科学は真実を明らかにする:銀河宇宙線と雲生成の関係を明らかにした論文

2023年08月28日 07:00
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元静岡大学工学部化学バイオ工学科

dima_zel/iStock

今回は、日本人研究者による学術論文を紹介したい。熱帯域を対象とした、高空における雲の生成と銀河宇宙線(GCR)の相関を追究した論文である(論文PDF)。本文12頁に、付属資料が16頁も付いた力作である。第一著者は宮原ひろ子博士、今年の5月に「猿橋賞」を受賞した新進気鋭の研究者である。

猿橋賞は、地球化学者・猿橋勝子を記念して作られた賞で、自然科学分野で顕著な研究業績をおさめた50歳未満の女性科学者に贈られる。歴代受賞者には、米沢富美子、黒田玲子、川合眞紀など、錚々たる名前が並んでいる。宮原博士も、今回、この系列に名前を連ねたことになる。

受賞理由は「太陽活動の変動メカニズムおよびその気候への影響に関する研究」であるが、もう少し具体的には、太陽活動に影響される銀河宇宙線が、地球気候にどう影響するかを調べている。

この分野の研究は、1997年にスべンスマルクと言う科学者が、GCRの減少(太陽活動が活発化し太陽系の磁場が強まると、そのバリア効果によりGCRが減る)によって地球の雲の量が減少し、アルベド(反射率)が減少した分、気候が温かくなるとの仮説を提唱したことに始まる。

この説で、地球温暖化のCO2原因説を真っ向から否定したため、IPCCなどからは否定的な評価しか下されなかったが、世界の科学者が興味を抱き、各方面からの研究が進んでいた。

例えば、名古屋大学の研究で、屋久杉などの年輪に含まれるC14(GCR量に比例する)と年輪幅(その年の生育量=平均気温とほぼ比例する)が逆相関することが見出された。つまり、GCRが増える(=C14が増える)と雲量が増えて気温が低下し、木の生育が遅くなると推測できる。

スべンスマルク説の立派な「物証」である。なおこの相関は、世界中のどの木材でも示された。宮原博士は、この研究にも参加されていたと伺っている。

その後の画期的な成果として、2019年に、神戸大学の研究グループが、GCRが増加した78万年前の地磁気逆転の途中に、雲の日傘効果で冬の季節風が強まった証拠を、世界で初めて発見した。この発見により、GCRが地球気候に何らかの影響を及ぼすことは、ほぼ確実になった。ただし、この研究での「雲」とは下層雲(高度2km以下に現れる積層雲や層雲)のことであり、今回の論文の対象は高度7〜12kmの高層の雲(上層雲)である。

原文では、論文の表題にもhigh-altitude cloudsと明記されている。なお、日本語の「高層雲」は高度2〜7kmにできる雲を指し、中層雲に分類されるので、混同しない注意が必要だ。

本論文でなぜ高層の雲に着目したかは、導入部分に書かれている。理論的解析および実験室での箱内実験から、GCRによって引き起こされるエアロゾル形成は、低温で、つまり高空でこそ効率的に進むからであると。またこの高さ(高度7〜12km:対流圏上部、これより上は成層圏)は、エアロゾル前駆体の供給源として「積雲対流」が働く可能性を指摘している。

この論文を読みこなすには、いくつかの基礎知識が要る。まず、熱帯域を取り上げるのは、この地域で大きな太陽エネルギーを受け取り、海面から大量の湿潤空気が発生して大気上層へ舞い上がるからである。この働きは「積雲対流活動」deep convective activitiesと呼ばれる。湿潤空気が上昇すると冷えてきて水蒸気が凝結し、雲生成や降水の元になるが、水蒸気ができる時には潜熱を放出するので周囲を逆に温める。そのため、大気の状態は不安定になり、複雑な挙動を生む。

太陽放射エネルギーが、低緯度で大きく、高緯度で小さいことが、地球大気の大循環を駆動している。そのスタートがこの積雲対流活動で、大規模スケールのシステムの一部である一方、降水過程は水蒸気・水・氷の相変化を含む微物理過程(相変化と熱移動が同時に進む)であり、その中にGCRやエアロゾルなどの介入があるため事情がさらに複雑になる。この論文でも、それらの事情を反映して説明が込み入ったものになっているが、ここではごく簡単に成果を示すことにする。

またこの論文では「decadal:10年規模の」と言う用語が頻出する。これは、太陽活動が約11年周期で変動していることを念頭に置くからである。そして、太陽系の磁場の変化、従ってGCR線量の変化は、太陽活動自身の変化より1.4年程度遅れて現れる。

また海洋の熱的慣性(海では温度変化が現れるまでに時間がかかる性質)を考えると、気候現象への影響も数年程度の遅れ時間を考慮する必要があり、結果の表示においても、0〜3、4年までの遅れを勘案して示している。以上、少し長くなったが、ここまでが前振りである。

