NHKの温暖化予測はどこまで本当か?
1月9日放映のNHKスペシャル「2030 未来への分岐点 暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦」は「温暖化で既に災害が激甚化した」と報道した。前回、これは過去の観測データを無視した明白な誤りであることを指摘した。
一方で、同番組では、おどろおどろしい予測が、これでもか、というように並べ立てられていた。今回は、この予測の信憑性について書こう。
同番組では
「2030年までに、世界のCO2を半分にしないと産業革命前に比べて気温上昇が1.5度に達する。更には2050年にはCO2をゼロにしないと1.5度以下には出来ない。1.5度に達すると、地球温暖化の暴走が始まり、気温上昇は4度に達し、甚大な被害が出る。2030年までの10年間が鍵だ。残された時間はあと10年しかない」
と訴えている。
この「温暖化の暴走」というのは、3年前になって提唱された「ホットハウスアース」と呼ばれる仮説で、「北極の氷が融けて気温が上がる⇒今度はシベリアの永久凍土が融けてメタンが発生して、さらに気温が上がる⇒するとアマゾンの熱帯雨林が枯死してさらに気温が上がる・・」といった連鎖が起きて、地球温暖化が4度に達する、というもの。
なのだけれども、これは各々のステップそれ自体がとても不確かなものを、いくつも連ねた「風が吹けば桶屋が儲かる」式の議論で、ひとつの仮説にすぎず、確立した科学と呼ぶには程遠い。
その他にも番組では「最新の成果」が幾つも発表されている。けれども、「最新の成果」というのは、裏を返せば、科学的にはまだ答えが定まっていない、ということだ。つまりはこれから検証が必要なものばかり、ということである。
さらに番組の内容を見てみると、「最新の成果」というよりも、「最近の、流行りの」成果といった方がよさそうなものも多い。クラシック音楽であれば100年、200年の時を経て名曲が定まってくるが、ポップスの流行はいずれ忘れられるものが多いのに似ている。のみならず、どれも政府当局の予算で賄われている研究であることに注意しよう。つまりは温暖化の悪影響を訴えるバイアスが少なからずかかっている。
また方法論として注意すべきは、予測の殆どはコンピューターによるシミュレーションに頼っている、ということだ。シミュレーションには問題点が多々あるので、その結果は一つ一つ検証が必要だ(詳しくは地球温暖化ファクトシート 第2版)。
以下、具体的に見てみよう。つっこみどころは満載なのだが、飽きが来るので、とりあえず全てワンポイントで。
- 気温上昇が4度に達する
⇒ 既に述べたがホットハウスアースによる4度の気温上昇とは、未検証の仮説にすぎない。だが、以下の不吉な予測の群れは、何れもその4度の気温上昇を前提にしていることに注意。
- 地球温暖化でロシアの永久凍土が融けてその中から感染性のウイルスが発生してくる
⇒ ウイルスにはいろいろあるが、本当にそんなに危険なのか? ちなみに世界保健機関は、つい昨年まで21世紀の最大のリスクは地球温暖化だと言っていた。そんなことを言っている間に新型コロナウイルスのパンデミックが起きてしまった。
- 日本の砂浜の9割が海面上昇で消滅する
⇒ 日本の砂浜はすでにかなり無くなったが温暖化のせいではない。予測されている海面上昇程度であれば十分に適応できる。詳しくは地球温暖化ファクトシート 第2版を参照。
- 熱中症で外出自粛、医療逼迫
⇒ コロナ禍にひっかけたつもりらしいが、日本では夏に暑さで死ぬよりも、寒さで冬に死ぬ人の方が多い。温暖化すれば死亡率は下がるのではないか?(詳しくは地球温暖化ファクトシート 第2版)。それにしても、医療が逼迫しても猛暑の最中にわざわざ出かけて熱中症になるご老人がいるのかね?
