元ゲリラ活動家の左派大統領、ダボス会議で資本主義否定のスピーチ

Robert Buchel/iStock
2023年1月20日、世界経済フォーラム(World Economic Forum。以下、WEF)による2023年の年次総会(通称「ダボス会議」)が閉幕した。「世界のリーダー」を自認する層がどのような未来を描こうとしているのかダボス会議で垣間見ることができる、という点で筆者は同会議に注目している。
そんなダボス会議およびその議論について、日本のメディアでは概ね好意的な評価がされている印象があるものの、海外では会議の様子を公開した動画に対し、多くの批判も寄せられている。
実際、WEFが提唱する「グレート・リセット」には、多くの高邁な理想が掲げられているが、しかしその底辺にあるのは、現在の資本主義や民主主義を含む社会のあり方を否定し、最先端テクノロジーを使った全体主義的な高度管理(監視)社会への移行を目指そうという思想(つまり「壮大なるリセット」)ではないかという見方も少なくない。
今回の寄稿から数回にわたり、米国イリノイ州に拠点を置くシンクタンク・ ハートランド研究所(The Heartland Institute、1984年設立)が定期的にアップロードしている“In the Tank”第382回を元に、世界経済フォーラムが提唱する未来像について警鐘を鳴らしていきたい。
なお、ハートランド研究所は、社会・経済問題に対して自由市場での解決策を発見・開発・広めていくことを主眼とする、所謂「保守系」シンクタンクである。
「資本主義を捨てなければ、人類は全滅」?
ハートランド研究所が注目するのは、ダボス会議のセッション「Leading the Charge through Earth’s New Normal」の動画のうち46:30から55:00までの、コロンビア大統領・グスタボ・ペトロ(Gustavo Petro)氏の発言部分だ。
このセッションでアル・ゴア元アメリカ副大統領の右隣に座ったペトロ氏は、かつてマルクス主義者であったことで知られているが、同氏はダボスの壇上で、「温室効果ガスの排出が大気の状態を変えてきた。これをやめなければならないが、現在の資本主義では出来ないだろう。資本主義を捨てなければ、我々は皆死んでしまう。人類が生存し続けるには、資本主義を乗り越えた、『脱炭素化された資本主義』が必要である」と述べた。
温暖化に関する科学的な疑問は長年にわたって世界中で語られてきたテーマであるが、その議論はここでは一旦措くとしても、資本主義を捨てなければ人類は全滅というのはあまりに飛躍しすぎではないか。むしろ歴史的に見るならば、ペトロ氏の信奉するマルクス主義によって支配された国こそ全てが非効率であり、さまざまな汚染も広がるなど、人類にとっては抑圧的かつ惨めなものであったのは事実だ。
さらにペトロ氏が言う「脱炭素化された資本主義」に至っては、その定義自体が不明であるが、少なくとも同氏が現在の資本主義のあり方を真っ向から否定し、人類社会のあり方そのものの変革を求めているのは間違いないだろう。
この発言に対するハートランド研究所の反応は手厳しい。同研究所は「そもそも、世界は温暖化していない」とした上で、
(ペトロ氏の隣に座る元米副大統領の)ゴア氏が語る『資本主義が海を沸騰させる』という考え方はプロパガンダであり、恐怖を煽るための発言だ。(中略)ペトロ氏の発言に代表されるような『世界のエリートたち』の考え方はむしろ人類の進歩を後退させるものであり、人々に対する支配を強めようとするものである。人々をより貧しく、惨めな状態に置くことで、より支配が簡単になる。豊かな自由人を支配することは難しいからだ。
とし、ペトロ氏の思想に背後にある全体主義的な傾向を厳しく批判している。
元共産ゲリラ活動家が招かれるダボス会議
さらに同研究所はペトロ氏の発言について「『我々にはグレート・リセットが必要である』ということを『グレート・リセット』という言葉を使わずに伝えたものであり、衝撃的だ」とし、さらに「彼(ぺトロ氏)ほど過激な人物はそうそう見つけることはできない」と断じている。
このように「過激」とされてしまったペトロ氏は2022年6月の選挙でコロンビア大統領に就任した人物であるが、ハートランド研究所のある研究員は「コロンビアを乗っ取ったテロリストであり、南米史上で最も左翼的」とも指摘している。そのペトロ氏、実はかつてはM-19(Movimiento 19 de Abril、日本語では「4月19日運動」とも)という過激な左派反米ゲリラ組織の活動家でもあった。
