日本メディアが報じない異論続出のEU気候変動対策案
EUの行政執行機関であるヨーロッパ委員会は7月14日、新たな包括的気候変動対策の案を発表した。これは、2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年と比べて55%削減し、2050年までに脱炭素(=実質ゼロ、ネットゼロ)にする目標を達成するための手段、という位置づけだ。
日本でも各社が報じているが、ガソリン・ディーゼル自動車禁止と国境炭素税の話題ばかりだ(朝日、NHK、読売)。
本稿では、それ以外にも、経済負担が明らかになるにつれて、EU内部で温暖化対策に異論が続出していることを紹介しよう。
以下、主な情報源はフィナンシャルタイムス(その1、その2)およびポリティコである。
・14日の対策案発表直前のEU委員会では、1人の委員(オーストリアのヨハネス・ハーン予算局長)が反対票を投じた。他の6人の委員は、炭素価格を自動車にも適用したり自動車メーカーに厳しい排出基準を課す計画に反対意見を述べた。
・ドイツに次ぐEU第2位の規模を誇るスペインの自動車産業団体は、自動車だけが不当な扱いを受けているとして、スペイン政府は「自らの立場を検討する」ように求めた。つまり唯々諾々とEU委員会の対策案に従うな、ということだ。
・ドイツの自動車メーカーのロビー団体であるVDAは、この案はサプライヤーを含む企業にとって「ほとんど達成不可能」であるとした。(しかし電気自動車に350億ユーロの投資を行っている欧州最大の自動車メーカーであるフォルクスワーゲンは、この案を歓迎している)。
・航空業界では、ルフトハンザが、野心的な温暖化対策と炭素価格の導入は「正しくかつ必要」であるとしながらも、グローバルな競争相手に対して不利になる、と述べた。
・世界的な航空業界団体であるIATAの代表であるウィリー・ウォルシュは、「課税によってジェット燃料を高価にすることは、競争力に関するオウンゴールであり、代替燃料の技術開発を促進せずむしろ妨げるものだ、と述べた。
・欧州の航空業界団体であるA4Eは、この案で航空料金が高くなるとし、反対した。
・来年行われるフランス大統領選において、現職のマクロンと極右のルペンに次ぐ有力候補である共和党のザビエ・ベルトランは、風力発電は景観破壊である、として反対している。氏はこの6月にフランス北部のオート・ド・フランスの首長選で圧勝した。EU委員会の対策案では、加盟国は再生可能エネルギーの導入を強化することが謳われているが、これとは逆方向の動きだ。
・保守的なキリスト教民主党の首相候補であるアルミン・ラシェ氏は、航空機利用を減らすためとして航空券の最低価格設定を求める左派勢力を「夏休みの楽しみを人々から奪うものだ」と非難した。一方、国民の約10%の支持を得ている(がドイツでは極右とレッテルを貼られている)政党「ドイツのための選択肢」は、観光のための費用の上昇やディーゼル自動車の禁止について政府を非難した。今年9月に行われるドイツの連邦選挙では、「2030年迄に70%のCO2削減」という無謀な目標を掲げる緑の党が政権の中枢に入る可能性が高いと見られており、気候変動は重要な争点になる。
・5月の欧州理事会では、スロベニア、ラトビア、ポーランド、ルクセンブルグの首脳が、欧州委員会が提案しているETSの対象を輸送機関と建築物にまで拡大するという計画に対し、自国の「最も貧しい市民に不公平な打撃を与える」という理由で反対した。ポーランドでは、電力の約70%と住宅用暖房の約40%を石炭に依存している。
・英国では住宅用のガスボイラ禁止などを盛り込んだ「暖房と建築の戦略」の発表が、与党内からの異論の噴出によって、秋まで延期された。
今回のEU執行部の提案は、今後はEU加盟国との交渉段階に入るが、これは難航し、合意されるとしても何年もかかるとの見通しがある。
日本のメディアは「EUは環境先進国だ」と決めつけたがり、異論を軽んじる。だが実態はどうなのか、よく注視する必要がある。
■
関連記事
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 まずはCO2等の排出シナリオについて。これまでCO2等の
-
太陽光発電を導入済みまたは検討中の企業の方々と太陽光パネルの廃棄についてお話をすると、ほとんどの方が「心配しなくてもそのうちリサイクル技術が確立される」と楽観的なことをおっしゃいます。筆者はとても心配症であり、また人類に
-
福島原発事故を受けて、放射能をめぐる不安は、根強く残ります。それは当然としても、過度な不安が社会残ることで、冷静な議論が行えないなどの弊害が残ります。
-
けさの日経新聞の1面に「米、日本にプルトニウム削減要求 」という記事が出ている。内容は7月に期限が切れる日米原子力協定の「自動延長」に際して、アメリカが余剰プルトニウムを消費するよう求めてきたという話で、これ自体はニュー
-
地球温暖化問題は、原発事故以来の日本では、エネルギー政策の中で忘れられてしまったかのように見える。2008年から09年ごろの世界に広がった過剰な関心も一服している。
-
チリの暴動が大変な事態になっている。首都サンチアゴの地下鉄運賃引き上げをきっかけにした反政府デモが全国に波及し、デモ隊と警官との衝突等により、24日までに死者が18人に上っている。燃えるバスや催涙ガス、警官に投石するデモ
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンク、GEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。 今週のアップデート 1)日本変革の希望、メタンハイドレートへの夢(上)-青山繁晴氏 2)
-
ドイツの風力発電産業は苦境に立たされている(ドイツ語原文記事、英訳)。新しい風力発電は建設されず、古い風力発電は廃止されてゆく。風力発電業界は、新たな補助金や建設規制の緩和を求めている。 バイエルン州には新しい風車と最寄
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間