緑の党のドイツ版「大躍進」政策
来たる4月15日、ドイツの脱原発が完遂する。元々は昨年12月末日で止まるはずだったが、何が何でも原発は止めたい緑の党と、電力安定のために数年は稼働延長すべきという自民党との与党内での折り合いがつかず、ついにショルツ首相(社民党)が無責任な「鶴の一声」を発した結果、3ヶ月半だけ延長が決まったという経緯がある。
ただ、その秒読み段階に入った今、自民党は再び稼働延長の声を上げ始め、それどころかアンケートによれば、国民の半分以上が、今、原発を停止することは誤りであると考えているらしい。
しかし、時すでに遅し。新しい核燃料棒は今日注文して明日来るわけではなく、しかも、これまではそれもロシアから買っていた。だから今さら、「やはり延長しましょう」とはいかず、ドイツは4月15日、原発の歴史に(一応?)終わりを告げ、今後は2045年の脱炭素に向かって一直線に突き進むことになる。「惑星を救済するため」の政府の遠大な目標である。
ただ、脱炭素を至上命題に位置付けているなら、なぜ、今、CO2フリーの原発を止めるのか。それどころか、これまで一定の発電量を担ってきた原発がなくなれば、その分の電気を確実に代替できるのは石炭か褐炭かガスしかなく、必ずCO2は増える。その上、現在、これら代替燃料の価格は高騰しているから、脱炭素の観点からも、経済的な観点からも、現下の脱原発は不合理である。それでも、ハーベック経済・気候保護相(緑の党)は脱原発を強行する。緑の党とはそういう党だ。
現在ドイツには220万枚の太陽光パネル(2022年5月)と、陸海合わせて3万基近い風車があるが、これのみでは国内の電力需要は満たせない。その理由は、太陽光パネルや風車が足りないせいではなく、太陽はどんな晴天の日でも夜は照らず、また、風は北ドイツの海岸沿いや海上を除けばそれほど定期的には吹かないからだ。特に、南ドイツにある風車の常態とは、静止状態だといわれている。
要するに再エネ電気は、たくさんある時もあれば、全然ない時もある。1日の間でも増減は激しい。再エネが増えれば増えるほど、それを均すためのガスが必要になる。そのガスは今やLNGなので、以前の安値とは比べ物にならない。
ところがハーベック氏は電力拡充のため、今後、全力で再エネを増やすという。日射時間が短いドイツで頼りになるのは風力なので、風車には国土の2%を割き、設備容量を2〜3倍にする。また、ここ数年、風力に対する投資が急激に減っているため、その対策も取る。つまり、補助金をさらに増やし、住民の建設反対運動を抑えるために法律を改正し、また、風車の認可に乗り気でない自治体にはプレッシャーをかけるというから強権的だ。
ただ、真の問題は、そうして風車をたとえ10万本に増やそうが、風がなければ発電量はやはりゼロになること。しかし、ハーベック氏はその事実も見ないし、お金が無駄になるのも気にしない。緑の党とはそういう党だ。
ドイツのあらゆる政策が、脱炭素を中心に回り始めてすでに久しい。現在、家庭の暖房のほとんどは、ガスか灯油のセントラルヒーティングだが、政府は24年1月より、まず新築の家屋でそれらを禁止し、ヒートポンプ(電気)式の暖房を義務化するための法律を策定中だ。しかも、そこで使われる電気は、少なくとも65%が再エネ由来でなくてはならないという。
さらに35年からは、ガソリン車、ディーゼル車、ハイブリッド車といった内燃機関の自動車は新規登録ができない。つまり、35年以後に車を買うなら(水素燃料エンジン車などを除けば)、電気自動車しか選択肢はない。
ただ、暖房と自動車は贅沢品ではなく生活必需品なのに、ヒートポンプも電気自動車も、低所得者の手には負えない値段だ。また、既存の家屋の暖房も、徐々にヒートポンプ式に変えなければならないが、その場合、床を剥がすなどという大々的な工事が必要になる場合が多く、この負担が最終的に不動産所有者に降りかかる。当然、その余波が借家人にも及ぶことは必至だ。
