脱炭素が直面する鉱物資源の壁
前回に続き、米国マンハッタン研究所の公開論文「エネルギー転換は幻想だ」において、マーク・ミルズが分かり易い図を発表しているので簡単に紹介しよう。
どの図も独自データではなく国際機関などの公開の文献に基づいている。
2050年に脱炭素をしようとすると、莫大な鉱物が必要になり、鉱物価格は高騰して、脱炭素のための技術の製造コストが上昇するのみならず、インフレを引き起こす。しかも中国依存が深まる、とミルズは指摘している。
1. 再生可能エネルギーは莫大な鉱物資源を必要とする
図は、太陽、風力および電気自動車(EV)が必要とする鉱物資源の量を、銅とその他に分けて示したもの。太陽・風力発電は1ワットあたりで、化石燃料による発電を100%とした比較。
石油、天然ガス、石炭を燃焼する機械と同じ電力を風力、太陽光、バッテリーで供給するには、銅などの鉱物を約300%、リチウム、グラファイト、ニッケル、レアアースをそれぞれ4,200%、2,500%、1,900%、700%増やす必要がある。化石燃料発電を太陽光や風力発電に置き換えると、同じ量の発電をするために、少なくとも1,000%以上の鉄鋼、コンクリート、ガラスが使用される。
2. 莫大な鉱物需要で鉱物価格が高騰する
脱炭素のための莫大な鉱物需要は、鉱物自体の価格はもとより、あらゆる製品の価格を引き揚げ、インフレも引き起こすだろう。
エネルギー部門は、現在、さまざまな鉱物の世界総生産量の10~20%程度を使用しているに過ぎない。しかしIEAの「移行目標」(図中のTransition Goal)は、化石燃料の全廃には程遠いながら、それでも、その割合は今日の世界総生産量の50~70%、あるいはそれ以上に達する。
このような空前の需要は鉱物価格を押し上げ、代替エネルギー機器そのものを含め、鉱物を使用するすべての市場(例:家電、住宅、自動車、電子機器)で製品を作るためのコストを引き上げる。IMFのエコノミストは、このような状況が続けば、鉱物価格は歴史的な高値が持続すると予測している。
3. 鉱物価格高騰で太陽・風力・バッテリーのコストは上昇に転じた
鉱物と金属は、太陽電池とリチウム電池の製造コストの60~70%、風力タービンのコストの20%以上を占めている。IEAは、将来のコモディティ価格の高騰が、これらの「移行」のための製品の製造コスト削減の見込みを「食い潰す」可能性があると指摘している 。
4. 中国は脱炭素の鉱物のOPECである
脱炭素で使用量が増える鉱物資源の多くについて、採掘(mining)および精錬(processing)の何れにおいても、中国が世界シェアを圧倒している。
脱炭素に使われる鉱物についての中国の市場シェアは、石油市場におけるOPECのシェアの2倍である。なお中国は脱炭素に不可欠なアルミニウムについてもトップの生産国で、40%の市場シェアを持つ。
■
『キヤノングローバル戦略研究所_杉山 大志』のチャンネル登録をお願いします。
関連記事
-
朝鮮半島に「有事」の現実性が高まってきたが、国会論議は相変わらず憲法論争だ。憲法違反だろうとなかろうと、弾道ミサイルが日本国内に落ちたらどうするのか。米軍が北朝鮮を攻撃するとき、日本政府はそれを承認するのか――日米安保条
-
政府のエネルギー基本計画はこの夏にも決まるが、その骨子案が出た。基本的には現在の基本計画を踏襲しているが、その中身はエネルギー情勢懇談会の提言にそったものだ。ここでは脱炭素社会が目標として打ち出され、再生可能エネルギーが
-
日本のSDGs達成度、世界19位に低下 増えた「最低評価」 日本のSDGs(持続可能な開発目標)の進み具合は、世界19位にランクダウン――。国連と連携する国際的な研究組織「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SD
-
福島第1原子力発電所の事故以降、メディアのみならず政府内でも、発送電分離論が再燃している。しかし、発送電分離とは余剰発電設備の存在を前提に、発電分野における競争を促進することを目的とするもので、余剰設備どころか電力不足が懸念されている状況下で議論する話ではない。
-
スマートグリッドという言葉を、新聞紙上で見かけない日が珍しくなった。新しい電力網のことらしいと言った程度の理解ではあるかもしれないが、少なくとも言葉だけは、定着したようである。スマートグリッドという発想自体は、決して新しいものではないが、オバマ政権の打ち出した「グリーンニューディール政策」の目玉の一つに取り上げられてから、全世界的に注目されたという意味で、やはり新しいと言っても間違いではない。
-
12月にドバイで開催されたCOP28はパリ協定発効後、最初のグローバル・ストックテイクが行われる「節目のCOP」であった。 グローバル・ストックテイクは、パリ協定の目標達成に向けた世界全体での実施状況をレビューし、目標達
-
ハリケーン・アイダがルイジアナ州を襲ったが、16年前のハリケーン・カトリーナのような災害は起きなかった。防災投資が奏功したのだ。ウォール・ストリート・ジャーナルが社説で簡潔にまとめている。 ハリケーン・アイダは日曜日、カ
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 太陽活動の変化が地球の気温に影響してきたという説について
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間