安倍政権の残した「動かない原発」
きのうのシンポジウムでは、やはり動かない原発をどうするかが最大の話題になった。
安倍晋三氏の首相としての業績は不滅である。特に外交・防衛に関して日米安保をタブーとした風潮に挑戦して安保法制をつくったことは他の首相にはできなかったが、彼がやり残した課題も多い。その最たるものが、今の電力危機の原因になっている「動かない原発」の問題である。
この根本的な原因は、民主党政権が原子力規制委員会というバカの壁をつくったことだが、法的には再稼動は規制委員会の権限ではなく、内閣が「安全審査は運転と並行してやってください」といえばすむことだった。田中俊一委員長も、2014年2月の答弁書で「委員会が再稼動を認可する規定はない」と答弁した。
安倍政権の見込み違い
ところが安倍内閣は2014年10月に「原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原子力発電所の再稼働を進める」という方針を閣議決定し、これが今も内閣の方針として継承されている。
これは逆にいうと、委員会が規制基準に適合すると認めるまで再稼動しないという意味である。原子炉等規制法にはそんな規定はないが、これが「有権解釈」として実質的な拘束力をもち、今日に至っている。
これは安倍氏が選挙対策として強調した面が強く、安全審査は2~3年で終わるだろうと関係者は高をくくっていた。規制委員会の前身である原子力安全委員会の安全審査は、1基で1ヶ月ぐらいで終わったからだ。
しかし内閣直属の三条委員会としてつくられた規制委員会には、エネ庁からの情報がほとんど入らず、電力会社からの出向も原則として認めなかったため、素人集団として出発した。人事も片道切符だったので、優秀な人材が集まらなかった。
田中委員長は「費用対効果の評価は委員会の仕事ではない」とか「確率論的リスク評価はやらない」と公言し、各原発でゼロから審査をやったため、1基の審査に何年もかかるようになった。
これはまずいと電力業界もエネ庁も思ったが、いったん閣議決定された法解釈を変えることは容易ではない。変更するにはバックフィットは運転と並行して行うと法律に明記するしかない。2020年の改正では「起動後は運転を継続しながら審査を行う」としたのだが、安倍内閣は方針を変えなかった。
「特重」の大きな弊害
特に問題が大きいのは、特重(特定重大事故等対処施設)の扱いである。これは2001年の9・11のような航空機テロで原発が破壊されたときの対策として、山の中に予備の中央制御室をつくるものだ。これは原子炉本体とは独立の設備なので、その安全審査のために本体を止める必要はない。
今の更田委員長も、これについては「特定重大事故等対処施設がないことが直ちに危険に結びつくとは考えておりません」と認めている。逆にいうと、彼が「運転と並行して審査する」と決めれば、高浜1号・2号などの特重待ちの原発は、すぐ動かせるのだ。
安倍氏は憲法改正を最大の課題とし、そのために票を減らすような政策は避けるという点では一貫した戦略をもっていたが、それが結果的には法解釈の硬直化をもたらし、電力不足を招いている。岸田政権に大英断ができるとは考えにくいが、せめて特重だけでも動かせば、この夏や冬の電力不足は改善する。
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