家庭向けカーボンプライシングは導入できない
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alashi/iStock
自民党萩生田光一政調会長の発言が猛批判を受けています。
トリガー条項、税調で議論しないことを確認 自公国3党協議(2023年11月30日付毎日新聞)
「今こういう制度をやっているのは日本ぐらいだ。脱炭素などを考えれば、ある程度金額的に国民に慣れていただくことも必要ではないか」と慎重な考えを示した。
「青汁王子」三崎優太さん、「ガソリン高に慣れてもらわないと」自民党政調会長の発言報道に「国民に喧嘩売ってどうするの?」(2023年12月2日付中日スポーツ)
「青汁王子」の愛称を持つ実業家の三崎優太さんが2日、X(旧ツイッター)を投稿。「『ガソリンが高いと思うなら、慣れてもらわないと』という政治家の発言には驚いた。これじゃあ国民のことを本気で考えている政治とは思えないよ。国民に喧嘩売ってどうするの?」などと私見を述べた。
(中略)
1日になってネットニュースによって1000万人以上に拡散された。
三崎さんの憤りは収まらず「それなら、政治家の給料も国民の平均収入くらいにして、国民の生活感覚に慣れるべきじゃないの?」とつづった。フォロワーからは「仰る通りだと思います。同感です」「まあ慣れました。ただ慣れさせてどうする」「貧しさには慣れたくないものです」「国民の負担より自分たちの懐しか興味ないんよな」などの声が寄せられた。
批判は高騰するガソリン価格に対するものですが、萩生田氏の発言内容は脱炭素に向けてまさにこれから日本国内で本格化されるカーボンプライシングでした。
約2年前、日本政府はガソリン補助金を発動しました。
ガソリン補助金発動、経産相表明 1リットルあたり3.4円(2022年1月25日付日本経済新聞)
萩生田光一経済産業相は25日の閣議後の記者会見で、ガソリンや灯油など燃料価格の抑制策を初めて発動すると表明した。石油元売りに補助金を支給し、販売価格の上昇に歯止めをかける。金額は1リットルあたり3.4円で、27日にも補助適用後の価格で購入できるようにする。
萩生田氏は26日発表する24日時点のガソリン価格は全国平均で170.2円になるとの見通しを明らかにした。そのうえで「今週上昇が見込まれる原油価格3.2円を加味し、1リットルあたり3.4円を支給する」と述べた。
今夏にはそのガソリン補助金を延長していました。
ガソリン補助金が9月以降も延長 岸田首相の「ガソリンポピュリズム」
岸田首相は、エネルギー価格を抑制している補助金が9月以降なくなることに対する「物価が上がる」という苦情を受け、補助金を延長する方針を示しました。
ガソリンに補助金を付けて価格を抑制するというのは政府の2050年脱炭素目標やその手段とされるカーボンプライシングとは真逆の行為であり、筆者はその矛盾点についてたびたび指摘してきました。
もしも本気で政府が脱炭素をめざすのであれば、補助金(=これも国民の血税です)を出して価格を抑制するのではなく、必要なコストを説明した上で国民に納得してもらわなければなりません。さらに言えば、今後も原油や電力等の価格が高騰することを国民へ説明するとともに、原発再稼働や石炭火力発電の利用拡大といったエネルギーコスト上昇の回避策もきちんと示して政策の選択肢を与えるべきです。
GX実行会議や経産省、環境省の審議会などでは、脱炭素を進めるためにはエネルギー使用量を減らす必要がある、CO2排出量に応じて税金やペナルティを課すのだ、という方向で議論が進んできたはずです。つまり、ガソリンや電気を問わずあらゆるエネルギー価格を上げることで使用量を抑制すると言ってきたわけです。
補助金で化石燃料そのものであるガソリン価格を抑制することは脱炭素社会をめざすという政府の方針と完全に矛盾します。言葉は悪いですが二枚舌と言ってもいい。
(中略)
政府が脱炭素目標を一旦棚上げにすれば、ガソリン補助金はなんの矛盾もありません。
高いガソリン価格に慣れろとは、ついに日本政府が脱炭素に向けて本気を出し始めたのでしょうか。
一方、海外では国が脱炭素の旗を振るだけでなく脱炭素に必要なコストや国民生活への影響などを開示したり精査するといった動きが現れているようです。一例をあげます。
スイス。
国民投票、温暖化対策を推進する改正二酸化炭素法を否決(2021年06月17日付JETRO)
2020年6月に議会で可決された改正CO2法(2020年6月17日記事参照)では、ガソリン税の引き上げ、化石燃料を使用する暖房によるCO2排出量の上限設定、スイス発のフライトに対して航空券税を課すなどの内容が定められていた。徴収したCO2税の3分の1、航空券税の最大2分の1の金額が、気候変動に配慮した技術を開発する企業支援や、充電ステーションなどのインフラ整備の投資を支える基金に投入される予定だった。連邦参事会は、改正法での新たな課税は妥当な金額の範囲内で、パリ協定で掲げた2030年までにスイスの温室効果ガス排出量を1990年比で半減させるという目標達成のために重要な改正として、賛成票を投じるよう国民に呼びかけていた。
スウェーデン。
気候変動への転換 – 環境のパイオニアからエネルギーの現実主義者へ(2023年9月25日付Blackout-News)
スウェーデンは現在の計画では2045年の気候ニュートラル目標に到達しない。その理由のひとつは、減税によってガソリンが安くなり、消費が増える可能性があるからだ。
エリザベス・スヴァンテソン財務相は、政府は長期的な目標を念頭に置いているが、今は生活費の高い国民を支援したいと強調した。”多くの人々にとって非常に厳しい時代であることを忘れてはならない”
(中略)
ウルフ・クリスターソン首相は昨年、環境省を閉鎖し、今後の方針を示した。政府は高速鉄道の拡張を中止し、電気自動車へのボーナスを廃止し、環境保護基金を削減した。ガソリンに占めるバイオ燃料の割合も減らされる予定だ。
(中略)
今のところ、スウェーデンでは、若者からも高齢者からも、この方向転換に対する抗議はほとんどない。経済的課題によって、気候保護は後景に追いやられている。
英国。
最も重要なことは、保守党にせよ労働党にせよ、「歴代の英国政府はネットゼロのコストについて国民に正直でなかった」とはっきり断罪したことだ。コストについての議論や精査が欠如していた、とも言った。これらをすべて変え、今後は、難渋な言葉で誤魔化すのではなく、正直に説明する、とした。
地球環境や将来世代のために脱炭素が必要です、と根拠なく言うだけなら誰も反対しませんが、多大なコスト負担や生活への影響を示されれば国民が反発し国の脱炭素目標が後退するのは当然の帰結です。
こうした各国の動向や今回のトリガー条項凍結解除を巡る国内世論から、日本政府がカーボンプライシングを具体化しても国民の反発を買うため家庭部門での導入は極めて困難であると考えられます(従って、再エネ賦課金のようなステルス導入に注意が必要)。
一方、産業部門に対しては着々と準備が進んでいます。産業部門からも大きな反対の声が上がって議論になればよいのですが、残念ながら経団連はカーボンプライシングに賛成の立場です。「適切なタイミング」「成長に資する仕組み」なんて絵空事であり、ひとたび導入されれば産業界全体の競争力が低下するのは明白です。
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