日本の炭素排出量実質ゼロ達成には5つの障害がある①
田中 雄三
温暖化は確かに進行していると考えます。また、限りある化石燃料をいつまでも使い続けることはできませんから、再生可能エネルギーへの転換が必要と思います。しかし、日本が実質ゼロを達成するには、5つの大きな障害があります。
日本に風力発電に適した立地が乏しいことは広く認識されていると思います。代わりに太陽光発電を大量導入しようとすると、日本は山岳地帯が多くを占めているため、設置できる場所が限られることが問題になります。排出量を実質ゼロまで削減するには、CO2の回収利用貯留(CCUS)が必要となりますが、日本にはCO2貯留のポテンシャルが乏しいことも指摘されています。加えて日本は、重要産業として鉄鋼業のようなエネルギー多消費産業がCO2排出量を増大させています。これだけ障害があれば、原発により実質ゼロを達成することを考えるべきかもしれませんが、多くの国民は原発の廃止を望んでいます。
本稿では5つの障害を定量的に示した上で、最後に筆者の考えを記載しました。なお、人口が多い大国は温室効果ガス(GHG)排出量が多くなるのは当然であり、「2050年の排出量実質ゼロ① 〜 250年続いた社会の大変革」に記載したように、各国のGHG排出量は人口1人当りで評価すべきと考えており、上記の障害の程度も人口1人当りで示しました。
1. 風力発電の立地
表-1にGHG排出量が多い主要国について、風力発電による年間発電電力量のポテンシャルを示しました。レポート「Xi Luほか, Global potential for wind-generated electricity」のデータです。
日本は陸上の風力発電ポテンシャルが低いことが分かります。図-1に、人口1人当たりの陸上風力発電のポテンシャルを示しました。カナダ、ロシア、米国は、有り余る風力発電ポテンシャルがあります。それらには及びませんが、英国、ドイツ、中国も、実質ゼロを目指す上で障害とならないだけの風力発電ポテンシャルがあります。しかし、日本、イタリア、韓国、インドの風力発電ポテンシャルは遥かに低く、実質ゼロ達成する上で問題となるでしょう。
表-1に示されるように、日本も洋上なら風力発電ポテンシャルは低くありません。しかし、
日本周辺に遠浅の海は少なく、水深50 mまでと言われる着床式風力発電の立地は限られます。それ以上の深さに対応した浮体式風力発電は、台風が多い日本で経済的に成り立つかは疑問です。
なお、表-1にはオーストラリアのデータが欠けていますが、例えば、風力発電のための世界の風況を示す「Global Wind Atlas」を見れば、オーストラリアは南部と東部の沿海部を除く広域の風況が良いことが分かります。
2. 太陽光発電の立地
風力発電の立地が乏しい日本は、太陽光発電に多くを依存することになります。しかし、日本は中央が山岳地帯のため、メガソーラーを大量に導入しようとする、設置できる土地が充分にないことが問題になります。
表-2に、主要国の国土面積と可住地面積を示しました。表記上部4カ国は、標高500m以上の面積と、森林、湿地面積を除いたものを可住地面積とし、その他の国は森林面積を除いた面積を可住地としています。日本の可住地面積は、国土面積の30%以下です。
図-2には、人口1人当たりの可住地面積を示しました。日本や韓国は、人口1人当たりの可住地面積が少なく、太陽光発電を大量に導入しようとすると、適した立地が乏しいことが問題になります。
3. CO2貯留ポテンシャル
2009 年7月G8 ラクイラ・サミットでは、世界全体の温室効果ガス排出量を2050 年までに少なくとも50%削減し、先進国全体で80%またはそれ以上削減する目標が支持されました。しかし、2009年12月COP15のコペンハーゲン合意、2015年パリ協定を経て、世界は2050年に排出量実質ゼロを目指すことになりました。
実質ゼロという困難な課題を達成するには、恐らくCO2の回収利用貯留(CCUS)が不可欠でしょう。ところが、日本はCO2貯留の立地も乏しいと評価されています。充分なCO2の貯留容量が無い場合、国内で天然ガスの水蒸気改質による水素製造ができないし、設備寿命が沢山残存する石炭火力の廃棄や、CO2排出の全面的削減が困難な鉄鋼業などの海外移転の可能性など種々の問題が生じます。
国際エネルギー機関(IEA)は、世界のCO2排出量を2050年までに実質ゼロとするロードマップを公表しており、関連のウェブページに下記の解説記事があります。
表-3はそこから引用した理論的CO2貯留ポテンシャルで、図-3は地域の人口1人当たりのポテンシャルです。図-3からは、インドと共に日本はCO2貯留ポテンシャルが極めて少ないことが分かります。
別途の情報ですが、日本でCO2貯留として比較的有望なのは日本海の海底下であると言われます。一方、CO2の発生源は概して太平洋側に位置しているため、回収したCO2は日本列島を横断するCO2パイプラインでなく、船舶輸送することも検討されているようです。
4. エネルギー多消費産業
工業部門の中でGHG排出量が多いのは、鉄鋼業、化学工業と、セメント製造を含む窯業です。京都議定書の附属書Ⅰの主な国について、この3項目に工業部門の残りを加え、人口1人当たりのGHG排出量を図-4に示しました。
データの出所は気候変動枠組条約(UNFCCC)のデータベースGreenhouse Gas Inventory Data – Detailed data by Partyの値です。具体的には、燃料の燃焼(1.A.)のうちの製造業及び建設業(1.A.2)と、工業プロセス及び製品の使用(2.)のGHG排出量を上記4項目に分けて示したものです。GHG排出量の分類に関心がある方は、例えば、「日本国温室効果ガスインベントリ報告書2021年」を参照下さい。
欧州で温暖化防止に熱心な英国などの国々と比較して、人口1人当たりの値でも日本は、工業部門のGHG排出量が多く、特にエネルギー多消費産業である鉄鋼業のGHG排出量の多さが顕著です。図-5に、人口1人当たりの銑鉄生産量と粗鋼生産量を示しましたが、日本の鉄鋼業が大きいことは明瞭です。
日本の鉄鋼業は日本全体のGHG排出量を増大させています。鉄鋼業の高炉では、酸化鉄である鉄鉱石を炭素主体のコークスで還元して銑鉄を製造するためCO2を排出します。CO2排出低減の種々プロセス開発が行われていますが、排出量をゼロにするにはCO2の回収貯留が不可欠と思います。
排出量実質ゼロのため、日本は鉄鋼業を止めるべきでしょうか。日本が鉄鋼業を止めても、世界の鉄鋼需要が減る訳ではなく、日本よりエネルギー効率の低い国に生産が移行すれば、世界全体ではCO2排出量は増加します。
図-4、図-5のようなデータを見ると、英国が温暖化防止に熱心なのは、一つにはエネルギー多消費産業が少ないためではないかと思いたくなります。
5. 原発反対の世論
上記のような障害があるため、原発を増やして実質ゼロを達成するしかないと筆者は考えてしまいますが、そうはいかないようです。原発問題は、短い文章では到底記載できませんので、現状の原発比率が高い国を紹介することに留めます。
(その②に続く)
■
田中 雄三
早稲田大学機械工学科、修士。1970年に鉄鋼会社に入社、エンジニアリング部門で、主にエネルギー分野での設計業務、技術開発に従事。本稿に関連し、筆者ウェブページと、アマゾンkindle版「常識的に考える日本の温暖化防止の長期戦略」もご参照下さい。
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