紛糾が予想されるCOP27

2022年10月30日 07:00
アバター画像
東京大学大学院教授

11月7日~18日にかけてエジプトのシャルム・アル・シェイクでCOP27が開催され、筆者も後半1週間に参加する予定である。COP参加は交渉官時代を含め、17回目となる。

世界中から環境原理主義者が巡礼に来ているような、あの独特の宗教的雰囲気は何度参加しても好きになれない。外務省のある知り合いが「自分の知っている多国間プロセスの中でも最悪の部類」というのもうなずかれる。

Heiness/iStock

野心レベルを高めたCOP26とウクライナ戦争

COP27の見通しであるが、結論を先に言えば、決して明るいものではない。

コロナに世界中が席巻され、COP会合も1年延期された2020年の反動で2021年は温暖化防止のモメンタムが非常に強まった年であった。その集大成が1.5℃目標、2050年全球カーボンニュートラルと2030年全球45%減等を盛り込んだ2021年11月のCOP26グラスゴー気候合意である。2022年はグラスゴー協定に盛り込まれた「勝負の10年(critical decade)」に向けて大きく前進するはずであった。

そこに降ってわいたのが本年2月に勃発したウクライナ戦争である。ウクライナ戦争の帰趨は予断を許さない。しかし世界的なエネルギー価格の上昇、食糧品価格の上昇とこれに伴う世界経済の下振れリスクは「今、そこにある危機」となっている。

ウクライナ戦争は我々に国民生活、産業の血液であるエネルギーの低廉かつ安定的な供給が死活的に重要であること、エネルギーの安定供給は地政学の影響を大きく受けるということを再認識させた。

ウクライナ戦争が温暖化防止の取り組みに与える影響

ウクライナ戦争のもとで温暖化防止に対するモメンタムは強まるのか、弱まるのか。

「ウクライナ戦争はロシアへの化石燃料依存のリスクを浮き彫りにした。今こそ省エネ強化、再エネ導入拡大により、対ロシア依存脱却を超え、化石燃料依存そのものから脱却し、エネルギー安全保障と脱炭素化を同時に達成すべきだ」というのがポリコレの回答である。

本年5月に欧州委員会が打ち出したREPowerEUや6月のG7サミットの首脳声明はこうした考え方を反映している。しかしグラスゴー気候協定の野心的文言とは裏腹に、エネルギー危機に直面し、各国政府はエネルギー価格高騰鎮静化に忙殺されている。

脱炭素化、脱化石燃料を掲げてきたバイデン政権は、中間選挙を11月に控え、ガソリン価格高騰への国民の負担を和らげるため、国家備蓄放出、石油、ガス産業への増産要請に加え、サウジ等の産油国に増産を要請している。

脱石炭のリーダーであった欧州ではロシアへのパイプラインガス輸入を削減するため、LNGの調達に走っているが、それでは追いつかず、温暖化防止を理由に排斥してきた石炭火力の発電量を増大させている。

今後、エネルギー需要が急増する中国、インドでは石炭生産や石炭火力の発電量が大幅に増大している。我が国でも25円/リットルのガソリン補助金が導入され、岸田総理は前例のない電力料金抑制策の導入を表明している。

これらはいずれも温暖化防止に逆行する動きだが、エネルギーコストの高騰が国民生活や産業に悪影響を与えるとなれば、温暖化防止よりもエネルギーの低廉な供給を優先せざるを得ないという政治的現実でもある。

今後の世界のエネルギー需要、温室効果ガス排出動向の帰趨を握っているのは欧米諸国ではなく、アジアを中心とする発展途上国であるが、17あるSDGsにおけるSDG13(気候行動)に対する優先順位は中国の15位、インドネシアの9位等、気候行動を最優先に考える先進国とは大きな認識ギャップがある。

9月にバリ島で開催されたG20気候・環境エネルギー大臣会合においてはG7諸国がグラスゴー気候合意や1.5℃目標を共同声明に書き込むことを主張したのに対し、中国、インド、サウジ等が強く反対し、ウクライナ戦争をめぐる対ロ非難メッセージ云々といった問題にかかわらず、共同声明採択に失敗している。

もともと温暖化防止は冷戦終結に伴う国際協調機運の高まりとともにクローズアップされてきた。今、力による現状変更を志向するロシア、中国等と西側先進国との間で新冷戦ともいうべき対立状況が現出しつつある。これは国際協調を何よりも必要とする温暖化防止にはマイナスに作用する。先進国の軍事支出が拡大する中で温暖化防止のための途上国支援に回るリソースが減少すれば、途上国の対応も鈍らざるを得ない。

COP27で表面化する先進国と途上国の思惑の違い

COP27はこうした状況下で開催されることになる。COP26では野心レベルの引き上げが最優先課題とされたのに対し、COP27では途上国への資金援助、ロス&ダメージに大きな焦点が当たるだろう。エネルギー価格、食糧品価格の上昇と世界経済の下振れリスクの中で貧しい途上国がこれまで以上に資金面での要求を強めることは不可避である。