まず、本論文で用いたデータ源は、すべてNOAAその他の公開済みデータであり、1979年から始まった人工衛星観測がフル活用されている。そのため、この研究の対象期間は、1979年からの43年間と明記されている。科学研究では、こうしたデータの透明性は必須である。

最初に示されているのは、高層の雲とGCR周期変動(GCR cycles)との相関である。なぜGCRに周期変動があるかと言えば、GCRの強さは太陽系の磁場の強さで変化し、磁場の強さは太陽活動によって変化し、その太陽活動は、黒点数で分かるように、ほぼ11年周期で変化しているからである。

結果を見ると、Fig. 1ではGCRと雲の分布が、どの遅れ時間(0〜3年)で見てもかなり明確に相関している。ただし、これは8月のデータである。これが、1月の測定結果をまとめたFig. 2だと相関度が明瞭に下がっている。つまり、季節によってGCRと雲の相関性には違いがある。さらに詳しく見ると、5、6、7月と8月ではそれぞれ違いがあり、考察ではそれらの関係する因子について種々指摘している。

次に、海洋表面温度とGCR cyclesの関係を見ている。この結果はFig. 3あるいは添付資料Fig. S5にも見られるように、GCRと雲、海面温度の周期的変動は明確に相関し、GCRと雲の変動が海洋面温度の変化に先行している。つまり、GCRが増える→雲生成が増える→大気循環が強化される→太平洋中央部の海面温度が下がる、との因果関係が、かなり明確に分かる。なお、この雲のデータはバングラデッシュ付近での観測値による。

もう少し具体的には、大気循環の強化により貿易風が強まり、太平洋では西が温かく、中央〜東が冷たくなる形で、海面温度分布に東西方向の勾配ができると言う可能性を考えている。

Fig. 4では、世界の海でGCR分布と海洋表面温度の相関を見ているが、見た感じでは遅れ時間3年辺りが、最も相関度が高そうである。海水温度に変化が現れるのには、相当の遅れ時間があることが分かる。なお、興味深い指摘として、台風の発生頻度とGCR線量の負相関関係がある。これは、GCRが大気循環を強化することで太平洋の高気圧傾向を強めるためである。これまで、台風の発生予測は全然出来ていなかったことから考えて、価値ある指摘であろう。

そして最後に、風の状況とGCR cyclesの関係を見ている。この結果はFig. 5に示されているが、こちらは他の図ほどの明確さで相関関係が示されているとは言えない。これは、この項目が偏西風などの影響を受けるためだと考えられる。考察では、様々なことが議論されているが、長くなるので省く。

以上を要約する。本研究では、高層の雲、これと連動する積雲対流活動が、10年周期のGCR活動と対応していること、またその影響を受けやすい領域は季節的に変化することが示された。その関係が最も顕著に見られるのが、8月の熱帯域、特に陸域であった。このことから、GCRの雲生成への感受性は、積雲対流の深さとエアロゾル前駆体の多少によって変わると推察される。さらに、太平洋では、GCR cyclesと海洋表面温度に明確な相関関係が認められた。

これまで太陽活動の地球気候への影響は、太陽活動→成層圏→対流圏のルートをとる「トップダウン」機構と、太陽日射→海面温度→大気圏のルートをとる「ボトムアップ」機構の2点で考えられてきたが、本研究の結果から、第3のメカニズムとして、GCRが高層の雲生成に影響し、その結果生じる大気循環や海洋表面温度の変化と言う別の道筋も考えられる。

本研究は、これまであまり論じられてこなかったGCRと地球気候の関係を、具体的なデータを基に説得的に示した貴重な例と評価される。本論文でも触れているが、今後の進展により、さらに詳細な物理モデルが構築されて、シミュレーション研究などが発展することが期待される。

今回は、専門的な論文をなるべく忠実に紹介しようとしたため、説明もやや分かりにくかったかと思う。そんな書き方をしたのは、科学研究というものは、このように慎重に手順を踏んで、様々な因子を考慮に入れながら進んで行くのだという姿を、実際に見ていただきたかったからである。

真正の科学とは、このようなものである。データ源もろくに示さず結果だけを主張するのは科学ではない。

また、ついでに書いておくが、この種の、IPCCの意に反する論文は、世界の主要な気象関係学術誌には現状、殆ど掲載されないと言う事実を指摘しておきたい。本論文も、種々の雑誌に掲載拒否された末に、やっとこの雑誌で掲載許可されたと聞く。筆者は、宮原博士以外の研究者でも、そうした例を見聞している。査読付き学術誌ならば何でも公平無私に判定してくれると思ったら大間違いである。

筆者自身も、論文を幾つかの国際学術誌に投稿して、同じ「査読」と言いながら、その内容・程度は査読者により天地の差があることを体験している。

科学は真実を明らかにする有力な手段なのであるから、せめて科学を扱う学術誌には公平無私であって欲しい。現状は、理想から遠い。

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