
そんな矢先に起こったのが、前述のゾーリンゲンの事件で、焦ったのは社民党だった。なぜなら、社民党は現在、壊滅的に人気を落としているというのに、9月には旧東独で3つもの州議会選挙が迫っていたからだ。しかも、その旧東独で強いのが、2015年以来、一貫して難民政策の修正を主張し続けていたAfD(ドイツのための選択肢)なのだ。
AfDは、他の全ての政党と主要メディアにより、極右だ、ナチだと悪魔化されていたが、国民は必ずしもその“誹謗中傷”に乗らず、支持は着実に伸びている。この上、ゾーリンゲン事件がさらにAfDの追い風になることだけは、社民党としては絶対に避けたかった。
そこでフェーザー内相が言い出したのが、いつものことながら「民主主義の防衛」。“極右”AfDが広める難民に対する差別が社会に憎悪を振り撒き、この惨劇を招いた。「打つべきはAfD!」というのが、その趣旨だ。そして、あっという間に、28人のアフガニスタン人の重罪犯の母国送還を決め、特別便を仕立てて、30日の早朝、本当にカブールへ送り返してしまった。それも、「ようやく実施できて嬉しい」と自画自賛のおまけ付きだ。
後で分かったことだが、政府はその際、重罪犯にそれぞれ1000ユーロずつをプレゼントしたという。アフガニスタンでは1〜2年分の年収にあたる額だそうだが、何のために重罪犯にご褒美を上げなければならないのかの説明はなし。
なお、その後、独立系メディアのTE(TichysEinblick)が、カタールのドーハ(タリバンの在外公館がある)にいるタリバンの高官のインタビューに成功した。「28人はどうなったか」、「1000ユーロはどうなったか」という質問に対し、その高官は、「28人は、アフガニス タンでの前科がなかったことを確認し、母国への忠誠を誓った後、釈放される(現在、すでにほぼ全員が釈放された模様)。1000ユーロは各自のもので、タリバン政府とは関係のない話である」と答えた。あたかも英雄の帰還? それにしてもドイツは寛容な国である。
さて、9月1日に行われたザクセン州とチューリンゲン州の州議会選挙では、ザクセン州では1.3%ポイントという僅差で、CDUがかろうじてAfDを抑えて第1党となったが、チューリンゲン州ではAfDが32.8%の得票率で、CDUを9.2%ポイントも引き離して第1党となった。ところが、チューリンゲン州のCDUの筆頭候補は、「民主的な票による第1党は我々CDU」との理屈で、勝利宣言。
その後、22日のブランデンブルク州の選挙では、社民党とCDUがAfDの進軍を止めるためだけに奇妙な“協働”に走り、社民党(30.9%)が1.7%ポイントという僅差で、AfDを抑えた。これが本当に民主主義かどうかは甚だ疑問だが、それよりも、先の2州も含めて、今後の連立交渉がどうなるのかが見ものだ。
AfDが連立交渉から阻害されることだけは確かだが、そうなると、その他の党が、皆で組まなければ過半数が取れず、まさに野合のような状態となる。今の連邦政府も21年12月、まさに同じで、主張の全く異なる3党が無理やり連立した結果、統治能力がなくなってしまって久しい。それが、今後、州単位であちこちで起こるとしたら、ドイツではますます発展途上国化が進む。
なお、「移民・難民問題は1番の問題ではない」として、移民や難民による犯罪を無視した緑の党は、ザクセン州ではかろうじて5.1%の票を得たが、チューリンゲン州(3.2%)とブランデンブルク州(4.1%)では5%条項を満たせず、州議会での議席を失うことになった。
そして、この選挙結果に慌てた政府は、急遽、国境の監視を始めた。これまでは、オーストリア、ポーランド、チェコの国境はほぼ監視していたが、それを、周辺9カ国全ての国境に拡大したわけだ。ただ、隣国がドイツから押し戻された難民をおいそれと受け入れるはずもなく、今後、EUの難民政策がさらに混乱することは織り込み済みだ。
EUの未来に揺れる難民問題
ヨーロッパは一つと、美しい理念でできたEUだが、今や、皆、自国ファースト丸出しで、戦々恐々としている。そして、その真ん中に鎮座するフォン・デア・ライエン氏だけが、ウクライナへの軍事支援やら、東欧の洪水の被害への援助など、笑顔でお金をばら撒き続けている。おそらくEUの連帯を示しているつもりだろうが、他人のお金を寛大にばら撒くほど容易なことはない。氏への批判は、すでに無視できないほど膨らんでいる。
いずれにせよ、綻びかけたEUを、今後、難民がさらに激しく揺るがせることは間違いない。もしEU船が沈没しかければ、おそらく、機を見るに長けたフォン・デア・ライエン氏が真っ先に脱出するだろうと、想像力を豊かにする私である。
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