石炭を巡り起きている不都合な真実

CUHRIG/iStock
米国政府のエネルギー情報局(EIA)が、9月4日付で興味深いレポートを発表した。レポートのタイトルは「米国産の火力発電向け石炭輸出は欧州向けが減る一方、アジアとアフリカ向けが急増」である※1)。
ここでは米国からの火力発電向用石炭の輸出量が2020年以降増加傾向にあり、特に24年上半期は前年同期比で欧州向け輸出を大きく減らした一方で、アジア、アフリカ地域への輸出がそれを上回る勢いで急増しているという。
図は23年と24年の上半期輸出量の増減を地域別に比較したものであるが、欧州向け輸出量が650万トンから240万トンへと、67%(410万トン)も減少している。その理由として同レポートでは、欧州で24年の春先にかけて比較的温暖だったことと、天然ガス発電・再エネの拡大を挙げている。
一方で、同じ時期に米国からアジアに輸出された燃料炭の量は19%増、量にして400万トン拡大しており、その多くがインドと中国の二か国に輸出されているという。加えて同時期にアフリカ向け輸出も60%増、量にして200万トン増えているので、アジア向けと合わせると欧州向け輸出の減少分を超える輸出拡大となっている。
バイデン大統領が率いる米国は気候変動対策に積極的であり、石炭火力発電や石炭鉱山開発向けの資金の流れを抑えるイニシアチブをEUと共に進めたり、COP28やG7、G20 の場でも、削減対策のとられていない石炭火力発電の新設を止めることを主張してきたアンチ石炭運動の主導国として、英国、フランスなどと足並みをそろえている。
その一方で、米国自身が石炭産出国であり、年間4000~5000万トンもの燃料端を輸出して石炭の販売から経済的裨益を受けている国という二重の顔をもっている。
石炭はどこで発電に使って燃やしてもCO2を出すことに変わりがないので、気候変動対策を第一に考えるなら、自国の炭鉱を閉じ、石炭輸出を止めれば良いようなものだが、実際にはアジア、アフリカでの需要拡大を商機として、米国自身が輸出量を拡大して稼いでいるのである。
ちなみに興味深いことに、EIAのレポートによると急増するアフリカ向け石炭輸出の向け先のほとんどが、エジプトとモロッコの2か国に向けられているということだが、奇しくもこの2か国は過去に国連気候変動枠組み条約の年次総会(COP)のホスト国として、いずれもCOPの議長を務めている※2)(COP27@シャルム・エル・シェイク、COP22&COP7@マラケシュ)。世界のCO2削減に向けた国際交渉の舞台COPにおいて、アフリカを代表して議長国となった2か国が、米国から500万トンもの燃料炭を買っているのである。
国連の気候変動交渉の場では、化石燃料、その中でも最もCO2排出の多い石炭の利用禁止や開発制限といった「きれい事」が語られる裏で、米国は石炭開発を続け、輸出を拡大して稼ぎつづけており、一方、COP議長を務めて気候変動対策をリードした途上国がその米国産石炭輸入の拡大を進めているというのが、現実の世界で起きている「本音」であるという不都合な真実を、このEIAの報告書は語ってくれている。
ちなみに本レポートの前日、9月3日にもEIAは過去のレポートのアップデート版を公表しており※3)、そこでは、現在北米地域(米国、カナダ、メキシコ)において液化天然ガス(LNG)の大規模な輸出基地が続々と建設されており、すでに着工されていて稼働することが確実な10件のプロジェクトだけで、2028年には現状(24年)の輸出容量114億Bcf/dから244憶Bcf/dへと、2倍を超えて急拡大することが確実という。
これらプロジェクトの操業開始が予定されている2028年は、環境派の人たちがCO2の排出量半減が必要と叫ぶ2030年のわずか2年前である。ここでも気候変動問題に関する理想論と現実世界の溝は修復しがたいほど大きく開いてきていることが見て取れる。
■
※1)U.S. thermal coal exports to Asia and Africa surge as shipments to Europe fall
※2)他にアフリカでCOP議長国を務めたのは南アフリカとケニアだが、南アフリカは石炭産出国であり、一方ケニアには未だ石炭火力発電所は稼働していない。
※3)North America’s LNG export capacity is on track to more than double by 2028

関連記事
-
前回に続いてルパート・ダーウオールらによる国際エネルギー機関(IEA)の脱炭素シナリオ(Net Zero Scenario, NZE)批判の論文からの紹介。 A Critical Assessment of the IE
-
以前、米国のメディアは分断されており、共和党寄りのFox News等と、民主党系のCNN、MSNBC、ABC、CBS、およびNBC等に分かれていて、有権者はそれぞれ自分の属する党派のニュースが正しいと信じる傾向にあること
-
菅直人元首相は2013年4月30日付の北海道新聞の取材に原発再稼働について問われ、次のように語っている。「たとえ政権が代わっても、トントントンと元に戻るかといえば、戻りません。10基も20基も再稼働するなんてあり得ない。そう簡単に戻らない仕組みを民主党は残した。その象徴が原子力安全・保安院をつぶして原子力規制委員会をつくったことです」と、自信満々に回答している。
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 管政権の目玉政策の一つが「2050年二酸化炭素排出実質ゼロ」であり、日本だけでなく国際的にも「脱炭素」の大合唱しか聞こえないほどである。しかし、どのようにして「脱炭素社会」を実
-
はじめに トリチウム問題解決の鍵は風評被害対策である。問題になるのはトリチウムを放出する海で獲れる海産物の汚染である。地元が最も懸念しているのは8年半かけて復興しつつある漁業を風評被害で台無しにされることである。 その対
-
おなじみ国連のグテーレス事務総長が「もはや地球温暖化(global warming)ではなく地球沸騰(global boiling)だとのたまっている。 “地球沸騰”の時代!?観測史上最高気温の7
-
(GEPR編集部より)この論文は、国際環境経済研究所のサイト掲載の記事から転載をさせていただいた。許可をいただいた有馬純氏、同研究所に感謝を申し上げる。(全5回)移り行く中心軸ロンドンに駐在して3年が過ぎたが、この間、欧州のエネルギー環境政策は大きく揺れ動き、現在もそれが続いている。これから数回にわたって最近数年間の欧州エネルギー環境政策の風景感を綴ってみたい。最近の動向を一言で要約すれば「地球温暖化問題偏重からエネルギー安全保障、競争力重視へのリバランシング」である。
-
立春が過ぎ、「光の春」を実感できる季節になってきた。これから梅雨までの間は太陽光発電が最も活躍する季節となるが、再エネ導入量の拡大とともに再エネの出力制御を行う頻度が多くなっていることが問題となっている。 2月6日に行わ
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間