SMRの真贋を問う
小型モジュラー炉(Small Modular Reactor)は最近何かと人気が高い。とりわけ3•11つまり福島第一原子力発電所事故後の日本においては、一向に進まない新増設・リプレースのあたかも救世主のような扱いもされている。
事故を起こした福島一原子力発電所の原子炉が大型炉であり、大型炉はシビアアクシデントに脆弱、そして〝大型炉=悪〟のイメージがあるかもしれない。しかし、福島第一の1号機は出力が46万kWeであり、実に小型なのである。(※ 国際原子力機関の定義では小型炉は30万kWe以下、70万kWe以下を中型炉としている)
「小型炉とは 冷却しやすく、安全に配慮」(日経新聞2021年4月5日)などという流説を最近よく目にするが、冷却しやすく安全が桁違いに向上した大型炉はすでにこの世に存在し稼働している。AP1000や華龍1号がそれである。それらに相当する原子炉設計は日本にもある。それはかつてトルコに輸出が決まりかけていたATMEA1である。
小型炉のメリットとは
私も大学院生向けの講義のなかで、SMRについては以下のようなメリットがあると解説しているが、同時に各論点の問題点についても説明している。
- 大型炉に比べて安全性が高い。
- 簡素化と標準化が馴染みやすく、工場生産によってQA/QCが容易になりコスト安になる。
- モジュール化することで柔軟性のある出力規模が実現できるので立地が有利になる。
良いことづくめである。
本当にそうなのだろうか?・・・それぞれを検証してみたい。
安全性
出力規模が小さい小型モジュラー炉、例えばNuScale社デザインの1モジュールの電気出力は50MWe、は1000MWe(100万kWe)を超える現行の大型軽水炉に比べて次のような安全上のメリットがあるとされている。
①出力が低い、②表面積対体積比が大きく除熱が容易(特に事故時)、③核分裂を引き起こす中性子の漏れが大きい。これらによって本質的に安全な原子炉が実現可能だという。シビアアクシデント時に電気によって動く動的なシステムに頼らずとも〝受動的(passive)〟な仕組みで安全が確保されるというのである。受動的な仕組みには、例えば、大量の水をタンクに蓄えていざという時に重力で落下させて冷やすことや自然循環によって炉心を冷やすことがある。
ところがこのような受動的安全システムは、すでに大型炉において実現している。大型炉の方が先行しているのである。その実例は、中国ですでに商業運転をしているAP1000(米国ウエスティングハウス社)や華龍1号(自国開発)である。そしてごく最近では米国ジョージア州で建造しているボーグル原子力発電所3、4号機(ともにAP1000)がある。
つまり、安全性においてSMRに格段のアドバンテージがあるとは言い難い。
コスト安
工場でのライン生産、一体型生産が可能になる。工場で原子炉が造られる——本当だろうか。家電製品、自動車、プレハブ住宅がイメージされる。日本の年間自動車生産台数は約970万台(2019年)、プレハブ住宅は約14万戸(2016年)である。
世界エネルギー機関(IEA)は4月20日に『グローバルエネルギーレビュー2021』を公表した。2021年の原子力による総発電量は2%増加の予測である。2019年末で世界の原子力設備容量は392×1000MWeであったので、この2%は7840MWeである。これはNuScaleのモジュール156台程度である。たったこの程度なのである。これで本当に工場を〝食わせて〟いけるのだろうか。
大型炉1基分の出力を得るには、NuScaleのモジュールが最低12台は必要になる。さる大手メーカーの試算によれば、むしろ大型炉1基の方が安く上がるという。
立地の容易性
これには先例がある。ただし、挫折した例である。日本は東芝–電力中央研究所が4S炉と称する小型炉を精力的に研究し、米国NRCの型式認証も所得しようとしていた。発電規模は10MWe-50MWeである。2000年代当初の話である。立地もほぼ決まっていた。米国アラスカ州の都市ガリーナ(人口500名弱)が2004年に誘致を検討開始したが、原子炉の設置は実現されないまま今に至っている。その事情は不詳。
小型炉の場合、都市に近接して立地することがポイントになる。それは、例えば100km以上の遠隔立地になれば送電ロスが影響し、コスト的に見合わなくなる。NuScaleの50MWeでは約5万個の家庭の電力が賄える。日本の5万人都市といえば、首都圏では逗子市、京阪神では四條畷市、島嶼では宮古島市がある。果たして、小型原子炉誘致の現実味はあるのだろうか。
あるいは、人口とは不釣り合いな巨大産業を抱えるコンビナートに複数モジュールを設置するなどが考えられる。そのような例は過去にも検討されていたが、実を結んでいない。
いずれにしても、SMRなら立地の可能性、需要のバリエーションが増えるとはなかなか言い難い。
なお、NuScaleの初号機の米国内での建設計画がユタ州市町村公社(UAMPS)によって進められている。しかし、これは米国エネルギー省がその管轄下にあるアイダホ国立研究所(INL)の敷地を提供したものであり、極めて特殊なケースであり実態は国公立発電所である。UAMPSは2029年内にもこのINL内サイトで最初のモジュールの稼働を開始すると表明しているが今後の成り行きを見守りたい。
小型炉あるいは小型モジュラー炉にメリットはありそうだ。
関連記事
-
「ドイツの電力事情3」において、再エネに対する助成が大きな国民負担となり、再生可能エネルギー法の見直しに向かっていることをお伝えした。その後ドイツ産業界および国民の我慢が限界に達していることを伺わせる事例がいくつか出てきたので紹介したい。
-
菅首相が10月26日の所信表明演説で、「2050年までにCO2などの温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目指す」旨を宣言した。 1 なぜ宣言するに至ったか? このような「2050年ゼロ宣言」は、近年になって、西欧諸国
-
少し前の話になるが2017年12月18日に資源エネルギー庁で「再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会」と題する委員会が開催された。この委員会は、いわゆる「日本版コネクト&マネージ」(後述)を中心に再生
-
日米の原子力には運転データ活用の面で大きな違いがある。今から38年前の1979年のスリーマイル島2号機事故後に原子力発電運転協会(INPO)が設立され、原子力発電所の運転データが共有されることになった。この結果、データを
-
福島第一原子力発電所事故以来、国のエネルギー政策上の原子力の位置づけは大きく揺らいできた。政府・経産省は7月に2030年度の最適電源構成における原子力比率を20~22%とすることをようやく決定したが、核燃料サイクル問題については依然混迷状態が続いている。以下、この問題を原点に立ち返って考えて見る。
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 前稿で、現代の諸問題について現役の学者・研究者からの発言が少ないことに触れた。その理由の一つに「同調圧力」の存在を指摘したが、大学が抱えている問題はそれだけではない。エネルギー
-
東京都や川崎市で、屋上に太陽光パネル設置義務化の話が進んでいる。都民や市民への事前の十分な説明もなく行政が事業を進めている感が否めない。関係者によるリスク評価はなされたのであろうか。僅かばかりのCO2を減らすために税金が
-
アゴラ研究所の運営するネット放送「言論アリーナ」を公開しました。 今回のテーマは「迷走する原子力規制委員会」です。 原子力規制委員会は、動いている原発を2020年にも止める方針を電力会社に伝えました。混乱する原子力行政の
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間