再び合意に失敗したG20エネルギー移行大臣会合
7月22日、インドのゴアでG20エネルギー移行大臣会合が開催されたが、脱炭素社会の実現に向けた化石燃料の低減等に関し、合意が得られずに閉幕した。2022年にインドネシアのバリ島で開催された大臣会合においても共同声明の採択に至らず、議長サマリーとなっており、二年連続の合意失敗となる。

NHKより
インドで発表された成果文書を見ると、29あるパラグラフのうち、22については合意文書となったが、合意できなかった7パラグラフについては議長サマリーとされている。
2パラグラフはウクライナ戦争に関するものであり、ロシアのウクライナ侵略を非難する文言が掲げられる一方、「情勢の評価と制裁に関し、別な見方もあった」とロシアの言い分も盛り込まれた。
更に「ロシアはこのパラグラフが議長サマリーであると認識しており、会合を通じてウクライナ情勢、地政学的緊張、制裁について独自の見解を表明した。中国はG20は安全保障問題を扱う場ではなく、地政学的な内容を共同声明に盛り込むことに反対した」との脚注がついている。ロシアと中国の連携が改めて浮き彫りとなった形である。
脱炭素に向けたエネルギー移行の在り方につき、各国で異なるエネルギー事情や産業構造を踏まえ「多様な道筋」を認めるべきこと、次世代の脱炭素燃料として有力な水素、アンモニア、太陽光・風力などの再生可能エネルギー技術のイノベーションを進めるべきこと、水素普及に向けた制度の標準化の必要性、クリーンエネルギー拡大に伴う重要鉱物の供給安全保障の重要性等については合意ができた。
他方、議論が紛糾したのは化石燃料の位置づけである。
議長サマリーには、
化石燃料が世界のエネルギーミックス、貧困撲滅、増大するエネルギー需要を満たすうえで引き続き重要な役割を果たしていることから、いくつかの国々(some members)は各国の異なる状況に応じて排出削減対策を講じていない化石燃料のフェーズダウンに向けた努力をすることの重要性を強調した。他方、他の国々(others)は緩和・除去技術がこうした懸念に応えられるという点について異なる見解を有している
とある。
ここ数年、1.5℃、2050年カーボンニュートラルを絶対視し、化石燃料を排除する環境原理主義的な議論が欧米先進国やCOPの場で高まっている。グラスゴー気候合意では初めて「排出削減対策を講じていない石炭火力のフェーズダウン」という表現が盛り込まれ、その後も欧米はフェーズダウンをフェースアウトに強める、対象を石炭火力から化石燃料全体に広げる等の攻勢を強めてきた。
G7広島サミットにおいて「遅くとも 2050年までにエネルギーシステムにおけるネット・ゼロエミッションを達成するために、排出削減対策が講じられていない化石燃料のフェーズアウトを加速する。他国に対して同様の行動を取ることを要請する」との文言が盛り込まれたのはその一環であり、議長サマリーの「いくつかの国々」の主張はそれを反映したものである。
他方、資源国や経済成長のために化石燃料を必要とする新興国・途上国はこうした化石燃料フェーズアウト論を受け入れていない。サウジアラビア、ロシア等は「自分たちが目指すのは排出削減であり、化石燃料フェーズアウトが所与の目的ではない」と主張しており、中国、ブラジル、南ア、インドネシア等もこれに同調している。
筆者は「G7は広島サミットの文言(あるいはそれに近い文言)がG20の合意文書に盛り込まれることはないだろう」と思っていたが、予想通りの展開となった。
再エネについては、
自然のポテンシャル、早期の努力等、各国の異なる事情に即し、各国の国情に応じた既存の目標、政策を通じて2030年までに世界の再エネ技術の設備容量を3倍にするという努力に対する我々の自主的貢献の重要性を認識しつつ、再エネ導入を加速し、電力システムのフレキシビリティに取り組み、再エネ導入を阻む障壁を除去し、コストを引き下げる必要がある。緩和・除去を含む他のゼロエミッション、ネットゼロ技術に関しても同様の野心が表明された
とされた。
「世界の再エネ導入設備容量を3倍するという努力に向けた我々の貢献」であるから、G20としての導入目標が設定されたわけではない。G7広島サミットにおいて「2030年までに洋上風力150GW増加、太陽光パネルを合計1TWにする」という数値目標を掲げたのに比べると抑制的な表現となっている。しかも再エネ以外の技術の重要性についても言及されている。
昨年のCOP27の合意文書において当初案では再エネの拡大のみが強調されていたが、産油国等の反発により「国情と移行への支援ニーズに則ったエネルギーミックス、システムの多様化の一環として低排出で再生可能なエネルギーを含むクリーンエネルギーミックスの重要性を強調」という表現で決着した経緯がある。
G20における議論は12月のCOP28の前哨戦ともいえる。
議長国UAEは、
① 2030年までに再エネ設備容量を3倍
② 2030年までにエネルギー効率を2倍
③ 2030年までにクリーン水素を2倍
④ 排出削減対策を講じていない化石燃料火力のフェーズダウン
というグローバル目標を合意したいとしている。世界全体の目標というのは各国の責任をあいまいにするので比較的合意しやすいのではないかと思っていたが、G20の議論を見る限り、少なくとも④については議論が紛糾することは明らかだ。
興味深いことにG20エネルギー移行大臣会合の合意文書・議長サマリーには1.5℃目標やグラスゴー気候合意に対する言及がない。あるのは「パリ協定及びその温度目標の実施」、「今世紀半ばまで、あるいは半ば頃(by or around mid century)のカーボンニュートラル」という過去のG20で合意された文言である。
グラスゴー気候合意で1.5℃目標を特筆大書した先進国に対する新興国・途上国の反撃がますます強まっていると見るべきであろう。

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