IPCC報告の論点63:過去トレンドと掛け離れた海面上昇予測

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シンクタンク「クリンテル」がIPCC報告書を批判的に精査した結果をまとめた論文を2023年4月に発表した。その中から、まだこの連載で取り上げていなかった論点を紹介しよう。
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IPCC報告における将来の海面上昇予測が地点ごとに以下のリンクに公開されていて、インタラクティブに数値やグラフを見ることが出来るようになっている。
IPCC AR6 Sea Level Projection Tool
そこでクリンテルがこの海面上昇予測を北欧の首都について観測データと比較すると、過去のトレンドからかけ離れていることが分かった。過去は海面は下がっているのに、予測では上昇を続けることになっている(なおここでは将来シナリオとしては現状のなりゆきに近いSSP245を用いている)。
まずはノルウェーのオスロ。紫色が過去のトレンドとそれに基づく外挿で、青い線がIPCC
の予測である:
次にストックホルム:
ヘルシンキ:
デンマークについては緩やかな上昇だったものが急激な上昇に転じるようになっている:
スカンジナビア半島は約1万年前の氷河期まで南極のような氷床に覆われていたがそれが融解したため、バランスをとるために、いまでも全般に陸地が上昇を続けている。このため海面は相対的に低下をしてきた。デンマークでは海面は下降こそしなかったが下降は緩やかだった。
いずれの地点においても、このような「将来予測」の計算結果を見ると、そもそも過去のトレンドを全く再現できないことはほぼ間違いなかろう。海面上昇が2000ぐらいから突然に急速になる物理的な理由などないからだ。ならば将来予測についても信頼するには足りないのではないか。
局所的な海面の高さは、氷河の融解による地殻変動以外にも、プレートテクトニクスによる地殻変動、工業用水の組み上げによる地盤沈下、海流の変化など多くの要因で変動するので、過去の動向を理解するのも難しく、予測についてはもっと難しい。
これに地球温暖化の影響が加わるわけだが、この北欧のデータの乖離の理由は、地球温暖化による海面上昇を過大評価していることによるのかもしれない。
さてIPCCは日本についても数十カ所で予測をしているが、これと観測データを突き合わせるとどうなっているのだろうか。予測は信頼に足るものだろうか。
【関連記事】
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・IPCC報告の論点㉕:日本の気候は大きく変化してきた
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・IPCC報告の論点㉘:やはりモデル予測は熱すぎた
・IPCC報告の論点㉙:縄文時代の北極海に氷はあったのか
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・IPCC報告の論点㉟:欧州の旱魃は自然変動の範囲内
・IPCC報告の論点㊱:自然吸収が増えてCO2濃度は上がらない
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・IPCC報告の論点㊳:ハリケーンと台風は逆・激甚化
・IPCC報告の論点㊴:大雨はむしろ減っているのではないか
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・IPCC報告の論点㊼:縄文時代には氷河が後退していた
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・IPCC報告の論点61:積雪面積は減っていない
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