失敗した電力自由化の「巻き戻し」が必要だ

2022年06月14日 12:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

電力危機の話で、わかりにくいのは「なぜ発電所が足りないのか」という問題である。原発が再稼動できないからだ、というのは正しくない。もちろん再稼動したほうがいいが、火力発電設備は十分ある。それが毎年400万kWも廃止されるから、足りなくなるのだ。

なぜ、まだ使える発電所が廃止されるのか。それは稼働率が落ちて、採算がとれなくなるからだ。これについてたそがれ電力氏の説明がわかりやすいので、紹介しておこう。

総括原価主義のときは電力不足は起こらなかった

昔の総括原価主義のときは、発電と送電が垂直統合されていたので、供給責任は地域独占の電力会社(旧一電)が負っていた。だが3・11で総括原価主義をやめ、発送電分離することになり、発電部門と送電部門の間に卸電力市場が介在し、オークションで電力を配分することになった。

FVBwpIvVIAAJ2sR

資源エネルギー庁の資料

これに新電力が700社以上も参入したが、その大部分は単なるリセール業者だったので、供給責任を負わなかった。中には自前の発電設備をもつ業者もいたが、そのほとんどは不安定な再エネだったので、大手電力(旧一電)はそのバックアップをさせられた。

おまけに送電会社(広域機関)は固定価格買い取り(FIT)で再エネの電力の全量買い取りを義務づけられたので、火力の稼働率が落ちて採算がとれなくなった。

再エネが格安になるのは、発電できないときのバックアップのコスト(統合費用)を負担しないからだ。再エネの電力はFITでほぼ100%買い取ってもらえるが、火力は稼働率が落ち、固定費が回収できなくなった。

このシステムが変わらない限り、原発を再稼動して供給が増えると、卸電力価格が下がって火力が廃止され、かえって調整力が落ちてしまう。最大の問題は、電力自由化の制度設計の欠陥なのだ。

誰も電力インフラに投資しなくなった

電力オークションで想定していた発電所は火力であり、価格に応じて出力をコントロールできることが前提だったが、2010年代に電力自由化で参入してきた新電力の再エネは、天気まかせなので価格でコントロールできない。これが同じ社内なら火力と連携して運用できるが、卸電力市場を介していると、全体の供給量がコントロールできない。

新電力が電力供給の責任を負わないフリーライダーになり、それを補完する電力インフラのコストを誰も負担しないコモンズの悲劇が起こったのだ。長期的な設備投資のインセンティブを無視し、毎日のフロー電力需給だけを事後的に均衡させたため、誰も電力インフラに投資しなくなった。

それでも2020年までは大手電力が事実上の供給責任を負っていたが、完全に発送電分離してからは大手電力も資本の論理に従い、稼働率の落ちた火力を廃止した。それまでエネ庁は、総括原価方式のときの感覚で「最後は大手電力が尻ぬぐいしてくれるだろう」と考えていたが、そうは行かなくなった。

そこでエネ庁は、古い火力をバックアップとして温存するコストをすべての電力会社が負担する容量市場を提案したが、河野太郎氏を初めとする再エネ族議員が「再エネ業者のコスト負担になる」と反対している。

日本の電力自由化は最悪の組み合わせだった

2010年代の電力システム改革は、設備投資を効率化して電気料金を下げるという目的を達成できず、料金は上がり、供給は不安定になった。電力自由化は失敗だったと断定してよい。その原因は

  1. 発送電分離
  2. 原発の全面停止
  3. 再エネFIT
  4. 脱炭素化

という4つの異質な要素を最悪の形で組み合わせたため、火力が減り、原発が動かず、再エネの賦課金が毎年3.8兆円に達し、脱炭素化のために2030年までに石炭火力を100基廃止する。この自殺的なエネルギー政策を是正する方法は次の4つである。

  1. 発電と送電の垂直統合
  2. 原発の再稼動
  3. FITの凍結
  4. 脱炭素化のモラトリアム

もちろん昔の総括原価方式に戻すことはできないが、固定費の大きい電力設備で、再エネとそのバックアップの火力という補完的な生産要素を市場で組み合わせると非効率になることは、経済学でわかっていた。大手電力が再エネ業者を買収し、供給責任を負う体制を再構築すべきだ。

電力自由化の最大の失敗は、再エネには固定価格のFITで利益を保証する一方、火力の価格は卸電力市場で限界費用ベースで決めたため、固定費を回収できなくなったことだ。価格メカニズムをゆがめるFITは一時凍結し、卸電力市場も閉鎖して再検討すべきだ。

脱炭素化は不要不急であり、電力危機が終わってから考えればよい。いま必要なのは、エネルギー問題について優先順位をつけ、制度設計を見直すことだ。最優先の問題は100年後の地球の気温ではなく、国民の生命・財産を守り、日本の製造業を守ることである。

この問題はとてもややこしいが、7月11日のシンポジウムでは、電力自由化の問題点をみなさんと一緒に考えたい。

 

This page as PDF

関連記事

  • ロシアの国営ガス会社、ガスプロムがポーランドとブルガリアへの天然ガスの供給をルーブルで払う条件をのまない限り、停止すると通知してきた。 これはウクライナ戦争でウクライナを支援する両国に対してロシアが脅迫(Blackmai
  • 7月21日、政府の基本政策分科会に次期エネルギー基本計画の素案が提示された。そこで示された2030年のエネルギーミックスでは、驚いたことに太陽光、風力などの再エネの比率が36~38%と、現行(19年実績)の18%からほぼ
  • EUと自然エネルギー EUは、パリ協定以降、太陽光や風力などの自然エネルギーを普及させようと脱炭素運動を展開している。石炭は悪者であるとして石炭火力の停止を叫び、天然ガスについてはCO2排出量が少ないという理由で、当面の
  • 1. 寒冷化から温暖化への変節 地球の気候現象について、ざっとお浚いすると、1970~1980年代には、根本順吉氏らが地球寒冷化を予測、温室効果ガスを原因とするのではなく、予測を超えた変化であるといった立場をとっていた。
  • アメリカ人は暑いのがお好きなようだ。 元NASAの研究者ロイ・スペンサーが面白いグラフを作ったので紹介しよう。 青い曲線は米国本土48州の面積加重平均での気温、オレンジの曲線は48州の人口加重平均の気温。面積平均気温は過
  • 福島第1原発のALPS処理水タンク(経済産業省・資源エネルギー庁サイトより:編集部)
    海洋放出を前面に押す小委員会報告と政府の苦悩 原発事故から9年目を迎える。廃炉事業の安全・円滑な遂行の大きな妨害要因である処理水問題の早期解決の重要性は、国際原子力機関(IAEA)の現地調査団などにより早くから指摘されて
  • 4月8日、マーガレット・サッチャー元首相が亡くなった。それから4月17日の葬儀まで英国の新聞、テレビ、ラジオは彼女の生涯、業績についての報道であふれかえった。評者の立場によって彼女の評価は大きく異なるが、ウィンストン・チャーチルと並ぶ、英国の大宰相であったことは誰も異存のないところだろう。
  • 元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 5月22日に放映されたNHK・ETVの「サイエンスZERO」では、脱炭素社会の切り札として水素を取り上げていたが、筆者の目からは、サイエンス的思考がほとんど感じられない内容だっ

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