日本はすでにエネルギー後進国への道を歩み始めている

2024年07月01日 07:00
アバター画像
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

zhengzaishuru/iStock

大型原子力発電所100基新設

政府は第7次エネルギー基本計画の策定を始めた。

前回の第6次エネルギー基本計画策定後には、さる業界紙に求められて、「原子力政策の180度の転換が必要—原子力発電所の新設に舵を切るべし」と指摘した。

その後、機会があるごとに、わが国がグリーントランスフォーメーション(GX)を乗り切るためには原子力発電所の新設が急務であると言い続けてきた。

GXにチャレンジし成し遂げて行くためにはデジタルトランスメーション(DX)による体力と競争力の増強が必須である。そのDXのためだけにも大型原発の新設が急務だと。当面の目標は100万kW級原子力発電所100基の新たな建造である。

昨年末にUAEドバイで開催されたCOP28において、国際原子力機関(IAEA)は、世界の原子力発電を2050年までに3倍にすることを宣言した。当然ながら日本もこれに賛同した。

原子力発電所が審査や建設を経て実際に発電するまでには、ゆうに10年はかかる。今すぐにも新設に着手しなければ、日本はDX/GXに乗り遅れるばかりか、電気料金は高騰し続け、家計を逼迫し、産業は衰退して行く。

日本はたちまちにしてエネルギー貧国に落ちぶれて行くのである。

原発新設を阻む4つの壁

現状のままでは原発新設はまったく進まない。なぜなら、頑として強固な壁が4つもあるからだ。

  1. 電力システム改革の見直し、
  2. 原発新設に特化した資金調達システムの整備、
  3. 原子力賠償法の見直し、
  4. 原子力規制の根本的改革

の4つである。

電力システム改革、なかでも電気の小売の完全な自由化は電気事業者の首を絞めて大型投資ができなくしてしまっている。そればかりか、需要家(家庭や企業)の電気料金を釣り上げている。そのような中で、電気事業者が原子力発電所を新たに建造するには、資金調達システムが欠かせない。かつての総括原価方式に替わるシステムである。

大型原発1基の建造には、6000億円から1兆円必要だとされている。電力自由化の大波を被った大手電力事業者には、そのような大金を幾重にも用意できる体力はもうない。

福島第一原子力発電所事故の後、従来の原子力賠償法を見直す動きがあった。しかし、結局のところ何も変わらず、原子力事故が起こった際の賠償は、今もって事業者には事実上の〝無限責任〟のまま放置されている。

事業者の賠償限度額に上限を設けて有限責任とし、あとは国が対処するべく法改定が急務。原子力規制委員会は根拠のない気違いじみた〝世界一厳しい安全基準〟を標榜し、原発新設を阻んでいる。原子力規制の正常化なくして新設などありえない。

原子力小委の体たらく

総合資源エネルギー調査会の原子力小委員会(委員長:黒﨑健・京都大学複合原子力科学研究所所長・教授)が6月25日、4か月ぶりに開かれた。

原子力少委の検討内容はエネルギー基本計画に直結している。よって、5月15日に経産省が第7次エネルギー基本計画の策定に着手したことを受けて、実に4か月ぶりに原子力小委員会が開催されたのである。

この会合において、「原子力に関する動向と課題・論点」(資源エネルギー庁)という資料が議論された。「議論された」というのはウソで、ここに資源エネルギー庁、つまり官僚の基本方針というかドクトリンが示され、小委員会では一定の時間をかけてこの内容を委員に流布・納得させ、小委としての原子力政策の束としてエネルギー基本政策策定会議に投げられるのである。

この資料をサーベイすればたちまちにしてわかることがある。それは、原子力発電がどのような根本原因ゆえに進まないのかという分析がない。また、課題は曖昧さを多大に含んでおり、司司(つかさつかさ)で誰が何をするという規定もない。

具体的に課題をひとつひとつ丁寧に掲げ、それに応じて実施内容を分析し、誰がやるのか、そして資金はどうするのか、組織はどうするのか、規制はどうするのか——その具体的な像がこの資料からはまったく見えてこない。つまりボケボケにボヤけてあるのである。

腰砕け、見せかけのDX・GX

こんなボケまくっている政策を鵜呑みにさせられる委員会の先生方も気の毒といえば気の毒であるが、腰砕けの体たらくというほかない。

巷間、原子力がなくても再エネ(太陽光、風力)でやっていけるという声もかまびすしいが、太陽光は夜間はゼロ、日本全域が曇りや雨、そして風が吹かない日もある。不安定電源なのでいざという時に頼りにならない。また、周波数の乱れがあること、安定した高圧電源が取れないことは産業を支えて行くには致命的な欠陥である。

要するに、日本のような高度に発達した産業を支えて行くには原子力発電は欠かせない。さもなくば日本はエネルギー後進国に落ちぶれて行き、DXやGXにチャレンジして行く道は塞がれる。

原子力発電の大規模な新設こそが陥落への道からわが国を救う。そのためには、4つの壁を乗り越えるべく実質感と、実行可能性が見える原子力政策の策定が欠かせない。

This page as PDF
アバター画像
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

関連記事

  • 電力自由化は、送電・配電のネットワークを共通インフラとして第三者に開放し、発電・小売部門への新規参入を促す、という形態が一般的な進め方だ。電気の発電・小売事業を行うには、送配電ネットワークの利用が不可欠であるので、規制者は、送配電ネットワークを保有する事業者に「全ての事業者に同条件で送配電ネットワーク利用を可能とすること」を義務付けるとともに、これが貫徹するよう規制を運用することとなる。これがいわゆる発送電分離である。一口に発送電分離と言ってもいくつかの形態があるが、経産省の電力システム改革専門委員会では、以下の4類型に大別している。
  • 福島第一原発の南方20キロにある楢葉町に出されていた避難指示が9月5日午前0時に解除することが原子力災害現地対策本部から発表された。楢葉町は自宅のある富岡町の隣町で、私にも帰還の希望が見えてきた。
  • EUのエネルギー危機は収まる気配がない。全域で、ガス・電力の価格が高騰している。 中でも東欧諸国は、EUが進める脱炭素政策によって、経済的な大惨事に直面していることを認識し、声を上げている。 ポーランド議会は、昨年12月
  • 第6次エネルギー基本計画の検討が始まった。本来は夏に電源構成の数字を積み上げ、それをもとにして11月のCOP26で実現可能なCO2削減目標を出す予定だったが、気候変動サミットで菅首相が「2030年46%削減」を約束してし
  • ドイツ東部の都市、ライプツィヒに引っ越して、すでに4年半が過ぎた。それまで38年間も暮らしたシュトゥットガルトは典型的な西ドイツの都市で、戦後、メルセデスやポルシェなど自動車産業のおかげで急速に発展し、裕福になった。 一
  • 立春が過ぎ、「光の春」を実感できる季節になってきた。これから梅雨までの間は太陽光発電が最も活躍する季節となるが、再エネ導入量の拡大とともに再エネの出力制御を行う頻度が多くなっていることが問題となっている。 2月6日に行わ
  • 東京電力福島第一原発の直後に下された避難指示によって、未だに故郷に帰れない避難者が現時点で約13万人いる。
  • 前回、SDGsウォッシュを見極める方法について提案しました。 SDGsに取り組んでいると自称している企業や、胸にSDGsバッジを付けている人に以下の2つを質問します。 ① その活動(事業、ビジネス等)は2015年9月以降

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