温室効果ガス排出量の目標達成は困難②
(前回:温室効果ガス排出量の目標達成は困難①)
田中 雄三
トレンドで見る発展途上国のGHG削減
世界銀行の所得分類
GHG排出量に関するレポートは、排出量が多い国に着目したものが一般的ですが、本稿では、国の豊かさとの関連でGHG排出量を検討しました。世界銀行は、表1に示すように人口1人当たりのGNI水準により、世界各国を高所得国、上位中所得国、下位中所得国、低所得国の4つに分類しています。
英国を含めたEU-28はブルガリアを除いて高所得国に分類されています。中国とインドは、それぞれ上位中所得国と下位中所得国に分類されています。本稿では、各々それらを除いた所得分類グループを「‐改」を付けて示しました。
EU-28を含めた高所得国を先進国、その他の国々を発展途上国と言い換えても、それほど見当違いではないと考え、本稿では特に断らない限りそのように表現しています。
世界全体に占める各グループの割合を示すため、図4、図5に2019年の人口比率とGDP比率を示しました。先進国のGDPは世界の2/3近くを占めていますが、人口比率は約16%に過ぎません。
経済成長とGHG排出量
経済成長は物質、エネルギー消費を増大させるため、GHG排出量を増加させます。10年ほど前に「グリーン成長」という考えが出され、関心が持たれました。しかし、年間1%未満の低い経済成長でしか、2050年GHGネットゼロに繋がるグリーン成長は達成できないことが、その後の研究で指摘されています。
また、先進国で経済成長しつつGHG排出量が減少している背景として、製造業が発展途上国に移行していることも指摘されています。GHGネットゼロを目指す過程で日本も、鉄鋼生産の一部が海外に移転することが考えられます。製造業の移転は、中所得国のGHG排出量を増加させます。
GHG排出量の増減は、経済成長による増加と、省エネや再エネの拡大などのGHG削減策のバランスに依存します。
経済成長とGHGのトレンド
図6に前記7グループのGHG排出量の推移を示しました。本稿でGHG排出量は、Climate Watchデータベースの値を用いています。世界百数十カ国のGHG排出量の推移を掲載しているデータベースはほとんど無く、世界銀行オープンデータにClimate Watchのデータが転載されていたことが用いた理由です。但し、図1で気付いたかもしれませんが、IPCC第6次評価報告書に記載されている値と違っています。
6次評価報告書WG3によると、化石燃料からの世界の CO2排出量の不確実性は約8%と比較的低く評価されています。しかし、CH4およびF-ガスは約30%、N2Oは約60%、土地利用の変更と森林による CO2排出量には70%という大きな不確実性があるとされます。総合して、世界全体のGHG排出量の推定値には約10%の不確実性があるとの評価です。
本稿では、GHG排出量の増減やグループ間の多寡を問題としており、データ絶対値の不確かさが論旨に及ぼす影響はそれほど大きくないと考えています。図6で注目されるのは、中国のGHG排出量の急増ですが、GDP経済成長率と併せて後述します。
図7に各グルーブのGDPの推移、図8にはGDP推移から計算したGDP経済成長率を示しました。分かりづらいかもしれませんが、先進国に比べ発展途上国の経済成長率が高い値です。
以下は、これらデータに基づく各グループの凡その傾向です。高所得国-改とEU-28の経済成長率は、2008年のリーマン・ショック頃まで3〜4%前後で推移しており、その後2%前後に低下しました。その間、高所得国-改のGHG排出量はリーマン・ショック頃までは増加しており、その後は横ばいに転じました。一方、EU-28のGHG排出量は、緩やかに減少しており、リーマン・ショック以後減少速度が少し速くなっています。
中国の経済成長率は、リーマン・ショック前は10%前後、その後低下しましたが、全体の平均で約9%と非常に高い値です。GHG排出量は、2002年から2013年に著しい増加を示しました。インドの経済成長率は、変動が大きいのですが、全体の平均で約6%とかなり高い値で、GHG排出量も確実に増加しています。
上位中所得国-改、下位中所得国-改および低所得国の経済成長率は、2005年頃にピークの6%前後に達し、平均では各々約2.5%、4%、3.4%です。GHG排出量は2000年以降、何れのグループも増加傾向を示していますが、下位中所得国-改の増加傾向が一番顕著です。
総じて、2%程度の経済成長なら、現状のGHG削減策でGHG排出増加を抑制でき、EU-28のように積極的なGHG削減策を講じれば排出量を減少できるように思われます。しかし、4~5%か、それ以上高い経済成長下では、経済余力の範囲で行う現状のGHG削減策では、GHG排出量を減少できず、また、中国の様に経済成長を優先すれば、GHG排出量は大幅に増加すると考えられます。
