原発の停止で数万人の生命が失われた
四国電力の伊方原発3号機の運転差し止めを求めた仮処分の抗告審で、広島高裁は16日、運転の差し止めを認める決定をした。決定の理由の一つは、2017年の広島高裁決定と同じく「9万年前に阿蘇山の約160キロ先に火砕流が到達した」からだという。裁判官は原発に9万年のゼロリスクを求めているのだろう。
しかし原発を止めても、エネルギー需要は変わらない。原発の電力が減った分は、輸入した化石燃料を余計に燃やすだけだ。原発の代わりに化石燃料を燃やすと、四国の人々の生活は安全になるのだろうか。
オックスフォード大学のウェブサイトは、医学的データにもとづいて「ほとんどの人の信じるのとは逆に原子力はすべての主要なエネルギーの中でもっとも安全である」と書いている。
この図はMarkandya-Wilkinsonのデータにもとづいて、1TWh発電するときの直接被害(大気汚染や採掘事故や放射線被曝)で、本来の寿命より早く死ぬ人数を比較したものだ。
それによると褐炭の火力発電で32.72人、普通の石炭火力で24.62人、石油火力で18.43人死ぬ。そのほとんどの原因は大気汚染である。原発の放射線で死ぬのは0.07人である。石炭火力は原発の350倍危険なのだ。
これは別のデータでも裏づけられる。WHOによれば、2016年に屋外の大気汚染で(癌や呼吸器疾患によって)死んだ人は全世界で420万人。その最大の原因は化石燃料の燃焼による微粒子(PM2.5)で、石炭(発電や暖房など)によって毎年100万人以上が死んでいると推定される。
そのうち日本では年間6万人が大気汚染で死んでいると推定されるが、原発の停止で化石燃料の消費が20%以上増えた。特に引退していた古い石油火力や石炭火力を動かしたため、大気汚染は悪化した。正確な推定はできないが、この9年間の原発停止で増えた大気汚染の死者は少なくとも数万人だろう。
呼吸器疾患の患者が何人死んでもニュースにはならないが、原発を止めた裁判官は「正義の味方」としてマスコミにほめてもらえる。今回の決定をした森一岳裁判官のように定量的にものを考えられないでゼロリスクを求める文系オヤジが、多くの人命を奪ったのだ。
関連記事
-
GEPRとアゴラでは、核燃料サイクル問題について有識者の見解を紹介した。そして「日本の核武装の阻止という意図が核燃料サイクル政策に織り込まれている」という新しい視点からの議論を示した。
-
電力需給が逼迫している。各地の電力使用率は95%~99%という綱渡りになり、大手電力会社が新電力に卸し売りする日本卸電力取引所(JEPX)のシステム価格は、11日には200円/kWhを超えた。小売料金は20円/kWh前後
-
菅直人元首相は2013年4月30日付の北海道新聞の取材に原発再稼働について問われ、次のように語っている。「たとえ政権が代わっても、トントントンと元に戻るかといえば、戻りません。10基も20基も再稼働するなんてあり得ない。そう簡単に戻らない仕組みを民主党は残した。その象徴が原子力安全・保安院をつぶして原子力規制委員会をつくったことです」と、自信満々に回答している。
-
「必要なエネルギーを安く、大量に、安全に使えるようにするにはどうすればよいのか」。エネルギー問題では、このような全体像を考える問いが必要だ。それなのに論点の一つにすぎない原発の是非にばかり関心が向く。そして原子力規制委員会は原発の安全を考える際に、考慮の対象の一つにすぎない活断層のみに注目する規制を進めている。部分ごとしか見ない、最近のエネルギー政策の議論の姿は適切なのだろうか。
-
電力業界では良くも悪くも何かと話題に上ることが多い「発電側基本料金」だが、電力ガス取引等監視委員会の制度設計専門会合を中心に詳細な制度設計が進められている。 また、FIT電源に対する調整措置についても、2019年の12/
-
9月25日、NHK日曜討論に出演する機会を得た。テーマは「1.5℃の約束―脱炭素社会をどう実現?」である。 その10日ほど前、NHKの担当ディレクターから電話でバックグラウンド取材を受け、出演依頼が来たのは木曜日である。
-
アメリカでは「グリーン・ニューディール」をきっかけに、地球温暖化が次の大統領選挙の争点に浮上してきた。この問題には民主党が積極的で共和党が消極的だが、1月17日のWSJに掲載された炭素の配当についての経済学者の声明は、党
-
以前、CO2による海洋酸性化研究の捏造疑惑について書いた。 これを告発したクラークらは、この分野で何が起きてきたかを調べて、環境危機が煽られて消滅する構図があったことを明らかにした。 下図は、「CO2が原因の海洋酸性化に
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間