「環境と経済の好循環」は幻想である
政府は今年6月にグリーン成長戦略を発表した。ここでは「環境と経済の好循環」を掲げ、その手段としてカーボンプライシング(炭素税)をあげているが、本書も指摘するようにこのメッセージは矛盾している。温暖化対策で成長できるなら、炭素税は不要である。
日経新聞のいうように「カーボンゼロ」でもうかるなら、政府が何もしなくても、企業は利潤追求のために脱炭素化に投資し、収益が上がるだろう。現実に「ESG投資」と称して投資が行われているが、それが収益を生む見通しはない。
現実に起こっているのは、その逆だ。「2040年までに石炭を禁止する」とか「ガソリン車を禁止する」というCOP26の目標のおかげで化石燃料の開発が止まり、原油や天然ガスの価格が暴騰してグリーンフレーションが起こっている。
つまり脱炭素化と経済成長はトレードオフなのだ。「脱炭素化で成長できる」という猪瀬直樹氏のモデルチェンジ日本のようなうまい話はない。そのコストを認識しないで「グリーン成長」などという幻想をうたい上げると、失敗のもとになる。
京都議定書で1兆円のコストが発生した
その証拠は、1997年に採択された京都議定書である。ここではEUは1990年比8%、アメリカは7%、日本は6%という一見、日本に有利な削減目標が設定されたが、これはEUの罠だった。1990年に統合された東ドイツの古い工場を更新するだけで、EUは楽に目標を達成できたからだ。
アメリカのゴア副大統領は、議会が反対していることを知った上で京都議定書に署名したが、議会は批准しなかった。日本は排出量が増え、排出枠をロシアや中国から買って1兆円以上の出費を強いられた。「好循環」があるなら、こんなコストは発生しないはずだ。
ほとんどの人がそれを知らないのは、この失敗を日本政府が隠したからだ。この排出枠のコストは各電力会社が特別損失のような形でコストに上乗せし、それを総括原価で電力利用者に転嫁した。今に至るも、政府はこの損失が発生したことを認めていない。
このためエネ庁は脱炭素化で膨大なコストが発生することを知っているが、他の役所はそれを知らない。環境省はこれを無視して、机上の計算で「1万円/トンのカーボンプライシングで成長できる」というが、脱炭素化でもうかるならカーボンプライシングなんか必要なく、企業に自由に投資させればいいのだ。
脱炭素化でもうかる企業はあるだろう。それは再エネのFITで外資系ファンドや中国の太陽光パネルメーカーなどがもうかったのと同じだ。しかしFIT賦課金の総額は40兆円。成長どころか、GDPはマイナス8%の純損失である。
脱炭素化が産業構造の転換のきっかけになる可能性もある。電気自動車はその一例だが、長期的には自家用車がライドシェアに置き換わると、乗用車は90%減る。これは脱炭素化には望ましいことだが、自動車産業は縮小し、成長率は落ちる。
水素やアンモニアは、投入するエネルギーより生産するエネルギーのほうが少ない負のエネルギーであり、政府の補助なしには成り立たない。CCSに至っては、CO2を地中に埋めるために膨大なコストが必要だ。
日本の役割は途上国の技術支援
京都議定書のときと違って、今は電力自由化したので、電力会社にそのコストを負わせることはできない。脱炭素化投資には全世界で毎年4兆ドルの財源が必要だ、というのがIEA(国際エネルギー機関)の見解である。
図のように「2050年ネットゼロ」を実現するには、2015年のパリ協定や今年のCOP26で約束した以上にCO2を減らす必要があり、それには京都議定書の数百倍の財源が必要である。グリーン成長戦略で約束した10年間で2兆円の基金では、とても足りないのだ。
著者も私も脱炭素化は必要だと考えているが、それは「好循環」をもたらすバラ色の話ではない。CO2を1トン減らすのにいくらかかるかという限界削減費用は、日本が378ドルなのに対してロシアは4ドル、中国やインドはゼロである。古い設備をエネルギー効率の高い設備に更新することで成長できるからだ。
これが「環境と経済の好循環」であり、日本では不可能だが、途上国では可能である。日本が国内で無理にCO2を削減するより、途上国に技術援助し、その排出枠を買えばよい。そういうJCM(二国間クレジット)を利用することが合理的な地球温暖化対策である。
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