1人当りGDPとGHG
人口が多い大国は責任も大きいのですが、GHG排出量が多いのは当然です。GHG排出量の多寡を評価するには適切な指標が必要です。人口1人当たりの排出量、1人当たりの累積排出量、GDP当たりの排出量、GHG1トンを削減する費用、などが論じられています。
単純明快なのは人口1人当たりのGHG排出量で、豊かな国も貧しい国も、1人当たり同量のGHG排出枠とすべきという平等の原則に基づくものです。この指標を基本に、2次的因子として各国の気候風土の違い、エネルギー多消費産業の多さ、再生可能エネルギー賦存量などを勘案すれば、各国のGHG排出量の多さや排出削減の遅れを、かなり的確に評価できます。
図9に7グループの1人当りGHG排出量を示しました。参考として、米国と日本の値も付記しました。図10には1人当りGDPの推移を示しました。
1人当りGDPでは、発展途上国と先進国で、極めて大きな格差があることが分かります。発展途上国が経済成長を願うのは当然でしょう。なお、発展途上国の間でも、1人当りGDPに大きな違いがあり、図11に示しました。
1人当りGHG排出量も各グループで大きく異なります。近年の値で、高所得国-改は16t CO2e/人前後と多く、EU-28、上位中所得国-改、中国はその約半分です。また、低位中所得国-改、インド、低所得国は、更にその半分以下のGHG排出量です。
GHG多量排出国寸評
中国は、2020年に当時の李克強首相が語ったように、「中国は人口の多い発展途上国で、国民1人当たりの年収は3万元だが、平均月収1000元の人が6億人もいる」とされます。中国人口の半分は先進国、残りの半分は発展途上国の水準です。中国共産党政権を維持するには、大きな所得格差を解消することが不可欠で、この先も経済成長が必要と考えていることでしょう。
なお、半分の先進国層のGHG排出量は、高所得国-改の水準に達していると考えられ、真剣にGHG削減に努めてもらわなければならないでしょう。
インドは、2023年に人口で中国を抜き世界最大となりましたが、図10の1人当りGDPからは、大国インドの貧しさが分かります。1990年頃までインドは中国と同等の貧しさでしたが、今や大きな差が付いてしまいました。この数年、インドはやっと豊かさへの入口に立つことができたのだと思います。
世界の経済人は、今後、中国に代わりインドが世界経済を牽引すると期待しています。それが実現するかは不確かですが、インドは、中国以上に経済成長を希求していることは確実で、GHG排出量を増加させるでしょう。
図9で一番上部の米国は、2000年以降GHG排出量は減少を続けていますが、まだ非常に多い現状です。民主党から共和党政権に代われば、温暖化政策が変更になることが確実で危惧されます。
日本は、1990年頃からGHG排出削減にかなり熱心に取り組んできました。途中、東日本大震災による原発停止や、FITによる太陽光発電の導入促進などがありましたが、GHG排出量はほとんど減少していません。GHG排出削減の難しさを表しています。
今後のGHG排出量
上記のように、発展途上国は豊かさで先進国と大きな格差があり、一方、1人当りGHG排出量は先進国よりかなり少ない現状です。発展途上国が経済成長を優先し、GHG削減は経済余力の範囲となるのは当然でしょう。
図12に、1人当りGDPを横軸に、1人当りGHG排出量を縦軸としたグラフを示しました。図9と図10の1995年以降のデータを分散図で示したものです。これまでのトレンドは、GDPが増加し豊かになると、GHG排出量が増加することを示しています。なお、EU-28はGHG排出削減に注力しているため、他のグループよりGHG排出量が低減しています。
図13は、発展途上国だけを示したもので、中国のデータの近似曲線を併記しました。これまでのトレンドに従うなら、発展途上国が今後も経済成長を続けると、概ねこのようにGHG排出量が増加すると考えられます。
経済成長してもGHG排出量を低減するには積極的な対策が必要です。言われている代表的な対策は、再生可能エネルギーの導入拡大ですが、それについて次項に記載します。
(次回:「温室効果ガス排出量の目標達成は困難③」につづく)
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田中 雄三
早稲田大学機械工学科、修士。1970年に鉄鋼会社に入社、エンジニアリング部門で、主にエネルギー分野での設計業務、技術開発に従事。本稿に関連し、筆者ウェブページと、アマゾンkindle版「常識的に考える日本の温暖化防止の長期戦略」もご参照下さい。
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