- 寿司が食べられなくなって江戸前という言葉が消滅する
⇒ このへんになると吹き出してしまった。どんなに温暖化しても魚が居なくなるなどということはない。棲む場所や魚の種類が変わるだけだ。
江戸前という言葉はもともとキスとかアナゴとか東京湾の魚の寿司を指していた。すでにあまり食べないが、これは水質汚染などのためだ。魚も釣りも大好きな筆者としては、環境省はこういう本当の環境問題にこそもっと真剣に取り組んで欲しい。
- オリンピックが暑くてアジアで出来なくなる
⇒ わざわざ真夏にやらなければよいでしょう。そもそも真夏にやらねばならない理由は、アメリカのスポーツのオフを狙って、オリンピックの広告収入を高めるために過ぎないのだから。
- 令和元年東日本台風(旧称台風19号)は温暖化によって降水が10%増え、河川の流量が20%増え、そのせいで洪水が起きた
⇒ シミュレーション計算を駆使しているので、よく知らない人はビビるかもしれない。けれども、前回示したように、統計を見ると台風は増えても強くなってもいないし豪雨も増えていない。この台風が温暖化で雨量が多くなったというなら、他の台風はどうなのか? みな雨量が増えたなら、何故統計には現れないのか? これはイベントアトリビューションという手法による最新のシミュレーション研究だが、統計とも突き合せて検証が必要だ。
- 強力台風で荒川が決壊して2mの水害が起きる
⇒ 前述のように統計を見ると豪雨の雨量は増えていない。けれども、温暖化が在ろうが無かろうが、台風も豪雨も必ずやってくる。令和元年東日本台風(旧称台風19号)は、2千人の死者を出した1947年のカスリーン台風の再来だった。それでも利根川水系で大規模な被害が出なかったのは、八ッ場ダムなどのおかげだった。大事なのは防災をきちんと進めることだ。
- 雪不足でスキー場閉鎖
⇒ この冬は大雪で関越道は車が立ち往生してスキーどころでなくなった。いまも寒波で電力不足になり電力会社は必死になって天然ガスを世界中から買い付けている。報道ベースでは大雪も温暖化のせいだとのたまった研究者がいたらしいが、大雪と雪不足のどっちも温暖化のせいなのか?
なお番組の最後にはアル・ゴアが登場したが、彼の映画が嘘ばかりだったことは今ではよく知られている(例えば、伊藤公紀、問題だらけの「不都合な真実」――正しくない記述に反証を、エネルギーフォーラム2021年1月号)。
以上、若干からかい気味に書いてしまったが、この番組の悪ノリに合わせるうちに、だんだんこうなってしまった。
ところで、過去になされた予測は当たったのだろうか? 2020年までには不吉なことが起きるとする予測は世界中にあったが、大外れだらけだった。
無論、だからと言って今後の予測も全て外れると決まった訳では無い。けれども、今回紹介した予測は、一つ一つ、その信憑性を検証すべきものであり、そのまま信じることは極めて危うい。
過去の観測データの統計と、「最新の報告」による未来の予測は、信憑性が全く違うのだ。前者を無視し、後者ばかりを取り上げるNHKは根本的に間違っている。
この番組における数々の予測は、「過去の統計データが何一つ災害の激甚化を示していないにも関わらず莫大な費用がかかる温暖化対策を正当化する」程の、確固とした科学的知見とは言えない。
関連記事
-
合理性が判断基準 「あらゆる生態学的で環境的なプロジェクトは社会経済的プロジェクトでもある。……それゆえ万事は、社会経済的で環境的なプロジェクトの目的にかかっている」(ハーヴェイ、2014=2017:328)。「再エネ」
-
CO2を多く排出するとして、ここのところ先進国ではバッシングを受けている石炭事業だが、世界には多くの炭鉱開発計画がある。 最近出た環境団体グローバル・エナジー・モニターの報告によると、世界で提案されている新しい炭鉱開発事
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 IPCC報告では過去の地球温暖化は100年あたりで約1℃
-
有馬純 東京大学公共政策大学院教授 地球温暖化をめぐる国際的取り組みの中で長きにわたって産業革命以降の温度上昇を2℃以内に抑えるという目標が掲げられていることはよく知られている。2015年12月に合意されたパリ協定ではこ
-
2023年からなぜ急に地球の平均気温が上がったのか(図1)については、フンガトンガ火山噴火の影響など諸説ある。 Hunga Tonga volcano: impact on record warming だがこれに加えて
-
チェルノブイリ原発事故によって放射性物質が北半球に拡散し、北欧のスウェーデンにもそれらが降下して放射能汚染が発生した。同国の土壌の事故直後の汚染状況の推計では、一番汚染された地域で1平方メートル当たり40?70ベクレル程度の汚染だった。福島第一原発事故では、福島県の中通り、浜通り地区では、同程度の汚染の場所が多かった。
-
山火事が地球温暖化のせいではないことは、筆者は以前にも「地球温暖化ファクトシート」に書いたが、今回は、分かり易いデータを入手したので、手短かに紹介しよう。(詳しくは英語の原典を参照されたい) まずカリフォルニアの山火事が
-
4月の日米首脳会談では、炭素税(カーボンプライシング)がテーマになるといわれています。EU(ヨーロッパ連合)は今年前半にも国境炭素税を打ち出す方針で、アメリカのバイデン政権も、4月の気候変動サミットで炭素税を打ち出す可能
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間