温室効果ガス排出量の目標達成は困難④
(前回:温室効果ガス排出量の目標達成は困難③)
田中 雄三
風力・太陽光発電の出力変動対策
現状の変動対策
出力が変動する風力や太陽光発電(VRE)の割合が増大すると、電力の積極的な需給調整が必要になります。前稿③の「Energy-Charts」の図を参照下さい。現状ドイツでは、原子力、流れ込み式水力、バイオマス、廃棄物発電は、ほぼ一定の出力で運転されています。電力の需給調整のため、揚水発電と石炭火力(瀝青炭、褐炭)やガス火力を変動出力運転し、残りの需給差を電力の輸出入で調整しています。
ドイツは水力発電の立地が乏しいようで、揚水発電による調整量は、石炭やガス火力による調節量に比べて僅かです。また、2022年実績で正味電力輸出量(輸出マイナス輸入)は、年間総発電量の約6%とかなりの値となっています。
VREの発電変動があっても調整できるのは、化石燃料発電が総発電電力量の40%以上残っていることと、欧州各国が電力網で繋がり、電力の輸出入が行えるためです。
しかし、欧州各国で、変動出力運転ができる化石燃料発電が減少した時点では、例えば、冬季に風力発電の出力が増大した時は、何処の国でも電力が余剰になり、電力の輸出入による調整が成り立たなくなる可能性があります。
将来の変動対策
VREに全面的に依存する場合、変化する電力需要に対し、不足電力をどの様に補い、余剰電力をどの様に活用するかは重大な問題です。
ドイツ将来の発電量変動対策を、フラウンホーファーISEにより作成された「気候中立的なエネルギーシステムへの道」から紹介します。
ドイツの2045年GHGネットゼロ目標に従い、同レポートには4つのシナリオが検討されています。比較の基礎になる「参照」シナリオ、ボイラや燃焼エンジンなど従来技術の使用を継続する「永続」シナリオ、風力発電など大規模インフラ対策に抵抗がある「不受容」シナリオ、そして、エネルギー消費の大幅低減が進む「十分」シナリオの4つです。
図22に、前記2022年実績の電源構成と対比して、「参照」シナリオの2045年の電力供給と電力使用の内訳を示しました。2045年に想定されている電力量は、2022年実績の3倍近くです。風力発電は58%、太陽光発電が32%で、両者合計で90%を占めています。2022年の両者合計の37%から今後大幅に増加する想定です。残りは合成メタン等を用いたガス火力が6%で、水力発電、水素火力、電力輸入の合計が4%です。
2045年「参照」シナリオの電力使用量の想定で、民生部門、産業部門および運輸部門の通常の電力使用は全体の約6割で、残り約4割は発電変動対策に関連した電力使用です。表3に、上記レポートに記載されている発電変動対策を示しました。
発電変動対策としては、電力貯蔵技術、余剰電力をエネルギー変換・貯蔵・再変換する技術(Power-to-X)、CO2排出につながらないディスパッチ可能発電の3つが重要になります。
VREに全面的に依存する電力システムでは、先ず、発電量の季節変動とピーク電力をできるだけ抑制した上で、種々の発電変動対策を設けることになるでしょう。
季節変動とピーク電力の抑制
風力発電は冬季に、太陽光発電は夏季に発電量が増大する季節変動があることを前述しました。また、太陽光発電の電力量は、晴れた日には正午前後の3時間で1日の発電電力量の1/3~1/2を占め、日内変動が大きい特性を有します。
そのため、風力と太陽光の併用で季節変動を相殺し、太陽光発電を昼間のピーク需要対応としピーク発電量が過大にならない計画が望ましいわけです。「参照」シナリオの電源構成は、風力発電をベースに、上記を考慮した太陽光発電比率を設定したものと推測されます。
季節変動で発電量不足が何週間も続く場合、バッテリーからの供給で不足電力を補うには、設備費が過大になります。また、揚水発電の貯蔵容量は、一般に立地面から制約されます。風力と太陽光比率の計画を調整することで、発電量の過不足を無くすことはできませんが、発電不足と発電余剰が交互に生じるようにすれば、変動対策に必要な電力貯蔵量を低減できます。
一方で日本の場合、風況の良い陸上風力の立地は少なく、水深50mまでと言われる着床式洋上風力の立地も限られます。止むを得ず、浮体式洋上風力の開発が進められていますが、経済的に成り立たないと筆者は考えています。
太陽光発電を設置できる場所も潤沢にあるわけではありませんが、無理をして太陽光発電の導入量を増やすことになります。そのため日本では、風力や太陽光発電の季節変動を相殺できるように、発電比率を適切に選ぶことはできないでしょう。
