氷山の溶けるテールリスクに備える「気候工学」

IPCC AR6より
IPCCの第6次報告書(AR6)は「1.5℃上昇の危機」を強調した2018年の特別報告書に比べると、おさえたトーンになっているが、ひとつ気になったのは右の図の「2300年までの海面上昇」の予測である。
これによると何もしないで化石燃料の消費が加速度的に増えた場合、2100年に2m近い海面上昇の可能性が「排除できない」。2300年には海面が7m上昇する低い可能性(low likelihood)があり、最大15m上昇する可能性も排除できない。
これは今の気温上昇が300年間続いてCO2が蓄積された場合の話で、誰も確かめることができない。そういう事態が発生するのは、地球の平均気温が氷点のような臨界点(tipping point)を超え、南極とグリーンランドの氷山が大量に溶けた場合だが、今の南極の年平均気温はマイナス10℃である。
そういう臨界点が存在するという科学的根拠はなく、大多数の科学者はその可能性を否定しているが、そのリスクは無視できない。このような(確率が低いが影響の大きい)テールリスクにどう対応すべきかについては、経済学にスタンダードな答はないが、これにふさわしい対策がある。
飛行機から微粒子をまいて日光をさえぎる
それがAR6も検討している気候工学である。これは日経新聞も紹介しているようにいろいろな方法があるが、その中でもっとも安価で効果的なのは成層圏エアロゾル注入(SAI)である。
これは図のように飛行機などを使って成層圏にエアロゾル(硫酸塩などの微粒子)を散布し、雲をつくって太陽光を遮断するものだ。エアロゾルで地表の気温が下がる効果は、火山の噴火で実証されている。1991年のピナツボ山の噴火では、地球の平均気温が約 0.5℃下がった。

日本経済新聞より
SAIの効果は確実で短期的なので、地球温暖化の緊急対策として使える。たとえば南極の氷山が急速に溶けて海面が上昇し始めたとき、飛行機を飛ばしてエアロゾルを散布すればいい。
IPCCも特別報告書で、確実に1.5℃上昇に抑制できると認めている。理論的には、SAIで20年以内に工業化以前の水準まで地球の平均気温を下げることができる。これによってできる雲は上空約20kmの成層圏に滞留するので、地上に大気汚染は出ない。

気候工学による地表の平均気温の変化(環境省)
気温が下がりすぎるなどの副作用も考えられるが、散布をやめれば元に戻る。急にやめると図のように気温が20年で2℃上昇するが、ゆるやかにやめれば問題ない。
「最悪の事態」に備えるオプション
散布する硫酸塩は工場で大量に出る廃棄物なので、Smith-Wagnerの推定によると、最初の15年間のコストは全世界で毎年22.5億ドル以下だという。パリ協定には全世界の協力が必要だが、SAIは個人でもできる。たとえばこの技術に投資しているビル・ゲイツの資産は1300億ドル以上なので、彼がその気になれば実行できる。
気候工学の効果は火山の噴火で実証されているが、その副作用はやってみないとわからない。始めたらずっと続けなければならないので、国際的な合意があったほうがいい。
私は気候工学がベストの解だとは思わないが、地球温暖化は人類の危機でもなければ資本主義の限界でもない。地球の平均気温という技術的な問題なので、「産業革命以来の変革だ」とか「脱成長に文明を転換しろ」とかいう説教より、技術的に解決したほうがいい。
IPCCのメインシナリオ3℃上昇は、先進国では大した問題ではない。いまEUで盛り上がっているカーボンニュートラルは、全世界で毎年100兆円以上コストをかけて大気の組成を変えようとする無謀な実験で、ESG投資のほとんどはサンクコストになってしまう。
それに比べれば毎年2000億円程度ですむ地球工学の効果は確実で、やり直しがきく。SAIをいつでもできるように準備し、それ以外は化石燃料を燃やして普通に生活すればいいのだ。日本政府は11月のCOP26で「最悪の事態に備えるオプション」として気候工学の実験を提案してはどうだろうか。

関連記事
-
先日3月22日の東京電力管内での「電力需給逼迫警報」で注目を浴びた「揚水発電」だが、ちょっと誤解している向きもあるので物語風に解説してみました。 【第一話】原子力発電と揚水発電 昔むかし、日本では原子力発電が盛んでした。
-
アゼルバイジャンで開催されている国連気候会議(COP29)に小池東京都知事が出張して伊豆諸島に浮体式の(つまり海に浮かべてロープで係留する)洋上風力発電所100万キロワットの建設を目指す、と講演したことが報道された。 伊
-
米国ラムスセン社が実施したアンケート調査が面白い。 一言で結果を言えば、米国ではエリートはCO2の規制をしたがるが、庶民はそれに反発している、というものだ。 調査は①一般有権者(Voters)、②1%のエリート、③アイビ
-
バックフィットさせた原子力発電所は安全なのか 原子力発電所の安全対策は規制基準で決められている。当然だが、確率論ではなく決定論である。福一事故後、日本は2012年に原子力安全規制の法律を全面的に改正し、バックフィット法制
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクであるGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
カリフォルニア州の電気代はフロリダよりもかなり高い。図は住宅用の電気料金で、元データは米国政府(エネルギー情報局、EIA)による公式データだ。同じアメリカでも、過去20年間でこんなに格差が開いた。 この理由は何か? 発電
-
3月18日、「新型コロナウィルスと地球温暖化問題」と題する小文を国際環境経済研究所のサイトに投稿した。 状況は改善に兆しをみせておらず、新型コロナ封じ込めのため、欧米では外出禁止令が出され、行動制限はアジアにも波及してい
-
・本稿では先月に続いて2020年度に迫ったFIT法の抜本改正をめぐる議論の現状を紹介したい。具体的には、5月30日、6月10日にそれぞれ開かれた第14回・第15回再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間