「2050年CO2排出ゼロ」は原発なしで実現できない
菅首相の所信表明演説の目玉は「2050年までに温室効果ガス排出ゼロ」という目標を宣言したことだろう。これは正確にはカーボンニュートラル、つまり排出されるCO2と森林などに吸収される量の合計をゼロにすることだが、今まで日本政府は公式に約束してこなかった。技術的に不可能だからである。
電力をすべて再エネでまかなえるのか
国立環境研究所のシミュレーションによると、図のように2050年にCO2排出量をゼロにするには、パリ協定(INDC)を完全実施して2100年に地球の平均気温を産業革命前の1.5℃上昇(1.5deg)に収めなければならないが、これは不可能である。今すでに1.3℃上昇しているからだ。パリ協定の目標としている2℃上昇(2deg)だと80%削減が限界だが、この目標も実現できない。
日本政府はパリ協定で「2030年にCO2排出量を2013年比で26%削減する」と約束しているが、これには電源に占める原発比率が20%以上が必要で、25基以上の原発が稼働する必要がある。しかし今は「特重」の審査で原発が止まり、来月には運転しているのは1基だけになる。
原発を新増設しないと、今のままでは2050年までにすべて40年の寿命が来てゼロになる。CO2排出ゼロにするには、火力発電も廃止して電力を100%再生可能エネルギーで供給する必要があるが、それは不可能である。蓄電のコストは発電の100倍以上かかり、鉄鋼や自動車産業は国内で成り立たなくなる。
さらにCO2の年間排出量13億トンのうち、次の図のように電力部門は約5億トンで、それ以外の産業用や自動車が6.2億トンある。これを減らす方法は電気自動車ぐらいしかないが、産業用の石油は残る。
火力発電とガソリン車をゼロにすると、エネルギーコストは最大9倍になる(国立環境研)。電気代は2倍に上がって製造業は日本から出て行き、GDPの10%以上が失われるだろう。それでも中国やインドや途上国の排出量が激増するため、パリ協定の2℃上昇という目標は実現できない。これはIPCCも認めている。
CO2排出ゼロで生活は快適になるのか
そもそもCO2は政策目的ではない。問題は地球温暖化だが、杉山大志氏も指摘するように、日本が2050年にCO2排出ゼロにしても、地球の平均気温は0.01℃も下がらない。日本のCO2排出量は、世界の約3%しかないからだ。
温暖化を止めたら何が防げるのだろうか。ほとんどの専門家が2050年までに確実に起こると予想している現象は、最大30cm程度の海面上昇である。日本が2050年にCO2排出ゼロにしたら、それが3mm程度は下がるかもしれない。
この他に起こっている現象は水害が増えたことだが、その最大の原因は温暖化ではなく都市化である。これは先進国では大した問題ではなく、途上国ではCO2削減より堤防を建設するコストのほうがはるかに安い。
要するに日本が2050年までにCO2排出量をゼロにすると、GDPが10%下がって気温が0.01℃下がるだけなのだ。これは果たして政府が全力を投入してやるべきことなのだろうか。それはただでさえ人口減少で衰退する日本経済が、自殺に向かう道ではないのか。
他の道もある。日本には遊休したままの原発が27基あり、世界最高の原子力技術がある。火力発電を減らして原発を新増設すれば、エネルギーコストを上げないでCO2排出をゼロにできる。
この点で首相が、所信表明で「安全最優先で原子力政策を進めることで、安定的なエネルギー供給を確立します」とのべたのは救いがある。日本が原発ゼロで貧困化の道を歩むのか、原発を維持して豊かさを守るのか、今後10年が分かれ道である。
関連記事
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 IPCC報告には地球の平均気温がぐんぐん上昇しているとい
-
日本では福島原発事故、先進国では市民の敬遠によって、原発の新規設置は難しくなっています。また使用済み核燃料と、棄物の問題は現在の技術では解決されていません。しかし世界全体で見れば、エネルギー不足の解消のために、途上国を中心に原発の利用や新設が検討されています。
-
直面する東京電力問題において最も大切なことは、1.福島第一原子力発電所事故の被害を受けた住民の方々に対する賠償をきちんと行う、2. 現在の東京電力の供給エリアで「低廉で安定的な電気供給」が行われる枠組みを作り上げる、という二つの点である。
-
日本の化石燃料輸入金額が2023年度には26兆円に上った(図1)。これによって「国富が流出しているので化石燃料輸入を減らすべきだ、そのために太陽光発電や風力発電の導入が必要だ」、という意見を散見するようになった。 だがこ
-
前2回(「ごあいさつがわりに、今感じていることを」「曲解だらけの電源コスト図made by コスト等検証委員会」)にわたって、コスト等検証委員会の試算やプレゼンの図について、いろいろ問題点を指摘したが、最後に再生可能エネルギーに関連して、残る疑問を列挙しておこう。
-
電力料金の総括原価方式について、最近広がる電力自由化論の中で、問題になっている。これは電力料金の決定で用いられる考え方で、料金をその提供に必要な原価をまかなう水準に設定する値決め方式だ。戦後の電力改革(1951年)以来導入され、電力会社は経産省の認可を受けなければ料金を設定できない。日本の電力供給体制では、電力会社の地域独占、供給義務とともに、それを特徴づける制度だ。
-
朝日新聞に「基幹送電線、利用率2割 大手電力10社の平均」という記事が出ているが、送電線は8割も余っているのだろうか。 ここで安田陽氏(風力発電の専門家)が計算している「利用率」なる数字は「1年間に送電線に流せる電気の最
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクであるGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)は、サイトを更新しました。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間