オランダの窒素問題と国民に選ばれた農民政党

2023年03月23日 06:50
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員

CO2と窒素排出量削減のため家畜の強制縮小に抗議するオランダ農家
Harry Wedzinga/iStock

日本での報道は少ないが、世界では昨年オランダで起こった窒素問題が注目を集めている

この最中、2023年3月15日にオランダ地方選挙が行われ、BBB(BoerBurgerBeweging:農民市民運動党)がオランダの1つの州を除く全ての州で上院の最大政党になるという快挙を成し遂げた(図1)。

図1 オランダ地方選挙の市町村別投票結果に基づく最大政党の分布。オランダ公共放送NOS(2023)を著者が和訳。2019年には存在しなかったBBBがほとんどの市町村で最大政党になった。

オランダでは4年おきに州選挙が行われ、有権者は12の州の議員を選ぶ。そして、その議員が5月に上院議員を選出する。BBBは4年前までは存在しなかった政党で、選挙前の議席がゼロだったにも関わらず、オランダのルッテ現首相とほぼ同数の議席を獲得する見込みであるという(DNYUZ, 2023)。今回の選挙の投票率は57.5%を記録し、国民の関心の高さが窺える(Fox News, 2023)。

このような事態が起こった経緯は何だったのか?きっかけは、昨年政府が目標に掲げた「窒素削減法案」という環境汚染対策である。気候変動対策とEUが掲げる自然保護区域の保全という名目で、2030年までに主にアンモニアガス(家畜の糞尿などから発生し、環境に窒素を負荷する反応性の高い窒素化合物)の排出を50%削減するというものである。

しかしこの法案を守ろうとすると、農業を基幹産業としているオランダで農家の経営を脅かすものであり、何千もの農家が家畜の数や経営規模を大幅縮小しなければならなくなる。政府に協力しなければ、完全廃業を余儀なくされる可能性も出てくる。このため、廃業を恐れる農家や農業団体は現在も大規模なデモを続けている(図2)。

図2 2022年7月4日のオランダのヴェンロ近郊の高速道路上の農家たちによるデモの様子(Fox News, 2023)。

今回、この法案に反対するBBBが地方選挙で躍進したことによって、ルッテ首相は上院の賛成を必要とする全ての法案を通すことが難しくなる。

BBBによると、農家は自然を大切にしており、これまで常に政府のルールに従って安全かつ高品質な食品を製造するために革新的かつ持続可能な方法を開発してきたという(DNYUZ, 2023)。強制的な農地買取りを視野に入れた政府の法案は、農家たちのそうした努力を反故にするものだったといえる。

オランダ国民は、自国の強みをよく理解していると思われる。その強みを捨ててまで政府が厳しいアンモニアの排出規制を推し進めるのであれば、それに見合う強い根拠(生態系の悪影響や水質汚染など)を示す必要があろう。しかしながら、政府の説明資料を見る限り家畜・アンモニア・生物多様性の間の因果関係は誰の目にも明らかとはいえない。政府は規制を進める前に、窒素問題の複雑さを正しく理解することが先決ではないだろうか。

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員

関連記事

  • 反原発を訴えるデモが東京・永田町の首相官邸、国会周辺で毎週金曜日の夜に開かれている。参加者は一時1万人以上に達し、また日本各地でも行われて、社会に波紋を広げた。この動きめぐって市民の政治参加を評価する声がある一方で、「愚者の行進」などと冷ややかな批判も根強い。行き着く先はどこか。
  • 米国中間選挙がいよいよ来月に迫ってきた。メディアで流れる観測は民主党が下院で過半数を奪還する一方、上院では共和党が過半数を維持するというものだが、世論調査なるものがなかなか当てにならないことは2016年の大統領選で実証済
  • 今回も、いくつか気になった番組・報道についてコメントしたい。 NHK BS世界のドキュメンタリー「デイ・ゼロ 地球から水がなくなる日」という番組を見た。前半の内容は良かった。米国・ブラジルなど水資源に変化が現れている世界
  • 4月15-16日、札幌において開催されたG7気候・エネルギー・環境大臣会合は共同声明を採択して閉幕した。 欧州諸国はパリ協定、グラスゴー気候合意を経てますます環境原理主義的傾向を強めている。ウクライナ戦争によってエネルギ
  • 菅首相の所信表明演説の目玉は「2050年までに温室効果ガス排出ゼロ」という目標を宣言したことだろう。これは正確にはカーボンニュートラル、つまり排出されるCO2と森林などに吸収される量の合計をゼロにすることだが、今まで日本
  • きのうのG1サミットの内容が関係者にいろいろな反響を呼んでいるので、少し補足説明をしておく。
  • ウォール・ストリート・ジャーナルやフォーブズなど、米国保守系のメディアで、バイデンの脱炭素政策への批判が噴出している。 脱炭素を理由に国内の石油・ガス・石炭産業を痛めつけ、国際的なエネルギー価格を高騰させたことで、エネル
  • 熊本県、大分県を中心に地震が続く。それが止まり被災者の方の生活が再建されることを祈りたい。問題がある。九州電力川内原発(鹿児島県)の稼動中の2基の原子炉をめぐり、止めるべきと、主張する人たちがいる。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