ドイツは大丈夫なのか:忍び寄る中国の赤い影
ドイツ政府は社民党、緑の党、自民党の3党連立だが、現在、政府内の亀裂が深刻だ。内輪揉めが激しいため、野党の発する批判など完全に霞んでしまっている。閣僚は目の前の瓦礫の片付けに追われ、長期戦略などまるでなし。それどころか中期戦略さえ欠いている。
ドイツ「脱原発」のその後
そんな中、政府は、今年の暮れに止めるはずだった3基の原発の稼働を、来年の4月15日まで延長するとようやく決めたが、それまでのすったもんだも酷かった。
「脱原発」は言うまでもなく、緑の党の核心的イデオロギーだ。その緑の党のハーベック経済・気候保護相は、国家のエネルギー供給に責任を負う立場にありながら、国民の困窮や産業の衰退は完全に無視。原発は止め、電気不足は褐炭火力の再稼働で補うと言っていたところを見ると、C02削減目標さえも無視したわけだ。
一方、自民党のリントナー財相は、一刻も早く新しい核燃料を追加注文し、少なくとも24年の春までは原発を活用すべきだという主張で、どう見てもこちらの方がまともだ。しかし残念ながら、今のドイツ政府はそんな正論が通用する状況ではない。第2テレビのコメンテーターは二人の対立を見て、「二羽の闘鶏」と称した。
10月末、事態の膠着を見かねたショルツ首相(社民党)がようやく介入したが、この仲裁がまた、思いもかけぬ陳腐さだった。
「原発は3基とも来年の4月15日まで稼働延長。ただし新しい核燃料は注文しない」。両方の顔を立てたつもりだったのだろうが、これでは何の解決にもならない。結局、4月16日からの電気とガスがどうなるのかは闇の中。しかも、この一言で、それ以降の原発稼働延長の可能性は永久に葬り去られたため、リントナー氏はついに11月3日、「原発の稼働延長について議論することはやめた」と匙を投げた。
このエネルギー危機の最中、原子力の技術がありながら使わないなど愚の骨頂。亡国の策である(悲しいかな、日本も同じ)。
忍び寄る中国マネー
その後も政府内のバトルの材料は尽きず、次の争点はハンブルク港だった。ドイツで最大、EUでは3番目に大きな港で、天高く積み上がっているコンテナの山は壮大な眺めだ。コンテナ・ターミナルを運営する会社は4社あるといい、10月半ばに降って湧いたのは、その中の1社の株を中国企業が買うという話だった。国民にとってはまさに寝耳に水。
もっともこの融資話には、ドイツの6つの省と、諜報機関である連邦情報局、その上、EUの欧州委員会までが反対した。EUでは、重要インフラに対してEUの加盟国以外の国が買収や融資を試みた場合、政府が審査し、問題ありと判断したなら介入することができる。
ところが10月25日、普段は統率力が疑問視されているショルツ首相(社民党)が、よりによってこれを強引に承認。そして、「重要な決定権が中国に渡らないよう、融資率を35%から24.9%に引き下げる」と、胸を張った。ただ、実際には、5〜6%の融資から始まったはずが、いつの間にかすっかり中国の手に落ちてしまったドイツの優良企業も少なくない。
まるで朝貢・・・物議を醸す中国との接近
しかも極めつけは、その後だった。10日後の11月4日、ショルツ首相は北京へ飛び、習近平氏との首脳会談に臨んだ。先日、習近平独裁が固まったことで、西側各国が対中政策を慎重に練り直そうとしていた矢先に、シーメンス、BASF、BMW、フォルクスワーゲンなど、産業界のボスたちをぞろぞろ引き連れての北京詣。そして、最大のお土産がハンブルク港では、時期も政治的センスも、あまりにも悪すぎた。
一方、習近平政権にとっては、おそらくドイツの訪中ほどありがたいものはなかっただろう。ちなみにドイツのテレビニュースが、中国で何度も繰り返し放映されたというCCTVの映像を流したが、そこでは習近平氏が朗々と何かを話しており、距離を置いて向かい側に座ったショルツ氏が、神妙な面持ちで頷きながら聞いている。どう見ても、“習近平氏の講話を拝聴する独首相”の図で、中国人にしてみれば、抜群に気分が良いに違いない。
その間、ドイツ選り抜き企業の社長たちは、先に党大会が行われた大ホールで整列し、その前を李克強氏がゆっくりと通り過ぎていく。ゼロコロナなので握手はなく、ぎこちなくお辞儀をするドイツ人の大物一人一人に、にこやかに軽く片手を上げながら進んでいく李克強氏。まさに朝貢の礼だ。
大丈夫か、ドイツ? 日本の媚中外交が問題になって久しいが、ドイツはその上を行っている。
コロナといえば、ウクライナ戦争勃発の2週間ほど前、プーチン大統領との会談のためにモスクワに飛んだマクロン大統領は、ロシア側が実施しようとした機内でのPCRテストを拒否した(DNA情報を取られることを警戒したからだと言われる)が、今回のドイツ訪中団は、着陸後、機内で中国による検査を受けた。防御服で身を固めた中国人検査官たちが特別機に入っていくところも報道されていた。ショルツ氏がトンボ返りで中国を離れたのは、コロナの感染を嫌う中国当局の意向もあったのだろうか。
いずれにせよ、このドイツの訪中は、EU内でも物議を醸している。「なぜ、今、この単独行動?」というのは当然の疑問だ。これではEUの足並みが乱れる。
