IEA推奨の脱炭素に邁進することでエネルギー危機に

2023年07月01日 06:40
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

privetik/iStock

国際エネルギー機関IEAが発表した脱炭素シナリオ(Net Zero Scenario, NZE)。これを推進するとどのような災厄が起きるか。

ルパート・ダーウオールらが「IEAネットゼロシナリオ、ESG、及び新規石油・ガス投資の停止に対する批判的分析」と言う本報告(以下、単に報告)を出したので紹介しよう。原文は以下で無料公開されている。

A Critical Assessment of the IEA’s Net Zero Scenario, ESG, and the Cessation of Investment in New Oil and Gas Fields.

下記は、左が石油需要、右が天然ガス需要。NZEとは2050年に世界全体でCO2排出実質ゼロを達成するシナリオ。STEPSとはこれまでに世界諸国の政府が表明した政策の積算である。

このNZEでは、「非化石エネルギーが大量導入され、省エネも進むことによって、化石燃料需要が大幅に減り、そのため石油・ガス価格は低迷する」と想定している。

しかし本報告は、それは現実的でない、とする。過去2年に起こったことを振り返ると、化石燃料の上流投資が滞った結果、化石燃料が不足し、世界的なエネルギー価格高騰が起きた。IEAのNZEを実現しようとして、今後また上流投資が滞れば、世界的なエネルギー価格高騰が起きる。化石燃料需要はそう簡単には減らない。需要がSTEPSからNZEまで価格効果によって減少することになるだろう。

この莫大な需要減少を引き起こす価格水準は、経験的な価格弾性値によって計算できる。すると石油価格水準(WTIスポット価格)はバレルあたり200ドルから400ドル、天然ガス価格(ヘンリーハブスポット価格)はMMBtuあたり15ドルから30ドルと暴騰することになる(下図、左が石油価格、右が天然ガス価格)。

IEAはNZEを発表したときに、もう今後は脱炭素に向かうから新規の石油・ガス田への上流投資は不要、などとしたが、その結果、ここ1、2年の世界エネルギー危機を招いたのだ。今後もNZE達成のためとして上流投資を止めてしまえば、またもやエネルギー危機を招いてしまう。

IEAはもともとはOPECに対抗してエネルギー安定供給を図るために設立された組織なのだが、すっかり脱炭素教に染まってしまい、かえってエネルギー安定供給を破壊するようになってしまった。こんなIEAならもう要らない。

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • 私はNHKに偏見をもっていないつもりだが、けさ放送の「あさイチ」、「知りたい!ニッポンの原発」は、原発再稼動というセンシティブな問題について、明らかにバランスを欠いた番組だった。スタジオの7人の中で再稼動に賛成したのは、
  • 英国で面白いアンケートがあった。 脱炭素政策を支持しますか? との問いには、8つの政策すべてについて、多くの支持があった(図1)。飛行機に課金、ガス・石炭ボイラーの廃止、電気自動車の補助金、・・など。ラストの1つは肉と乳
  • ドレスデンで橋が崩れた日 旧東独のドレスデンはザクセン州の州都。18世紀の壮麗なバロック建築が立ち並ぶえも言われぬ美しい町で、エルベ川のフィレンツェと呼ばれる。冷戦時代はまさに自由世界の行き止まりとなり、西側から忘れられ
  • オランダの物理学者が、環境運動の圧力に屈した大学に異議を唱えている。日本でもとても他人事に思えないので、紹介しよう。 執筆したのは、デルフト工科大学地球物理学名誉教授であり、オランダ王立芸術・科学アカデミー会員のグウス・
  • 7月22日、インドのゴアでG20エネルギー移行大臣会合が開催されたが、脱炭素社会の実現に向けた化石燃料の低減等に関し、合意が得られずに閉幕した。2022年にインドネシアのバリ島で開催された大臣会合においても共同声明の採択
  • 連日、「化石燃料はもうお仕舞いだ、脱炭素だ、これからは太陽光発電と風力発電だ」、という報道に晒されていて、洗脳されかかっている人も多いかもしれない。 けれども実態は全く違う。 NGOであるREN21の報告書に分かり易い図
  • 第1回「放射線の正しい知識を普及する研究会」(SAMRAI、有馬朗人大会会長)が3月24日に衆議院議員会館で行われ、傍聴する機会があった。
  • 温暖化問題はタテマエと実態との乖離が目立つ分野である。EUは「気候変動対策のリーダー」として環境関係者の間では評判が良い。特に脱原発と再エネ推進を掲げるドイツはヒーロー的存在であり、「EUを、とりわけドイツを見習え」とい

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