「たぶんトラ」で国際エネルギー機関(IEA)は解体的出直し
「たぶんトランプ」に備えて米国の共和党系シンクタンクは政策提言に忙しい。何しろ政治任命で高級官僚が何千人も入れ替わるから、みな自分事として具体的な政策を考えている。
彼らと議論していると、トランプ大統領になれば、パリ気候協定離脱はもちろん、バイデン政権のグリーンディールは全て覆すことははっきりしている。
そしてここにきて国際エネルギー機関(IEA)解体論が出てきている。
IEAとは、1973年の第1次石油危機を契機に、アメリカのキッシンジャー国務長官の提唱のもと、1974年にOPECに対抗するために設立された機関で、パリに本拠地がある。
IEAは加盟国が石油危機を回避するために、共同での石油備蓄体制を整えた。また石油代替エネルギー利用と省エネルギーを促進し、エネルギー統計を整備し、また各国の政策をレビューした。
つまり、もともとIEAはエネルギー安全保障のために設立されたものだった。
ところが、そのIEAがここ数年で変容し、すっかりグリーンIEAになってしまった。パリに本部が置かれていたこともあり、欧州政府の意向を強く受けた形だ。
IEAはかつては確実な分析をしていたが、いまではグリーン扇動を事としている。最近出した愚かな報告書が象徴的だ。タイトルは「クリーンエネルギーが経済成長の原動力となっている(Clean energy is boosting economic growth)」である。
報告書を見ると、
- 2023年の世界GDP成長率の10%をクリーンエネルギーが占めた
としたうえで
- 欧州では経済成長の3分の1がクリーンエネルギーによるものだった(下図)
として、欧州のクリーンエネルギー政策を絶賛している。
だがここで何を勘定しているのかというと、
- 再エネやヒートポンプ、EVなどのクリーンエネルギー技術の製造投資
- 再エネなどのクリーンな発電能力の導入投資
- クリーン機器販売
となっている。つまり、
- 再エネの導入による電気代高騰による経済への悪影響
- EVの導入による運輸・物流コスト上昇による経済への悪影響
などは入っていない。
経済分析というのは、好影響と悪影響を両方通算しなければ落第なのに、悪影響の方を無視している。
それに、GDPが増えたといっても、可処分所得が増えないと意味が無い。国民の暮らしが豊かにならないからだ。
EUのGDPは、かろうじて0.5%成長しているにすぎず、その3分の1がクリーン投資なのだそうだ。だが、そもそもなぜ0.5%しか成長していないかといえば、その再エネやEV偏重のエネルギー政策のせいで、エネルギーコストが上昇してしまったからではないのか?
と言う訳で、IEAは、経済分析能力を放棄して、EUなどの好むクリーン政策をひたすら正当化するだけの組織に成り下がってしまった。昔はもっとまともな分析をする組織であり、エネルギー安全保障を真剣に考える機関だったと思うが、残念なことだ。
こんなIEAなら無い方がよい。
米国のマーク・ミルズは、もうIEAは解体し、元々のエネルギー安全保障のための組織に再編すべきだとしている。
Energy Information Has Never Mattered More—So It’s Time to Reform the IEA
更に、筆者が話した米国の別のシンクタンクの方は、IEAが「武器化」され米国のエネルギー安全保障が脅かされている、と言う。
何のことかというと、IEAは、2021年に発表したネット・ゼロシナリオで、「2050年には脱炭素するのだから、もう石油・天然ガスの探鉱や採掘など、いわゆる上流開発のための投資は不要である」というメッセージを打ち出した。これによって開発に悪影響が出ているのだ。
特に、今年2024年1月にバイデン政権は米国のLNGガス輸出のための設備投資の審査を一時停止すると発表して大騒ぎになった。
この停止は環境運動家のオザニ氏らの運動を受けたものだ。そして、その根拠として使われたのが、IEAのネットゼロシナリオだった。
IEAはまともな経済分析を放棄し、環境運動のための武器化をされて、エネルギー安定供給を損なうようになった。
IEAは解体的出直しが必要で、米国は資金提供を止めて交渉すべきだ、と前述のマーク・ミルズは書いている。
IEAは石油備蓄体制の整備など、日本にとっても重要な仕事をしてきた。IEAをその原点であるエネルギー安全保障のための組織に戻すべく、日本は「たぶんトランプ」の米国と協調すべきではなかろうか。
■
関連記事
-
GEPRを運営するアゴラ研究所は映像コンテンツ「アゴラチャンネル」を放送しています。5月17日には国際エネルギー機関(IEA)の前事務局長であった田中伸男氏を招き、池田信夫所長と「エネルギー政策、転換を今こそ--シェール革命が日本を救う?」をテーマにした対談を放送しました。
-
前々回、前回と、企業のカーボンニュートラル宣言がESGのG(ガバナンス)、S(社会性)に反することを指摘しました。今回は世代間の問題について考えます。 2030年CO2半減目標は将来世代への足枷になる 自助努力で100%
-
私の専門分野はリスクコミュニケーションです(以下、「リスコミ」と略します)。英独で10年間、先端の理論と実践を学んだ後、現在に至るまで食品分野を中心に行政や企業のコンサルタントをしてきました。そのなかで、日本におけるリスク伝達やリスク認知の問題点に何度も悩まされました。本稿では、その見地から「いかにして平時にリスクを伝えるのか」を考えてみたいと思います。
-
国会事故調査委員会が福島第一原発事故の教訓として、以前の規制当局が電気事業者の「規制の虜」、つまり事業者の方が知識と能力に秀でていたために、逆に事業者寄りの規制を行っていたことを指摘した。
-
第6次エネルギー基本計画の素案が、資源エネルギー庁の有識者会議に提示されたが、各方面から批判が噴出し、このまま決まりそうにない。 電源構成については、図1のように電力消費を今より20%も減らして9300~9400億kWh
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 6月30日に掲載された宮本優氏の「失われつつある科学への信頼を取り戻すには・・」の主張に、筆者は幾つかの点では共感する。ただし全てにではない(例えばコロナの「2類→5類」論には
-
日本でも縄文時代は今より暖かかったけれども、貝塚で出土する骨を見ている限り、食べている魚の種類は今とそれほど変わらなかったようだ。 けれども北極圏ではもっと極端に暖かくて、なんとブリや造礁サンゴまであったという。現在では
-
筆者は1960年代後半に大学院(機械工学専攻)を卒業し、重工業メーカーで約30年間にわたり原子力発電所の設計、開発、保守に携わってきた。2004年に第一線を退いてから原子力技術者OBの団体であるエネルギー問題に発言する会(通称:エネルギー会)に入会し、次世代層への技術伝承・人材育成、政策提言、マスコミ報道へ意見、雑誌などへ投稿、シンポジウムの開催など行なってきた。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間