気候変動による災害が50年で5倍って本当か?
東京都の資料「2030年カーボンハーフに向けた取り組みの加速」を読んでいたら、「災害が50年間で5倍」と書いてあった:
これを読むと、「そうか、気候変動のせいで、災害が5倍にも激甚化したのか、これは大変だ」という印象になる。
ちなみに、この「50年で5倍」と言う表現はドイツなどの海外でもずいぶん流布しているようだ。
そんなはずはない、と思って引用されている世界気象機関(WMO)のホームページを見てみた。(ちなみにWMOは国連環境計画(UNEP)と共同でIPCCを傘下にしている国連機関である)。
たしかに、WMOのペッテリ・タアラス事務総長は昨年8月、「気候変動の結果、世界の多くの地域で気象、気候、水の極端な現象が増加しており、今後さらに頻度と深刻さが増すだろう」と宣言している。
そして、タアラス事務局長は、2020年に発表されたWMOの報告書に関連して、「気候変動、異常気象の増加、報告の改善により、気象災害の数は50年間で5倍になっている」と発言している。
さてここで、この「報告の改善」という文言を覚えておこう。以下は、WMOの報告書で集計された気象・気候災害のグラフである。
WMOの報告は、1988年にCentre for the Research on the Epidemiology of Disastersによって設立されたEmergency Events Database (EM-DAT) によって集められた災害データを主な根拠としている。EM-DATは、1900年から今日までの自然災害を集計し報告している。
EM-DATは、1900年から今日までの自然災害を集計・報告しているが、データベースに含まれる災害が時とともに増加しているのは、世界各地での報告が改善された結果である可能性もあると、WMO報告の編集者は認めている(下記網かけ部):
さてそれでは、「報告の改善」とは何か。これは世界の諸国の行政組織が整備されて、報告件数が増えた、ということだ。
これは災害自体が増えたということでは無い。
ところで、よくWMOの図を見ると、報告状況がよくなったとされる2000年以降はむしろ災害が減っているように見える。コロラド大学の災害専門家ロジャー・ピールキーは同じデータセットを使って以下を図示している。
ピールキーは書いている。
このデータは、2000年から2021年にかけて、世界の気象・気候災害の数が約10%減少したことを示している。これは非常に良いニュースで、従来の常識に全く反している」。「2000年以降が最もデータの信頼性が高いとされているが、2000年以降もカバー率は向上していると言ってよいだろう。だから、10%よりももっと減っている可能性がある。
ピールキーは続ける。
ただし、災害のデータを使って気象や気候の変化について何か言うのはやめたほうがよい。気候の変化を追うには、特定の気象や気候の変数のデータの方が常に適切だ。
災害というのは、自然現象で人々が被害を受けたときに記録される。ということは、世界がより豊かになり人口も増えるにつれ、より多くの財産が危険にさらされるようになり、災害も増えてきたのだ。
人類がより多くの家屋やインフラを悪天候で失うようになった理由は、これが主な理由だ。それで、災害の報告の件数も増えてきたのだ。
実際のところ、気候変動による災害が激甚化しているかどうかを議論したかったら、こういったデータこそ俎上に載せるべきなのだ(以前掲載したので、説明は割愛):
■
関連記事
-
東電は叩かれてきた。昨年の福島第一原発事故以降、東電は「悪の権化」であるかのように叩かれてきた。旧来のメディアはもちろん、ネット上や地域地域の現場でも、叩かれてきた。
-
電力業界では良くも悪くも何かと話題に上ることが多い「発電側基本料金」だが、電力ガス取引等監視委員会の制度設計専門会合を中心に詳細な制度設計が進められている。 また、FIT電源に対する調整措置についても、2019年の12/
-
アゴラ研究所の運営するエネルギー・環境問題のバーチャルシンクタンクであるGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
テスラが新車を発表し、電気自動車(EV)が関心を集めている。フランスのマクロン大統領は「2040年までにガソリン・ディーゼル車の販売を停止する」という目標を発表した。つまり自動車はEVとハイブリッド車に限るということだが
-
バックフィットさせた原子力発電所は安全なのか 原子力発電所の安全対策は規制基準で決められている。当然だが、確率論ではなく決定論である。福一事故後、日本は2012年に原子力安全規制の法律を全面的に改正し、バックフィット法制
-
先日、NHKが「脱炭素社会実現の道筋は」と題する番組を放映していた。これは討論形式で、脱炭素化積極派が4人、慎重派1名で構成されており、番組の意図が読み取れるものだった。積極派の意見は定性的で観念的なものが多く、慎重派が
-
3月11日に行われた日本自動車工業会の記者会見で、豊田章男会長(トヨタ自動車社長)は「今のまま2050年カーボンニュートラルが実施されると、国内で自動車は生産できなくなる」と指摘した。キーワードはライフサイクルアセスメン
-
英国国営放送(BBC)で内部監視の役目を受け持つEditorial Complaints Unit (ECU)は、地球温暖化に関するBBCのドキュメンタリー番組が、気候変動について誤った報道をしたと判定した。 番組「ワイ
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間