これに対し、先進国はグラスゴー気候協定を踏まえ、2023年のグローバルストックテークとも絡めて2030年までの野心レベルの引き上げのための作業計画や閣僚ラウンドテーブルの開催等を重視している。先進国が野心レベルの引き上げ、途上国が支援の拡大を主張し、最終合意は両方の主張をバランスよく盛り込んだパッケージになるというのはこの手の交渉の常道である。

しかし大きな火種がある。それは途上国が強く主張しているロス&ダメージ(通称ロスダメ)である。ロスダメ対策とは気候変動の影響による経済的・非経済的な財が被る損失や被害を回避・縮小する。あるいは事後的に対処する取り組みである。一見してわかるように適応の一類型であるが、国連交渉の中で適応とは独立したテーマとして扱われている。

途上国はロスダメをあらゆる気候被害の損害賠償を先進国に求償するツールとみなしている。先進国の立場にたてば、ただでさえ年間1000憶ドルの支援目標が達成できていないこと、2025年までにこれを大幅に増額する新資金目標を合意する必要があること、他方、上述のように経済停滞、軍事支出拡大等で途上国支援を大幅拡大できる地合いでは全くない。そんなときに緩和、適応とは別途の資金援助メカニズムを作られることは何としてでも避けたいところだ。

しかし最貧国、低開発国を中心に途上国のこだわりは強い。中国、インド等の新興国は最貧国、低開発国等の背中を押してけしかけている感がある。ロス&ダメージで先進国・途上国が鋭く対立すれば、野心レベルの引き上げをめぐって中国、インド等へのプレッシャーが高まることを曖昧にできるとの読みがあるのだろう。

ロス&ダメージをめぐる先進国・途上国対立が原因で合意パッケージができない可能性も十分にある。もともと今回のCOPは何かを合意しなければならない「節目のCOP」ではなく、世界からの期待値もそれほど高いものではない。

他方、ウクライナ戦争の下でも温暖化防止に取り組む姿勢を示したいというのは先進国、途上国の交渉官の共通の利害でもある。彼らはこのプロセスにぶら下がって生きているからだ。こうした交渉の常として同床異夢的な文言に合意して成功を取り繕う可能性もある。

さてどちらに転がるのか。そこらへんは現地で会議の空気を吸ってみないとなかなか予想がつかない。結果は次回投稿でご報告したい。

This page as PDF

関連記事

  • エネルギー(再エネ)のフェイクニュースが(-_-;) kW(設備容量)とkWh(発電量)という別モノを並べて紙面解説😱 kWとkWhの違いは下記URL『「太陽光発電は原子力発電の27基ぶん」って本当?』を
  • 2015年10月1日放送。出演は、有馬純(東京大学公共政策大学院教授)、池田信夫(アゴラ研究所所長)、司会は石井孝明(ジャーナリスト・GEPR編集者)の各氏。有馬氏は、経産省で、地球温暖化問題の首席交渉官。年末のCOP21に向け、これまでの交渉を振り返り、今後何をすべきかを議論。環境だけではなく、国益をかけた経済交渉の側面があることで、参加者は一致した。
  • ようやく舵が切られたトリチウム処理水問題 福島第一原子力発電所(1F)のトリチウム処理水の海洋放出に政府がようやく踏み出す。 その背景には国際原子力機関(IAEA)の後押しがある。しかし、ここにきて隣国から物申す声が喧し
  • 令和2年版の防災白書には「気候変動×防災」という特集が組まれており、それを見たメディアが「地球温暖化によって、過去30年に大雨の日数が1.7倍になり、水害が激甚化した」としばしば書いている。 だがこれはフェイクニュースで
  • 菅直人元首相は2013年4月30日付の北海道新聞の取材に原発再稼働について問われ、次のように語っている。「たとえ政権が代わっても、トントントンと元に戻るかといえば、戻りません。10基も20基も再稼働するなんてあり得ない。そう簡単に戻らない仕組みを民主党は残した。その象徴が原子力安全・保安院をつぶして原子力規制委員会をつくったことです」と、自信満々に回答している。
  • CO2濃度が過去最高の420ppmに達し産業革命前(1850年ごろ)の280ppmの1.5倍に達した、というニュースが流れた: 世界のCO2濃度、産業革命前の1.5倍で過去最高に…世界気象機関「我々はいまだに間違った方向
  • はじめに   読者の皆さんは、「合成の誤謬」という言葉を聞いたことがおありだろうか。 この言葉は経済学の用語で、「小さい領域・規模では正しい事柄であっても、それが合成された大きい領域・規模では、必ずしも正しくない事柄にな
  • 福島原発の事故により、事故直前(2010年度)に、国内電力供給の25% を占めていた原発電力の殆どが一時的に供給を停止している。現在、安全性の確認後の原発がどの程度、再稼動を許可されるかは不明であるが、現状の日本経済の窮状を考えるとき、いままで、国民の生活と産業を支えてきた原発電力の代替として輸入される化石燃料は、できるだけ安価なものが選ばれなければならない。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