幻想の「水素供給計画」

2021年05月20日 07:00
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元静岡大学工学部化学バイオ工学科

元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智

前回書ききれなかった論点を補足したい。現在の日本政府による水素政策の概要は、今年3月に資源エネルギー庁が発表した「今後の水素政策の課題と対応の方向性 中間整理(案)」という資料で分かる。94頁に及ぶ大部の資料である。ただし、内容の大筋は、2017年12月に再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議が発表した「水素基本戦略」に沿ったものであり、内容的には大きな違いはない。両者とも、水素供給上の2大支柱として、海外CCSを使ったCO2フリー水素(豪州褐炭その他)と安価な海外再生可能エネルギーによる発電・水素製造を挙げている。要するに、海外資源に依存する考え方である。

Scharfsinn86/iStock

前回記事で言えば、グレー水素とグリーン水素であり、前稿で触れた、両者におけるエネルギーロスやコストの問題点には、ほとんど触れていない。とにかく、何が何でも水素を普及させ脱炭素を実現させることが目的で「そのためならどんな困難も乗り越えよう!進め一億火の玉だ!」と言っている印象さえ受ける。なぜなら、コストも供給量も、目標値が現実と大きくかけ離れているからである。水素やアンモニアを燃やして発電するなど、冷静に考えたら愚かの極みであるのに、火力発電から排出されるCO2を減らしたい、減らねばならぬとの、強迫観念に近い考えがあるのだろう。正に、目的のためには手段を選ばず。脱炭素政策では、これが各所で目立つ。

現在の構想では、水素供給の主力は、海外で大量に発電して水素を製造し、これを輸入する方式である。従って、エネルギーの大量輸送方法が問題であり「国際的な水素サプライチェーン」の詳細な検討がなされている。水素の輸送方法として、液体水素、有機ハイドライド、アンモニア等が出てくる。液体水素で運ぶのが直接的だが、液化動力がかかるのと危険度が高いので、まずは有機物と反応させて安全な液体状態にして運び、日本で水素に戻す方式と、現地でアンモニアにして運び、そのまま燃やしてしまう方式などを考えている。しかしいずれの方法を採っても、電力→水素→火力発電→電力とロスする(ここまでは国内製造でも同じ)他に、液化動力や、化学反応させるエネルギーなどの消費も加わり、正味の総合エネルギー効率は確実に20%以下になってしまう。ムダにムダを重ねてエネルギーを輸入することになる。なお、前稿では燃料電池の効率を60%としたので、水電解効率60%と合わせて総合効率0.6×0.6=0.36とした(輸送を含まない効率)が、直接燃焼では42%程度なので、この場合0.6×0.42=0.25、つまり25%になる。これに液化・化学反応等の消費エネルギーを加えると、総合効率は20%以下になるのである(なお、同資料では水素燃焼効率を59%と設定している)。

資源エネルギー庁資料の36頁に、水素キャリアごとの特性やエネルギーロスのデータが載っているが、現時点ではどれを選ぶか決められないと書いてある。どの方式を採っても一長一短、帯に短したすきに長し、と言ったところである。エネルギーが元の1/5以下になるのだから、単価は当然5倍以上に上がる。現地の発電単価がよほど安くても、間尺に合わない商売になる。

この構想の基本的な問題点は、実はそれ以前にある。それは、資源は海外から輸入すれば良いと言う考え方それ自体である。海外CCSにせよ海外大規模発電にせよ、すべて、土地・太陽光その他の資源は現地で調達し、得られた水素だけを輸入するという「美味しい所取り」なのである。そもそも、対象適地が、どこにどの位あるというのだろうか?

まず、アフリカは論外。アフリカ諸国は、いずれも深刻な電力不足状態にある。そこに大規模な太陽光パネルを設置し、電力を収奪するなど、ほぼ人道上の犯罪に近いだろう。中南米諸国も同様に対象外。彼らも経済発展を望んでおり、大規模発電施設を他国のために作る余裕はない。砂漠の多いサウジアラビアなどの中東地域なら多少の余地はあるかも知れないが、彼らとて脱石油の未来を模索しており、大規模発電施設を作るなら自国のために作るだろう。資料には、水素源として、東南アジア・豪州・中東他とあるが、具体的にどこからいくら、と言う数字は載っていない。この種の発想は、石油時代のものであり、地産地消を目指す21世紀型のあり方ではない。

実際に現地で大規模に発電して水素を造るとなれば、立地も大きな制約条件になるはずである。海岸に近い平坦地を大規模発電に使えるはずはないし、内陸の何もない砂漠地域でのプラント建設には、大きな困難が待っている。それに、質量比で水と水素は9:1だから、得られる水素の9倍の水が要る。水素1万トン造るには、水が9万トン要るのである。乾燥地帯では、水の入手も課題になるだろう。(中東では、石油より真水の方が高いと言われるほど貴重品である。)

導入量の見込みも、首をかしげたくなる数字が並んでいる。2030年時供給量300万トンで、コスト30円/Nm3、2050年時2000万トン、20円/Nm3以下となっているが、現在の水素ステーションでの価格は90円/Nm3以上する。最も安い「ブラック」水素でさえ、この価格である。CCSを適用しブラックをグレーにすると高くなり、水の電気分解で造ったら、当然もっと高い。量的に見ると液体水素の発熱量はLNGの2倍強あるから、2000万トンはLNG換算4000万トン強にあたり、一次エネルギー比で約10%に相当する。2000万トンの水素とは、現在の国内副生水素が年間9万トンであるのと比べ、途方もない量であるが、それでも現在の一次エネルギー中の10%に過ぎない。一体どうやって、この量を、この値段で、供給できると言うのか?資料では、具体策は何も書かれていない。この計画は、夢・幻想なのではないのか?

やはり、原点に立ち返って考えてみよう。水素は、電力と同じ二次エネルギーである。電力を、海外で大量に造って輸入する構想はない。ならば、水素も同じように、海外から輸入すると言う考えを捨てるべきである。地産地消で安く供給できる範囲でなら、水素にも生き延びる余地はある。しかし、天然ガスから造る水素は脱炭素に役立たず、水の電気分解で造る水素は高い(かつ電力のムダ)。太陽光から電力を得るなら、水素経由より太陽電池がずっと安く効率的である。こうして見ると、水素政策に多額の税金を使う意味がどこにあるか分からない。結論として、水素政策は、全面的に廃棄すべきである。その人員・予算を「脱石油社会」造りに使う方が良い。「脱炭素」と「脱石油(化石燃料)」は似て非なるものである。これについては、項を改めて論じたい。

松田 智
2020年3月まで静岡大学工学部勤務、同月定年退官。専門は化学環境工学。主な研究分野は、応用微生物工学(生ゴミ処理など)、バイオマスなど再生可能エネルギー利用関連。

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