理解し難いドイツのエネルギー事情

2022年04月20日 07:00
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作家・独ライプツィヒ在住

4月15日、イーロン・マスク氏のインタビューのビデオが、『Die Welt』紙のオンライン版に上がった。

インタビュアーは、独メディア・コンツェルン「アクセル・スプリンガーSE」のCEO、マティアス・デップフナー氏。この中でマスク氏は、「今、原発を停止するのは“total madness“(完全な狂気)だ」と言っている(その部分のオリジナルは、..please do not shutdown nuclear power plants and please reopen the ones that have been shut. …that is total madness to shut down. I want to be very clear. total madness. This is a national security risk.)。

Evgeny Gromov/iStock

ここ数年、ドイツは徐々に原発と石炭火力を減らし、それらの代替にガスを使った。一方で風力と太陽光電気を急激に増やし、その調整にもガスを使った。つまり、ガスの需要増は織り込み済みだったが、想定外は昨年の夏から続いた風不足。当てになるはずの風力電気が減少し、秋にはすでにガスの逼迫と高騰が深刻になっていた。

しかしドイツ政府は、まもなくロシアからの新しいガスパイプライン「ノルトストリーム2」が稼働すると見込んで、大晦日に予定通り6基残っていた原発のうちの3基を止めた。これが稼働すれば、シェアは55%から70%に達し、供給も十分保証されるはずだった。

しかし2月、戦争が勃発した。今ではEUでは、極悪非道の国、ロシアの資金源となるガスは早急にボイコットすべきという話になっている。これでは新しいパイプラインどころの騒ぎではない。今頃になって独政府は、ロシアにエネルギーを依存し過ぎたのは間違いだったと反省しているようだが、すでにドイツの直面している問題はブラックアウトが“来るかどうか”ではなく、“いつ来るか”。それを防ぐための早急な対策が必須である。

では、対策として何が考えられるか? 大いに頼りになりそうなのは現在動いている3基の原発の稼働延長、さらには去年止めた3基の再稼働だ。ハーベック経済・気候保護相(緑の党)は3月初めにその可能性をチラッと口に出し、産業界を喜ばせた。しかし、それをショルツ首相(社民党)が即座に否定した。

脱原発は、緑の党はもちろん、社民党も40年来、熱心に進めてきた政策だ。それが今年、折りしも自分達の政権下で達成できるなら、これほどめでたいことはない。稼働延長などもっての外。そもそも社民党も緑の党も、支持者に説明がつかない。

2つ目の対策はロシア以外のガスの調達。ただ、これが容易ではない。ハーベック氏は3月の末、カタールにガス乞いに行ったが、ドイツにはLNGの受け入れターミナルが1基もない。安いロシアのガスがあったため、誰もそんなものに投資しなかったからだ。

これから2基作る予定だというが、それも難航。なぜかというと、その候補地の一つがハーベック氏の地元で、緑の党はそこでずっと「LNG基地など要らない!」と叫んで支持者を率いてきた。それをどうすれば「やっぱり要ります」に切り替えることができるか?

3つ目は、ドイツに捨てるほどある褐炭を利用することだが、無論、これにも緑の党はかねてより大反対で、炭田を暴力的に占拠するような極左の環境団体までを陰ながら支援してきたという過去がある。この過激な人たちが、現実政治への転換を理解してくれるとは思えない。こうして見ると、今やハーベック氏の最大の敵は自党の支持者かもしれない。

2月の終わり、窮したハーベック氏が深刻な面持ちで、エネルギー計画の修正案を発表した。ところがその肝が、再エネの増強と脱炭素のためのオール電化(!)というのだ。

そもそも再エネを増やし過ぎたために、ドイツの電力供給は瀕しているのだ。逼迫も高騰も、ドイツ政府は今、すべて戦争のせいにしているが、真の原因は違う。なのに、これ以上再エネを増やしてどうする!?

さらに解せないのがオール電化だ。ドイツの家庭の半分は暖房にガスを使っており、また、産業界や自治体もガスに大きく依存している。もし、それを電気に変えるなら、いったい何で発電するのか。再エネはどれだけ増やしても、お天気次第でゼロになる危険がある。採算がとれる水素電気などは遠い将来の話。電化すればガスが要らないという理屈では、おそらく子供さえ騙せない。結局、増えるのは石炭、あるいは褐炭しかないだろう。

ただ、そんな絶望的な状況下、実効性のある対策が一つある。実は、北ドイツ、および北海の海底には膨大なシェールガスが眠っている。ドイツでは17年に、シェールガスの採掘は環境に悪いという理由でほぼ禁止する法律が通った。これを進めたのも、もちろん緑の党と社民党だ。ところが今、シェールガスを国産資源として見直そうという声が出始めた。摩訶不思議なことに、採掘を禁止する法律の有効期間は昨年まで(!)。つまり将来、シェールガスの開発は不可能ではない。もちろん緑の党の支持者という大問題はつきまとうが・・。

さて、これだけ八方塞がりになっていながらも、ドイツではウクライナと連帯するため、ロシアのエネルギーを即刻、完全にボイコットしろという声が高まっている(その声が一番高いのも71%で緑の党)。

ドイツには長く住んでいるが、彼らの心理だけはいまだによく理解できない。「欲しがりません、勝つまでは」が、今、ドイツ人の新たなスローガンになりつつあるのだろうか。

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