エネルギーの脆弱性が戦争を誘発する
ゼレンスキー大統領の議会演説は、英米では予想された範囲だったが、ドイツ議会の演説には驚いた。
彼はドイツがパイプライン「ノルドストリーム」を通じてロシアのプーチン大統領に戦争の資金を提供していると、かねてから警告していたという。それに対してドイツは「ノルドストリームはビジネスだ」と相手にせず、この冬にノルドストリーム2を開通させる予定だった。
ロシアとの相互依存を深めたドイツの失敗
BBCによれば、ドイツがロシアからのパイプラインに依存する政策は、相互依存を深めて戦争の脅威をなくすドイツの国家戦略だったという。貿易や投資で経済の相互依存が強まるほど互いに戦争で失うものが多くなるので戦争は少なくなるという相互依存理論が、ブラント首相の東方外交のころからドイツ社民党の哲学だった。
冷戦期を通じてドイツは、東側との架け橋になろうとした。ノルドストリームはその架け橋になる予定だったが、プーチンはドイツの希望を打ち砕いた。ドイツが資源をロシアに依存して弱みを見せたことが、結果的には「ロシアが何をやってもドイツは報復できない」という侵略のインセンティブをプーチンに与えたのだ。
このようなドイツのエネルギー脆弱性を、ショルツ政権はさらに悪化させた。昨年末にドイツが3基の原発を停止し、今年中に原発ゼロにすることを決定した直後に、プーチンがウクライナ国境に軍を集結させたことは偶然ではないだろう。
ショルツ政権もノルドストリーム2を閉鎖し、国防予算を大幅に増額し、原発の運転を延長するなどエネルギー政策の転換をはかっているが、現在のノルドストリームは閉鎖できない。閉鎖すると3週間で天然ガスが枯渇してしまうからだ。
ゼレンスキーは「ドイツからの投資がロシア軍の資金源となった」と批判し、多くのドイツ企業が今もロシア国内で操業していることを糾弾した。ドイツがノルドストリームを遮断しなくても、プーチンが遮断すると脅している。
かつて世界の脱炭素化の先頭を走っていたドイツは、今やガスの遮断で国民の生命が脅かされる瀬戸際である。脱炭素化と脱原発を同時に進める愚かな政策がまねいた危機に同情する国は少ない。
日本の脆弱性が中国の軍事的冒険を誘発する
ドイツの状況は日本と似ている。日本も原発を止めたおかげで、きのうの東北地方の地震では東北地方で停電が起こり、東京では夜間に異例の節電要請が出された。幸い首都圏は停電しなかったが、日本の電力も綱渡りなのだ。
これは発電設備がないためではない。次の図のように再稼動した10基の原発に加えて、17基が運転できるが、原子力規制委員会が設置変更許可した原発でさえ7基が動いていない。それに加えて、再稼動した関電の美浜3号機までテロ対策(特重)で止められた。
![](https://agora-web.jp/cms/wp-content/uploads/2022/03/0fcfb9d17415fc67fafe7c246bf49e0f-660x417.jpg)
資源エネルギー庁
規制委員会の更田委員長は美浜3号機について「基準を満たしていない状態になった施設の運転は看過できない」と脅したが、運転停止を命じることができなかった。この脅しには法的根拠がないからだ。
維新は特重で止まっている美浜3号機などの再稼働を求めたが、問題は特重だけではない。設置変更許可は再稼動の条件ではないのだ。これはエネ庁も電力会社も知っているが、今さら言い出せない。
ドイツのエネルギー脆弱性はウクライナ戦争を誘発したが、日本も脆弱性を抱えている。中国が台湾を攻撃すると、経済制裁が行われることは必至である。ロシアへの投資を止めるのは日本企業にとってはむずかしくないが、中国から撤退するのは致命的だ。
日本も脱炭素化と脱原発を同時に進めている点で、ドイツと似ている。日本経済もこれからますますLNGに依存するので、今のようにガス価格が何倍にもなると、電気代は倍増してもおかしくない。
日本のエネルギーが脆弱になると、中国に対して強い態度をとれなくなり、中国の軍事的冒険のインセンティブとなる。エネルギー安全保障は、国家の安全に直結するのだ。少なくとも設置変更許可の出た原発はすみやかに動かし、日本のエネルギーに強靱性を取り戻す必要がある。
![This page as PDF](https://www.gepr.org/wp-content/plugins/wp-mpdf/pdf.png)
関連記事
-
2016年8月26日公開。出演はNPO国際環境経済研究所理事主席研究員の竹内純子(すみこ)さん。アゴラ研究所所長の池田信夫さん。司会はジャーナリストの石井孝明さん。エネルギー政策で、ドイツを称える意見が多い。しかし、この事実は本当なのか。2016年時点でのドイツEUの現状を分析した。
-
公開質問状の背景 先週末の朝、私のところに標記の文書(小泉 進次郎氏への公開質問状)が舞い込んできた。発信者は、自民党自民党総合エネルギー戦略調査会会長代理で衆議院議員の山本 拓氏である。曰く、小泉環境大臣は9月17日、
-
混迷と悪あがき ロシアのウクライナ侵攻後、ドイツの過去10年に亘るエネルギー政策「エネルギーヴェンデ(大転換)」が大失敗したことが明々自白になった。大転換の柱は、脱原発と脱石炭(褐炭)である。原発と褐炭を代替するはずだっ
-
以前、世界全体で死亡数が劇的に減少した、という話を書いた。今回は、1つ具体的な例を見てみよう。 2022年で世界でよく報道された災害の一つに、バングラデシュでの洪水があった。 Sky Newは「専門家によると、気候変動が
-
資産運用会社の大手ブラックロックは、投資先に脱炭素を求めている。これに対し、化石燃料に経済を依存するウェストバージニア州が叛旗を翻した。 すなわち、”ウェストバージニアのエネルギーやアメリカの資本主義よりも、
-
地球温暖化問題、その裏にあるエネルギー問題についての執筆活動によって、私は歴史書、そして絵画を新しい視点で見るようになった。「その時に気温と天候はどうだったのか」ということを考えるのだ。
-
オバマ米大統領が6月、地球温暖化防止に向けた新しい行動計画を発表した。環境対策の充実を経済発展につなげる「グリーン・ニューディール政策」は、オバマ政権第1期の目玉政策であったが、取り立てて成果を残せないままに終わった。
-
小泉元首相を見学後に脱原発に踏み切らせたことで注目されているフィンランドの高レベル核廃棄物の最終処分地であるONKALO(オンカロ)。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間