低緯度地域にある多くの発展途上国は、太陽光発電には適していても、世界の風況マップを見れば、概して風況が良くないことが分かります。日本と同様の問題が発展途上国にも起きると考えます。
電力貯蔵技術
発電変動対策の技術を以下に手短に紹介します。電力貯蔵は、電力余剰時に充電し、電力不足時に放電することで、発電変動対策の役割を果たします。リチウムイオン電池などの定置型バッテリー、EV車などに車載される移動型バッテリー、揚水発電が主な技術です。EV車のバッテリー充填も、電力余剰時に行うことが推奨されるでしょう。
バッテリーも揚水発電も応答速度が高く、急速な発電変動に対応でき、電力貯蔵損失が比較的小さい技術です。しかし、バッテリーは貯蔵電力当りの設備コストが高く、揚水発電は一般に立地が限られるため、貯蔵容量の拡大には制約があります。通常、1日程度の短期の発電変動に適用されます。
余剰電力の燃料変換
余剰電力のエネルギー変換として、水の電気分解による水素製造、更に水素を原料にガス燃料としてメタンや液体燃料の合成が想定されています。
メタンはボイラ燃料、液体燃料は内燃機関など従来技術を使い続けることに役立ちます。水素は燃料利用の他に、化学的エネルギー貯蔵として利用すれば、貯槽のみを大きくすることでエネルギー貯蔵量を大幅に拡大できる利点があり、発電量の季節変動対策としても想定されています。
但し、余剰電力で水電気分解、水素製造し、貯蔵後に火力発電で再度電力化する電力貯蔵効率は、30%台と非常に低いのが欠点です。
同レポートには、住民の反対で陸上風力発電の大幅導入が受け入れられない「不受容」シナリオでは、代わりに太陽光発電の比率が高まり、その高いピーク電力による余剰電力に対応するため、電力貯蔵と電解槽の容量が大きくなることが指摘されています。
その他の変動対策
電力不足時の主な対策に想定されているのは、バッテリーとともに、ヒートポンプと熱電併給を複合した地域暖房システムです。電力余剰時にはヒートポンプで熱供給し、電力不足時には熱電併給プラントを運転するものです。
また、メタン火力もあり、燃料にはGHG排出を避けるため、電気分解水素や合成メタンが使用されます。その他、電力負荷シフトのための蓄熱も想定されています。
発電変動対策として各技術の寄与度は、電力余剰時の電力利用量と、電力不足時の電力供給量で評価されており、寄与の程度はシナリオにより異なりますが、電気分解、定置式バッテリー、電気発熱体、および複合ヒートポンプ・熱電併給地域暖房が最も重要な技術と記載されています。
考慮されていない変動対策
1990年代から温暖化対策としてCO2回収貯留(CCS)は検討されていましたが、2010年頃からCCSへの関心が急速に高まりました。2015年のパリ協定に向け、CCS無しにはGHGネットゼロは難しいという認識があったものと思います。
しかし、ドイツの上記シナリオには、CCSは考慮されていません。その理由は、CCSが石炭火力の延命に繋がるというドイツの環境保護団体の反対と、長期的に貯留したCO2が漏洩したらどうするという懸念がCCS反対に繋がっているようです。
一方、日本でCCSに期待が寄せられている理由は、風況の良い立地が乏しく、太陽光発電を設置できる土地は少なく、せめて原発に頼ることを考えると反対が強く、CCSくらいしか残されていないためと思います。しかし、日本のCCS立地のポテンシャルも乏しいと国際的に評価されています。
現状の原発は定出力運転で、ディスパッチ可能電源ではありません。しかし、原発の出力分だけ、VREが少なくて済み、その分の変動対策も不要になるため、原発は重要な発電変動対策であると筆者は考えます。
しかし、メルケル政権は、福島第一原発の事故を契機に脱原発を決めました。但し、ドイツでは、日本ほど原発に対する忌避意識は高くないようで、発電変動対策の費用負担が想定外に大きければ、原発を再利用することがあるかもしれないと個人的には考えています。
VREの導入量を拡大するだけでも大変ですが、VREの発電変動対策の実施は、それに劣らずコストが掛かることです。
(次回:「温室効果ガス排出量の目標達成は困難⑤」につづく)
■
田中 雄三
早稲田大学機械工学科、修士。1970年に鉄鋼会社に入社、エンジニアリング部門で、主にエネルギー分野での設計業務、技術開発に従事。本稿に関連し、筆者ウェブページと、アマゾンkindle版「常識的に考える日本の温暖化防止の長期戦略」もご参照下さい。
【関連記事】
・温室効果ガス排出量の目標達成は困難①
・温室効果ガス排出量の目標達成は困難②
・温室効果ガス排出量の目標達成は困難③
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