「2050年ネットゼロ」で電気代は2倍になり、製造業は消える
第6次エネルギー基本計画の検討が始まった。本来は夏に電源構成の数字を積み上げ、それをもとにして11月のCOP26で実現可能なCO2削減目標を出す予定だったが、気候変動サミットで菅首相が「2030年46%削減」を約束してしまったので、それと整合的な電源構成を考えるのは大変だ。
46%削減は「2050年ネットゼロ」(温室効果ガス排出実質ゼロ)の論理的な帰結だが、それを資本主義で実現するのは不可能だ。地球環境産業技術研究機構(RITE)の計算した2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析(中間報告)では、次のようなシナリオが提示されている。
電力コストについては、2020年の13円/kWh程度の2倍程度に増加すると予想している。計算のくわしい前提条件は報告書を読んでいただくとして結論だけみると、コスト最小なのはシナリオ③の原子力50%の場合だが、それでも電力コストは19.5円/kWhと現在の1.5倍。小売りの電気代は、これに約10円の託送料が上乗せされる。
コストが最大なのは再エネ100%のシナリオ①(参考値から除外)で、電力コストは53.4円になる。それは論外としても、グリーン成長戦略で描いている再エネ50~60%のシナリオで、電力コストが2倍になる影響は大きい。
他方、現在の中国の電気代(売電価格)は6.45円/kWhと日本の1/3。2030年までには原発を100基稼働し、電気代が3円ぐらいになる見通しだ。日本の電気代が30円以上になると、10倍以上の差がつく。
製造業の生産拠点は国内から消える
そうなると確実に起こるのは、製造業の空洞化である。トヨタ自動車の豊田社長が警告しているように、日本車が輸出できなくなると、自動車関連産業の雇用550万人のうち100万人が失われるおそれがある。
自動車だけではなく、電力集約型産業の多くが国際競争力を失う。鉄鋼では石炭を使う高炉は撤退するが、電炉も電力コストが2倍になると、国内では生産できなくなる。それ以外の精錬業も全滅し、シリコン製造業も日本から消えるだろう。
かつて日本には世界第2位の生産量を誇るアルミ精錬業があったが、石油ショックで電気代が1973年の4円/kWhから1980年に17円まで上がったため、国内から撤退し、1987年にはほぼゼロになった。
電気代がこれ以上あがると、同じことがすべてのエネルギー集約産業に起こる。1980年代には日本の重厚長大産業は、エネルギー価格の変化に海外移転で対応し、空き地になった京浜工業地帯はウォーターフロントとして再開発されたが、その夢はバブルとともに消えた。
2000年以降の空洞化では雇用が失われ、賃金が下がって「デフレ」が続いた。それが失われた30年の最大の原因だが、空洞化を促進するネットゼロは、日本経済を停滞から衰退に追い込むだろう。
関連記事
-
11月1日にエネルギーフォーラムへ掲載された杉山大志氏のコラムで、以下の指摘がありました。 G7(主要7カ国)貿易相会合が10月22日に開かれて、「サプライチェーンから強制労働を排除する」という声明が発表された。名指しは
-
16年4月29日公開。出演は原子力工学者の奈良林直(北海道大学大学院教授・日本保全学会会長)、経済学者の池田信夫(アゴラ研究所所長)、司会は石井孝明(ジャーナリスト)の各氏。4月の九州地震、3月には大津地裁で稼動した高浜原発の差し止めが認められるなど、原子力の安全性が問われた。しかし、社会の原子力をめぐるリスク認識がゆがんでいる。工学者を招き、本当のリスクを分析している。
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 今回からIPCC報告の冒頭にある「政策決定者向け要約」を
-
冒頭に、ちょっと面白い写真を紹介しよう。ご覧のように、トウモロコシがジェット機になって飛んでいる図だ。 要するに、トウモロコシからジェット燃料を作って飛行機を飛ばす構想を描いている。ここには”Jet Fuel
-
「必要なエネルギーを安く、大量に、安全に使えるようにするにはどうすればよいのか」。エネルギー問題では、このような全体像を考える問いが必要だ。それなのに論点の一つにすぎない原発の是非にばかり関心が向く。そして原子力規制委員会は原発の安全を考える際に、考慮の対象の一つにすぎない活断層のみに注目する規制を進めている。部分ごとしか見ない、最近のエネルギー政策の議論の姿は適切なのだろうか。
-
前回に続いて、環境影響(impact)を取り扱っている第2部会報告を読む。 今回は人間の健康への気候変動の影響。 ナマの観測の統計として図示されていたのはこの図Box 7.2.1だけで、(気候に関連する)全要因、デング熱
-
ここ数年、日本企業は「ESGこそが世界の潮流!」「日本企業は遅れている!」「バスに乗り遅れるな!」と煽られてきましたが、2023年はESGの終わりの始まりのようです。しかし「バスから降り遅れるな!」といった声は聞こえてき
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 今年6月2日に発表された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略(案)」から読み取れる諸問題について述べる。 全155頁の大部の資料で、さまざまなことが書かれてい
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間