そこで社会の混乱を懸念したハーベック氏は、ヒートポンプにも電気自動車にも十分な補助金をつけると広言しているが、実際問題として、ドイツには約4100万の世帯があり、そのうち5割強がガス、25%が灯油を使っている。また、ドイツで登録されている乗用車は約4800万台だから、3000万世帯の暖房を入れ替え、4800万台の車を電気自動車に置き換えるという計画は、かなり非現実的だ。
しかも、あらゆる部門が人手不足である現在のドイツにおいて、何千万個ものヒートポンプを誰が製造し、誰が施工するのか。下手をすると、太陽光パネルや風車と同じく、あっという間に中国だけが儲かる構図が出来上がる気もする。また、補助金の額は天文学的な数字になるだろうが、目下のところ、その額も財源も全て不明。
さらに言うなら、ヒートポンプや電気自動車が使用する大量の電気を、誰がどのように調達するのかもわからない。原発がなくなったからといって、太陽や風が余計に照ったり吹いたりしてくれるわけではないし、大規模な蓄電装置は実用には程遠い。ハーベック氏が好んで言及する水素社会も遥か先の話。ひょっとすると、ウクライナ戦争が終結したらロシアとの国交を復活させ、誰かが爆破した海底ガスパイプラインを修繕し、再びロシアガスで景気を盛り上げるつもりだろうか・・。
しかし、ハーベック氏にはそんな迷いは一切なく、ヒートポンプ法案を夏までに通すつもりだ。
今やドイツの政治は、脱炭素を唱えずには1日も過ぎない。ハーベック氏は脱炭素が経済成長につながると信じているからこそ、従来の「経済・エネルギー省」を、「経済・気候保護省」に変えたのだ。
また、緑の党のオツデミア農相は、農業は自然を壊すとし、先達が何百年もかかって開墾した肥沃な農地の10%を、カエルが鳴き、蝶々が飛ぶ、ただの湿地や原っぱに戻すという。そして、社民党のショルツ首相は、政府の寛大な補助金のばら撒きが、まもなく大々的なイノベーションを生むと太鼓判を押している。
ただ企業は、ガスと電気の高騰と逼迫が常態となりつつある国では商売はできない。投資家も、産業立地としてのドイツに早くも見切りをつけ始めた。自動車や化学など、ドイツの根幹を担っていた産業が、すでに続々と電気代の安い中国や米国に移転しつつある。残された中小の下請け企業は、これから順々に倒れるだろう。しかし、緑の党も社民党も、そんなことなど知ったこっちゃない。大切なのはドイツの脱炭素。このままでは国内の産業は空洞化するはずだから、脱炭素はきっと達成できるに違いない。
ふと思う。なんとなく毛沢東の「大躍進政策」に似ていると。経済の法則も生態系の法則も無視し、壮大で非現実的で、非科学的な計画を打ち上げ、自然を人間の力で変えられると信じているところが似ている。そして、それに対する反対意見を一切受け入れないのも同じだ。
そういえば、かつて社会主義国だった東ドイツも、果敢な5ヶ年計画を立てたが、ついぞイノベーションは起きなかった。西ドイツの自動車メーカーが次々と新しいモデルを開発していた間、東ドイツには満足な大衆車もなかった。人々の能力が劣っていたわけではない。経済政策に欠陥があったのだ。
真のイノベーションを求めるなら、政府は民間企業に自由にやらせるべきだ。しかし、実際には、経済音痴の経済相がイデオロギーに則って「禁止」や「制限」を振り回し、国民がどんな車に乗り、どんな暖房を使い、何を食べるかまで指図している。国が口を挟み過ぎると碌なことにならない良い証拠が東ドイツの姿であったはずなのに、現政府はよりによって、再びそこに立ち戻ろうとしている。
なぜ、皆、目を瞑ったまま、ハーベック氏の暴走(妄想?)を許しているのか、私にはそれだけがどうしても解せない。しかも日本では、いまだにドイツの緑の党にご執心の政治家が少なからずいるようで、それも気になる。「大躍進政策」の後追いは国を滅ぼす。絶対にやめてほしい。
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