新型コロナウイルスと地球温暖化問題
3月18日、「新型コロナウィルスと地球温暖化問題」と題する小文を国際環境経済研究所のサイトに投稿した。
状況は改善に兆しをみせておらず、新型コロナ封じ込めのため、欧米では外出禁止令が出され、行動制限はアジアにも波及している。世界のGDPは1~3月期前期比年率12%の減少、戦後2度目のマイナス成長になるとの見通しも出てきた。
皮肉なことにこれが環境面でプラスの影響をもたらしている。NASAの観測衛星によれば、中国では新型コロナ封じ込めのための活動制限によって1月から2月にかけて二酸化窒素濃度が大幅に低下した。現在、新型コロナ禍真っ只中の米国では3月1~19日の二酸化窒素濃度が劇的に低下している。
![中国における二酸化窒素濃度(1月1-20日、2月10-25日)出所NASA](https://www.gepr.org/ja/cms/wp-content/uploads/2020/03/image001-1-660x500.png)
中国における二酸化窒素濃度(1月1-20日、2月10-25日)出所:NASA
ヴェニスではゴンドラが運行されなくなったことにより、運河の水が透明になり、空気が綺麗になったとの報道もある。
大気汚染や水質汚濁に比べると目に見えにくいが、CO2も確実に減少しているはずだ。
しかし改善する環境とは裏腹に、企業活動から個々人の生活に至るまで深刻なマイナス影響が生じつつある。皮肉なことであるが、温室効果ガス削減を含む環境改善のために最も効果があるのはクライシスであるということを証明してしまったことになる。過去の歴史を見ても世界のCO2が大きく低下したのは1918年のスペイン風邪、1929年の世界恐慌、1945年の第2次大戦終了、70年代の石油危機、2008年のリーマンショックのときであった。
しかし、過去の歴史が示しているのはクライシスからの景気回復によりCO2排出は再び増大しているということである。他国にさきがけて新型コロナウィルス禍の国内収束を宣言した中国(といっても筆者は中国政府の収束宣言を信ずる気にはなれないが)では生産活動がゆるやかに回復しており、3月20日付のFT“China struggles to get back to work after lockdown”によれば、発電部門の石炭消費は1月を100とすると一時は半減していたものが71くらいまで回復しているという。
中国の発電用石炭輸入需要は2019年レベルに戻りつつあり、一部の港は2020年の輸入割当て上限に達しているとの報道(“Foreign Coal Producers Get Boost From Coronavirus”)すらある。
したがって2020年のCO2排出量が19年比減少になったとしても、世界のCO2排出がピークアウトしたとはとても言える状況ではなく、新型コロナウィルス収束と共に、前年比増加に転ずることはまず確実であると思われる。
新型コロナウィルスによる不況から脱却するに当たって、グリーンニューディールのような温室効果ガス削減に資する投資を大規模にやるべきであるとの議論がある。しかしグリーンニューディールは大規模なエネルギー転換を必要とし、それによる勝者と敗者を生み出すことになる。
石炭産業や石炭火力発電所に従事する労働者は敗者の典型的な事例であろう、経済全体が急速に収縮している中で、勝者と敗者を生み出す経済改革を行い、敗者の面倒も同時に見ようというのは容易なことではない。米国でもドイツでも巨額な財政出動が取りざたされているが、その内容は疲弊した企業、国民生活をてこ入れするための巨額減税や雇用補助金であり、再エネがいい、石炭はダメといった選り好みをできる状態ではない。
急速に生じたクライシスに対して迅速かつ大規模な対応が求められるのだから当然といえば当然だろう(思えば大恐慌時代のニューディール政策は温暖化のことなど気にせず、ひたすら生産拡大、雇用確保に注力すればよかった)。
また世界が新型コロナウィルス禍に巻き込まれる中で、国民の関心はウィルスからの自己防衛、雇用、収入の安定確保である。一部に消費税減税という議論すらある状況下で温暖化対策のために炭素税を導入しましょうと言ったら正気を疑われるだろう。
エネルギーコストを必然的に引き上げる温暖化対策は逆進性が高く、低所得者層にひびくからだ。温暖化対策のリーダーを自認する欧州では労働組合が「欧州グリーンディールは資源採掘産業、エネルギー多消費産業、自動車産業等を中心に1100万人の雇用を危機に陥しいれる(“Eleven Million Jobs At Risk From EU Green Deal, Trade Unions Warn”)」とのキャンペーンを行っている。
新型コロナウィルスが今後の世界秩序やグローバリゼーションに与える影響も多岐にわたる。2月25日付けのニューヨークタイムスではスティーブン・エルランガーが、新型コロナウィルスはこれまで様々な攻撃に晒されて来たグローバリゼーションに更なる一撃を与えるものであり、ポピュリストに対してレイシズム、外国人憎悪、移民管理等の口実を与える恐れが有る、中国をハブとしたグローバルサプライチェーン、更には世界の中国を見る目も変わる、気候変動や貿易といったグローバルアジェンダにも悪影響が懸念される等を内容とする論考(“Spread of Virus Could Hasten the Great Coming Apart of Globalization”)を展開している。
温暖化問題はグローバリズム、リベラルな価値観と強い親和性を有するものであり、何より米中を含む主要国の国際協力を必要とする。新型コロナウィルスによってグローバリズムが後退することは温暖化問題の追求にも悪影響を与える恐れが強い。
2020年はパリ協定実施の初年であり、COP26議長国の英国は「野心COP」を掲げ、プレCOP主催国のイタリアと共に各国に対してNDCの引き上げを強く働きかける算段を立てていた。
しかし新型コロナウィルスによって各種国際会議が軒並みキャンセルされていることに加え、各国でも外出禁止令が出るなど、「それどころではない」状況になっている。3月19日付けのイブニング・スタンダードでは英国の外務大臣が状況如何によってはCOP26を延期する可能性に言及したと報じている(“COP26 climate change talks may be delayed due to coronavirus, government warns”)。
筆者もCOP26に参加する予定であるが、さて11月にグラスゴーの地を踏めるであろうか?
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