また国内では、中国人の反政府活動家らが事前にショルツ首相に対し、訪中取りやめを求める書簡を出していたが、ショルツ首相は出発前日、ドイツの一流紙である「フランクフルト・アルゲマイネ」に寄稿し、自身の訪中を正当化した。しかし、その後、北京での首脳会談後の記者会見で、「訪中は正しく、かつ重要であった」と述べるショルツ氏の姿は、いかにこの旅が間違っていたかの証明にしか見えなかった。
そもそも氏は、「中国が変われば、我々は中国との付き合い方を変えなければならない」と言っていたが、いったい何が変わったのかは謎だ。ちなみにメルケル前首相は中国に対し、「儲けさせてくれるなら、できる限りの妥協をします」のシグナルを送り続け、人権問題への批判などは、「言いました」というアリバイ程度に留めた。
氏が独中接近の言い訳として常に駆使したのは、「自由な交易によって民主化が進む」という理論で、後にそこに「C02削減を進めるには中国との協力が欠かせない」という言い訳が加わった。メルケルの訪中に同行した大企業のボスは、多い時には40人にも上った。ただ、そのおかげで交易は破格に伸び、独中関係は蜜月となり、両国ともたわわな経済的果実を享受した。
ドイツが訪中を急いだワケ
思えばショルツ首相は今回、このメルケル首相の重商主義をそのまま踏襲したように見える。とはいえ、これほど企業団との訪中を急いだのには、実は理由がある。刻一刻とドイツ経済の瓦解が近づいているからだ。
これまでドイツ経済を潤わせてくれた安いロシアガスがなくなったことで、すでに企業は大中小ともども経営破綻が始まっている。現在、政府が調達できるガスは、量は足りず、値段は高い。おかげでインフレが進み、9月のインフレ率は10%の大台に乗った。それどころか、エネルギー部門に限れば、インフレはすでに40%を超えている。このままでは、ガスという血液を奪われたドイツ経済は失血死を待つのみだ。
唯一の希望は、戦争が終わり、ロシアの政権が交代するなどして、ロシアガスが再び、「良いガス」になることだろうが、それでもEUにはロシアに対する抜き去り難い不信感が残るだろうから、全てがこれまでのようにドイツに都合の良い状況に戻るとは思えない。だから、まだ少し余裕のある企業は、今のうちに海外へ逃げようとしている。
それにしても、これほど深刻な状況なのに、来春で脱原発を完遂し、助けは中国に求めようというドイツ政府の行動は、あまりにもメチャクチャだ。
ただ、現在ドイツ国民にとっての唯一の幸運は、今年の秋が記録的な暖かさだったこと。10月の平均気温は気象観測始まって以来最高で、普段なら9月末から必要な暖房用のガスがかなり節約できた。おかげで厳冬下のガス切れや電気のブラックアウトの危険はだいぶ遠のいたというが、要するに、ドイツの運命は天候にかかっているという危うい状態だ。
ただ、問題はその後。たとえ今冬は乗り切れても、春に空っぽになった備蓄タンクを、次の冬までにどうやって満たすか? 政府に妙案はない。また暖冬を祈るだけ?
いずれにせよ、ドイツにはまだまだ容赦なく難題が降りかかる。増やすはずだった国防費は来年は減るようだし、増税なしという公約もすでに怪しい。よって、今後も絶え間なく与党三つ巴の諍いは続くと思われる。
関連記事
-
先日、朝日新聞の#論壇に『「科学による政策決定」は隠れ蓑?』という興味深い論考が載った。今回は、この記事を基にあれこれ考えてみたい。 この記事は、「世界」2月号に載った神里達博氏の「パンデミックが照らし出す『科学』と『政
-
10月26日(木)から11月5日(日)まで、東京ビッグサイトにて、「ジャパンモビリティショー2023」が開催されている。 1. ジャパンモビリティショーでのEV発言 日本のメディアでは報じられていないが、海外のニュースメ
-
昨年夏からこの春にかけて、IPCCの第6次報告が出そろった(第1部会:気候の科学、第2部会:環境影響、第3部会:排出削減)。 何度かに分けて、気になった論点をまとめていこう。 今回は、環境影響(impact)を取り扱って
-
実は、この事前承認条項は、旧日米原子力協定(1988年まで存続)にもあったものだ。そして、この条項のため、36年前の1977年夏、日米では「原子力戦争」と言われるほどの激しい外交交渉が行われたのである。
-
環境税の導入の是非が政府審議会で議論されている。この夏には中間報告が出る予定だ。 もしも導入されるとなると、産業部門は国際競争にさらされているから、家庭部門の負担が大きくならざるを得ないだろう。実際に欧州諸国ではそのよう
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンク、GEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
アメリカでは「グリーン・ニューディール」をきっかけに、地球温暖化が次の大統領選挙の争点に浮上してきた。この問題には民主党が積極的で共和党が消極的だが、1月17日のWSJに掲載された炭素の配当についての経済学者の声明は、党
-
令和2年版の防災白書には「気候変動×防災」という特集が組まれており、それを見たメディアが「地球温暖化によって、過去30年に大雨の日数が1.7倍になり、水害が激甚化した」としばしば書いている。 だがこれはフェイクニュースで
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間