同氏が活動していたM-19は無実の市民に対する凄惨な暴力行為で知られていたいたものの、組織自体は既に解散している。しかしコロンビアという国は、書籍『パブロを殺せ―史上最悪の麻薬王VSコロンビア、アメリカ特殊部隊』にも描かれているように、長年麻薬やそれに関連する凄まじい汚職、さらには反米左翼ゲリラ活動に長年悩まされ続けてきた国だ。
そんな「元左派ゲリラ活動家・マルクス主義者・資本主義否定者」であるはずの人物が、世界の大富豪らが集まるダボス会議の壇上に呼ばれ、しかも、仇敵であったはずのアメリカの元副大統領の隣で自らの考えを世界に向けて発信する機会が与えられている。その背景について、我々はもっと深く慎重に考える必要があるだろう。
ちなみに、「元左派ゲリラ活動家・マルクス主義者で現在大きな権力を握っている人物」と聞いて筆者が真っ先に思い浮かべるのが世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム(Tedros Adhanom Ghebreyesus)事務局長である。
日本ではあまり報道されていないようだが、 テドロス氏はマルクス・レーニン主義の流れを汲むエチオピアのティグレ人民解放戦線(Tigray People’s Liberation Front; TPLF)の政治部局に所属していた元ゲリラだ。ちなみにTPLFは「The Global Terrorism Database」において国際テロリスト認定されている組織でもある。テドロス氏はTPLFへの関与を全面否定しているが、TPLFが情報戦で優位に立つことができるように便宜を図っているのではないかといった指摘も後を絶たない。
エチオピアにおけるテドロス氏に対して指摘されているような事項、つまり、「特定勢力などへの利益供与を通じて一般市民がますます苦しむ」といったシナリオにコロンビアが陥らないことを願うばかりである。
「インフレ」に苦しむ庶民たち、「人類滅亡の恐怖とESG推進」を煽る大富豪たち
実は、コロンビアは、中南米で最初にESGのタクソノミーを採用した国としても知られている。
タクソノミーとはサステナブル・ファイナンスの対象となる「持続可能性に貢献する経済活動」を分類・列挙したものであり、中国や欧州の事例が有名だが、世界各国で独自のタクソノミーを作る動きが相次いでいる。
専門誌によれば、コロンビアのタクソノミーはEUのものを踏襲する形で、土地利用と土壌管理により重心を置きつつ原子力と天然ガスを除外する形で策定したとのことだ。これについて、「なぜコロンビアなのか」と不思議に感じる人も多かったかもしれないが、ペトロ氏のような人物が採用する左翼的な政策に、同じく左翼的な傾向を強く持つ大富豪らが推進するESGがマッチしたからだと考えると合点がいくのではないか。
「『脱炭素へ向かわないと人類は滅亡する』というペトロ氏の発言に対して、前述のハートランド研究所は「恐怖を煽ることでエリートたちは支配力を強化しようとしている」と指摘しているが、これはESG推進に異議を唱える「ESG懐疑派」の思考のバックボーンとなっていると言っても過言ではないだろう。
しかし日本に限って言うならば、そんな「ESG懐疑派」の考え方はほとんど紹介されず、むしろESGの表面的な側面ばかりに焦点が当てられ、「ESG推進派」が過剰にもてはやされてしまっていることは実に残念なことだ。
現実を顧みると、私たち一般庶民はいまや光熱費をはじめとするあらゆる値上がりに苦しんでおり、海外では食料品やエネルギーの高騰で激しいデモや暴動が多発しているにもかかわらず、その一方ダボスの壇上で拍手喝采を浴びたペトロ氏の隣に座り、早い段階から地球温暖化とESG推進を訴えてきたゴア氏などは個人資産を約440億円にまで拡大させている。
ユートピア世界の実現を謳う世界経済フォーラムでは、ダボス会議における動画も無料で多数公開されているので、読者のみなさまにはぜひ、同フォーラムに集う「世界のリーダー」を自認する大富豪らが一体どんな話をしているのかを知っていただき、その背後に隠された思想に関する考察を深めていただきたい。

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