原子力をめぐる「茹でガエル」状況を憂う
前稿において欧州委員会がEUタクソノミーの対象に原子力を含める方向を示したことを紹介した。エネルギー危機と温暖化対応に取り組む上でしごく真っ当な判断であると思う。原子力について国によって様々な立場があることは当然である。
タクソノミーの対象に原子力を含めることは決して原子力オプションを強制するものではない。脱炭素化のオプションとして原子力を活用することを認知したというだけのことである。ドイツやオーストリアの反対は、自国が原子力を排除するのみならず、他国にもそれを強いることに等しいことであり、反原発というイデオロギーに囚われているとしか言いようがない。

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筆者は年来、資源に恵まれず、隣国と国際連系線を有さず、エネルギーコストが突出して高い日本がエネルギー安全保障と温室効果ガス削減を同時に追求するためには、国産技術である原子力を活用すべきであると主張してきた。
しかし福島原発事故後、11年を経た今日であっても再稼働した原発は10基にとどまり、総発電電力量の20-22%という2030年目標をあと9年で達成できるのか全く楽観を許さない。再稼働の遅れの大きな要因が原子力規制委員会の審査の遅れであることは明らかである。
先日、原子力国民会議主催で「カーボンニュートラルにおける原子力の役割」というオンラインセミナーにパネリストとして参加した。
そこで豊田正和前日本エネルギー経済研究所理事長は「欧米では、原発の安全性向上と設備利用の向上が両立している。原子力安全規制は、両者を満たして初めて最適なものになる。他方、日本の規制体系は厳しくはあるが、設備利用率が極めて低く、適切性、合理性に問題がある。この結果、日本の原発は「飛ばない飛行機」の状況にある」と述べた。
その上で、日本の規制体系を最適なものにするためには、以下の改善が必要であると強調している。
- 運転期間の上限/制限の見直し(→ 法律の見直し)
- バックフィット/定検の見直し(→ 法律・規制の見直し)
- 「合理的」「達成可能な」規制基準の確保(→ 規制の見直し)
- 事業者の自主性の尊重
- 安全性の要求水準を「ゼロリスク」から「許容レベルへのリスク低減」へ(→ 規制の見直し)
- 規制の費用便益(便益>費用)を確保
- 規制機関と事業者の円滑な対話
- 国会による規制機関の監視・監査
これらの指摘はいずれも正鵠を射ている。「安全に原発を動かす」ことを旨とする欧米の原子力規制行政と、菅直人元首相が「簡単に再稼働できないような仕掛け」として導入された日本の規制行政は明らかに合理性を欠いている。
2050年カーボンニュートラルを目指していながら、脱炭素化の有力なオプションであり、日本が営々として培ってきた国産技術である原子力の新増設が、2050年を視野に入れて2030年のエネルギーミックスを考える第6次エネルギー基本計画に全く盛り込まれなかった。これもエネルギー安全保障、脱炭素化のための打ち手をできるだけ多く確保し、費用最小な組み合わせを考えるという常識的なアプローチに反する。
こうした不合理を見直すことなく、今日に至った最大の理由は原発に対する国民理解が福島原発事故以降、大きく損なわれたことである。世論調査をみれば相変わらず、再稼働反対、原発シェアの可能な限りの低減という回答が多数を占める。時の政権が世論調査を何よりも気に掛ける中、「国民理解が十分でない」との理由で、原子力規制の合理化や原発新増設の問題から逃げ続けてきた。
原発再稼働が遅れに遅れる中で、日本の電力料金の高騰に対する歯止めとして機能してきたのは安価なベースロード電源としての石炭火力であった。しかしCOP26を経て炭素制約が一層強まり、石炭フェーズダウンさらにはフェーズアウトに向けた国際的圧力が高まる中、いつまでも石炭火力に依存するわけにはいかない。また原発新増設の見込みがたたないままでは民間企業も原子力イノベーションに取り組む意欲を持ちえないであろうし、我が国がこれまで培ってきた原子力人材、原子力産業も先細りの一途であろう。
しかし原子力に関する現在の「国民理解」が地球温暖化をめぐる国際情勢、日本のおかれたエネルギー状況、地政学上のリスク、各エネルギー源の強み・弱み等をどの程度踏まえたものか大いに疑問である。
経産省のウェブサイトでは非常に良質な情報が提供されているが、関心のある人しかアクセスしない。朝日新聞をはじめとする一般向けメディアの情報は往々にして反原発・プロ再エネバイアスが強い。テレビに至っては猶更である。このような不完全な情報に基づいて形成された「国民理解」が政策を左右する事態を放置することは日本の将来に大きな禍根を残すだろう。
欧米に比してエネルギー面で種々の脆弱性を抱えた日本が自ら手足を縛ったまま「茹でガエル」状態で衰退していくことを看過することはできない。
今こそエネルギー温暖化問題についてファクトに基づく議論を国民に見える形で行うべきではないか。先般の自民党総裁選において原発が一つの争点となり、国民の関心を集めたのは良い前例である。
国民の関心を高める論戦を期待できる次なる機会は参院選である。まずは自民党内で原発の役割について議論を行い、党としてのポジションを固めるべきである。河野・小泉陣営のように党内に原発について様々な意見があることは事実だ。しかし自民党内を固めることもできなければ、原発に対する国民理解を高めることなど夢のまた夢である。
こうした議論を行うことで脱原発が国論になってしまうのではないかという懸念もあるかもしれない。しかし現状を放置することは「なしくずしの脱原発への漂流」(故澤昭裕氏)である。また筆者は日本国民がそこまで愚かではないと信じたい。
2023年にはパリ協定に基づくグローバルストックテークが行われ、2025年までには2035年目標を提出することが求められる。残された時間は少なく、原発問題から逃げ続けることはもはや許されない。

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