気候変動を盾にした行動変容:クレジットカード会社の取り組み事例
こちらの記事で、日本政府が企業・自治体・国民を巻き込んだ「脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動」を展開しており、仮にこれがほとんどの企業に浸透した場合、企業が国民に執拗に「脱炭素」に向けた行動変容を促し、米国での例のように「国民運動」なるものに従順でない顧客が一方的に排除されるといったことが起こりかねない、と述べた。
「脱炭素」に向けた行動変容については、日本でも警戒すべきであると筆者は考えているが、実際にどのようなものなのか、具体的に想像しづらいという側面もあるかもしれない。
そこで本稿では、海外の行動変容に関する事例としてクレジットカード会社の取り組みを紹介したい。
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Atstock Productions/iStock
温室効果ガス排出量制限を設けたカードを発行するマスターカード
クレジットカードの利用限度額は「毎月○万円まで」と信用度に応じて設定されており、通常、使用不可となるのは限度額を超過した時となる。うっかり高額な買い物をしてしまい、支払時に決済エラーが出たという経験をした読者も多くいるのではないだろうか。
2019年、クレジットカードの国際ブランドのひとつであるマスターカードが、信用度ではなく消費に伴うCO2排出量によって限度額超過を防止する史上初の「DO Black」カードを発行した。
同社はカード発行の意図として、「ユーザーが、購入した商品に関連するCO2排出量を追跡・測定するだけでなく、支出による気候変動への影響に制限をかけることができるようにするため」と述べている。
なお、同社がこのようなカードを発行することができるようになったのは、消費行動における温室効果ガスの発生量の測定およびその数値提供を行うスウェーデンのフィンテック系ベンチャー企業Doconomy社(2018年設立)との提携によるものである。そのため、「DO Black」カードはまずスウェーデンで使用可能になっている。
消費に伴うCO2排出量によって限度額超過を防止するカードとは、どのようなものなのか。たとえば、同じ値段であっても地元産のぶどうと遠方から輸入されたバナナでは、後者の方が輸送による温室効果ガスの量が多くなる可能性が高く、支払う金額とは不釣り合いなほど多くのCO2排出量が算定され、早々にカードの「CO2排出限度量」を超えてしまうということにもなるかもしれない。
このようなカードは地産地消を促すという点では良いのかもしれない。また、「DO Black」のようなカードは現時点ではごく少数派であり、利用者が海外産の商品を購入する際には別のカードで決済すれば良いだけなのかもしれない。
しかし、もしこのようなCO2排出量に制限を設けるカードがどんどん増えていってしまったらどうだろう。たとえば牛のゲップからのメタンガスは温室効果が強く、それをCO2に換算すると牛肉のCO2排出量は高くカウントされることから、牛肉はごく限られた回数しか食べられることができなくなるかもしれない。同様に、中南米やアフリカといった遠方からの輸入が多いコーヒーも入手困難な贅沢品となるのかもしれない。
金額としては支払うことができてもCO2排出量で制限が掛けられてしまうことで、手にすることが非常に難しくなる商品が増えるのではないか。牛肉やコーヒーなら飲み食いしなくても生きていくことはできるのかもしれないが、下手をすれば生活必需品にまで影響が出かねないのではないか。
マスターカード自身、このようなカードを発行することは「過激(radical)である」と認めている。しかし同時に、カード発行の中核的な目的として「消費者の行動変容を確実にし、地球を守るための新しい、過激で革新的なツールとして機能すること」と明記している。過激な取り組みであることを承知しながら、消費者の行動変容を目的とし、敢えて発行をしているのだ。
マスターカードを皮切りに、例えばビザカードに於いても「エコ・フレンドリー」と見做される行動にインセンティブ付けがなされるようなカードが複数発行されている。たとえば、公共交通機関への支払いや電気自転車へのチャージ、古着の購入などに高い還元率を付与するカードなども存在する。
パリ協定締結以降、世界各国ならびに日本でも「脱炭素」に向けた取り組みを推進しようとしてきた。「DO Black」発行の取り組みも「脱炭素」に向けた行動変容の一環として世界経済フォーラムでも取り上げられている。
クレジットカード会社に対しては、手元に現金がなくてもクレジットカードを使用すれば簡単に商品が購入できてしまうことから、無計画な消費行動の元凶となってきたとの批判も根強い。そのようなクレジットカード発行会社が温室効果ガス排出量制限を設け、見方によっては消費行動の縮小を慫慂していくとも受け取れるようなカードを発行することは隔世の感がある。
筆者の手持ちのカードにもマスターカードのものがあったので「DO Black」のような仕組みが導入されることは予定されていないか電話で問い合わせてみたところ、「現時点で公表できることはない」とのことだった。この原稿を書いている2023年3月時点ではすぐにでも導入されるということはないのかもしれない。
しかし、温室効果ガスを計測し、削減していこうという動きは加速しているようだ。「DO Black」を発行したマスターカードは2021年にDoconomy社と協働して銀行向けに「マスターカード・温室効果ガス計算機(Mastercard Carbon Calculator)」を公表している。銀行がこの計算機能を使うことで、「自分の消費行動による温室効果ガスへのインパクトを知りたい」と考える環境意識の高い消費者にデータを提供できるようになる。
読者諸賢には海外のこのような事例や潮流をご認識いただき、CO2排出量に制限が設けられたカードへの切り替えを慫慂されるようなことがあればどのように対応するのか、などイメージトレーニングの一助としていただければ幸いである。
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