原発の停止で数万人の生命が失われた

2020年01月17日 18:00
アバター画像
アゴラ研究所所長
伊方原発(Wikipediaより)

伊方原発(Wikipediaより)

四国電力の伊方原発3号機の運転差し止めを求めた仮処分の抗告審で、広島高裁は16日、運転の差し止めを認める決定をした。決定の理由の一つは、2017年の広島高裁決定と同じく「9万年前に阿蘇山の約160キロ先に火砕流が到達した」からだという。裁判官は原発に9万年のゼロリスクを求めているのだろう。

しかし原発を止めても、エネルギー需要は変わらない。原発の電力が減った分は、輸入した化石燃料を余計に燃やすだけだ。原発の代わりに化石燃料を燃やすと、四国の人々の生活は安全になるのだろうか。

オックスフォード大学のウェブサイトは、医学的データにもとづいて「ほとんどの人の信じるのとは逆に原子力はすべての主要なエネルギーの中でもっとも安全である」と書いている。

発電量TWh当たりの死亡率

発電量TWh当たりの死亡率

この図はMarkandya-Wilkinsonのデータにもとづいて、1TWh発電するときの直接被害(大気汚染や採掘事故や放射線被曝)で、本来の寿命より早く死ぬ人数を比較したものだ。

それによると褐炭の火力発電で32.72人、普通の石炭火力で24.62人、石油火力で18.43人死ぬ。そのほとんどの原因は大気汚染である。原発の放射線で死ぬのは0.07人である。石炭火力は原発の350倍危険なのだ。

これは別のデータでも裏づけられる。WHOによれば、2016年に屋外の大気汚染で(癌や呼吸器疾患によって)死んだ人は全世界で420万人。その最大の原因は化石燃料の燃焼による微粒子(PM2.5)で、石炭(発電や暖房など)によって毎年100万人以上が死んでいると推定される。

そのうち日本では年間6万人が大気汚染で死んでいると推定されるが、原発の停止で化石燃料の消費が20%以上増えた。特に引退していた古い石油火力や石炭火力を動かしたため、大気汚染は悪化した。正確な推定はできないが、この9年間の原発停止で増えた大気汚染の死者は少なくとも数万人だろう。

呼吸器疾患の患者が何人死んでもニュースにはならないが、原発を止めた裁判官は「正義の味方」としてマスコミにほめてもらえる。今回の決定をした森一岳裁判官のように定量的にものを考えられないでゼロリスクを求める文系オヤジが、多くの人命を奪ったのだ。

This page as PDF

関連記事

  • 12月に入り今年も調達価格算定委員会において来年度以降の固定価格買取制度(FIT)見直しの議論が本格化している。前回紹介したように今年はバイオマス発電に関する制度見直しが大きな課題となっているのだが、現状において国内の再
  • 前回の本コラムで、ドイツで言論統制が進みつつある実情に触れ、ジョージ・オーウェルの「1984年」を読み直したいと書いた。その後、私は本当に同書を50年ぶりで読み返し、オーウェルの想像力と洞察力に改めて驚愕。しかも、ここに
  • アゴラ研究所の運営するエネルギーの「バーチャルシンクタンク」であるグローバルエナジー・ポリシーリサーチ(GEPR)はサイトを更新しました。
  • 2月24日、ロシア軍がウクライナ侵攻を始めてからエネルギーの世界は一転した。ロシアによる軍事侵攻に対して強力な経済制裁を科すということをいち早く決めた欧米諸国は、世界の生産シェアの17%を占めるロシアの天然ガスについて、
  • 日本経済研究センター
    日本経済研究センター 3月7日発表。2016年12月下旬に経済産業省の東京電力・1F問題委員会は、福島第1原発事故の処理に22兆円かかるとの再試算を公表し、政府は、その一部を電気料金に上乗せするとの方向性を示した。しかし日本経済研究センターの試算では最終的に70兆円近くに処理費が膨らむ可能性すらある。
  • 台風19号の被害は、14日までに全国で死者46人だという。気象庁が今回とほぼ同じ規模で同じコースだとして警戒を呼びかけていた1958年の狩野川台風の死者・行方不明は1269人。それに比べると台風の被害は劇的に減った。 こ
  • 米国の第47代大統領就任式は、予想される厳しい寒さのため40年ぶりに屋内で行われる模様。その40年前とはあの第40代ロナルド・レーガン大統領の就任式だった。 中曽根康弘首相(当時)は1983年1月に初訪米し、レーガン大統
  • 震災から10ヶ月も経った今も、“放射線パニック“は収まるどころか、深刻さを増しているようである。涙ながらに危険を訴える学者、安全ばかり強調する医師など、専門家の立場も様々である。原発には利権がからむという“常識”もあってか、専門家の意見に対しても、多くの国民が懐疑的になっており、私なども、東電とも政府とも関係がないのに、すっかり、“御用学者”のレッテルを貼られる始末である。しかし、なぜ被ばくの影響について、専門家の意見がこれほど分かれるのであろうか?

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