イングランド銀行「気候変動で53兆円損失」は本当か

dem10/iStock
英国イングランド銀行が、このままでは気候変動で53兆円の損失が出るとの試算を公表した。日本でも日経新聞が以下のように報道している。
英金融界、気候変動で損失53兆円も 初のストレステスト(日本経済新聞)
英イングランド銀行(中央銀行)は24日、英大手金融機関の気候変動リスクを測るストレステスト(健全性審査)の結果を発表した。政策対応が全くなされず地球温暖化が最も過酷に進むケースでは、2050年までの累計で3340億ポンド(約53兆円)の関連損失が生じるとの推計を示した。
だがこの試算は不適切だ、と専門家から批判が出ている(ロジャー・ピールキー・ジュニアのツイッター記事、シンクタンク「ネット・ゼロ・ウオッチ」の紹介記事)。
批判は2つ。第1に、気温予測が高すぎること。
2050年までに世界の気温が3.3度上昇するという予測になっているが、これはIPCCのSSP5-8.5シナリオをはるかに超えるもの(図1の★)。このIPCCのSSP5-8.5シナリオですら、排出量が多すぎて、実現する可能性は極めて低いと批判されていることは以前書いた。

図1
またイングランド銀行は、熱帯低気圧の予測に(Knutson et al. 2020)の研究を引用しているが、その結果を誤って使用している。
イングランド銀行は、”物非常に強い熱帯低気圧(カテゴリー4~5の暴風)の世界的な頻度は増加すると予測される “と誤った主張をしている。
だがロジャー・ピールキー・ジュニアが指摘しているように、(Knutson et al. 2020)の結論は全く異なる。「非常に強い(カテゴリー4-5)熱帯低気圧の世界的な頻度が増加するか否かについては、研究者によって結果が分かれていた。」
実際の所(Knutson et al. 2020)では、2℃の上昇の場合に、非常に強い熱帯低気圧(Cat 4-5)の頻度は中央値では減少すると予測されている(図2)。
以上のように見てくると、イングランド銀行のこの予測は、気温のシナリオについても熱帯低気圧についても想定が不適切で、とてもこのまま銀行経営の参考になるような代物ではなさそうだ。
なお過去についてはどうかというと、台風もハリケーンも激甚化したとは言えないことは以前述べた。
経済損失についても、ミュンヘン再保険と世界銀行のデータでは、気象による経済損失は、過去30年間、GDPに対する割合で大幅に減少している。これは世界の気温が上昇しているにも関わらず、である(図3)。

図3
観測データを見る限り、今のところ、銀行経営に甚大な影響を与えるような気配は見られない。ストレステストも、まずは観測データの確認から始めるべきではないか?
■

関連記事
-
東京都、中小の脱炭素で排出枠購入支援 取引しやすく 東京都が中小企業の脱炭素化支援を強化する。削減努力を超える温暖化ガスをカーボンクレジット(排出枠)購入により相殺できるように、3月にも中小企業が使いやすい取引システムを
-
・本稿では先月に続いて2020年度に迫ったFIT法の抜本改正をめぐる議論の現状を紹介したい。具体的には、5月30日、6月10日にそれぞれ開かれた第14回・第15回再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会
-
昨年の震災を機に、発電コストに関する議論が喧(かまびす)しい。昨年12月、内閣府エネルギー・環境会議のコスト等検証委員会が、原子力発電の発電原価を見直したことは既に紹介済み(記事)であるが、ここで重要なのは、全ての電源について「発電に伴い発生するコスト」を公平に評価して、同一テーブル上で比較することである。
-
1. 寒冷化から温暖化への変節 地球の気候現象について、ざっとお浚いすると、1970~1980年代には、根本順吉氏らが地球寒冷化を予測、温室効果ガスを原因とするのではなく、予測を超えた変化であるといった立場をとっていた。
-
去る4月22日から経済産業省の第13回再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会において、「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法」(いわゆるFIT法)の改正議論が始まった。5月3
-
日本では福島原発事故、先進国では市民の敬遠によって、原発の新規設置は難しくなっています。また使用済み核燃料と、棄物の問題は現在の技術では解決されていません。しかし世界全体で見れば、エネルギー不足の解消のために、途上国を中心に原発の利用や新設が検討されています。
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクであるGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
原子力政策の大転換 8月24日に、第2回GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議が開催された。 そこでは、西村康稔経産大臣兼GX実行推進担当大臣が、原子力政策に対する大きな転換を示した。ポイントは4つある。 再稼
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間