「温室効果ガス排出ゼロ」の国民負担は重い

2019年11月08日 15:00
アバター画像
アゴラ研究所所長
ニュージーランドの風力発電施設(Seralyn Keen/flickr)

ニュージーランドの風力発電施設(Seralyn Keen/flickr)

ニュージーランド議会は11月7日、2050年までに温室効果ガス排出を「実質ゼロ」にする気候変動対応法を、議員120人中119人の賛成多数で可決した。その経済的影響をNZ政府は昨年、民間研究機関に委託して試算した。 その報告書では、いくつかのシナリオで2050年のNZ経済を予想している。2050年までのベースラインの平均成長率を2.2%とすると、2050年にCO2排出を(農業を除いて)実質ゼロにするEnergy ZNEシナリオでは1.5%となり、成長率が年平均0.7%ポイント下がる。

温室効果ガス削減による成長率の低下

これによって2050年の家計の可処分所得は、ベースラインに比べて20%以上低下する。現在のNZの政策(50%削減)に比べても、Energy ZNEシナリオでは17%下がる。

2050年の可処分所得の低下

エネルギー価格の上昇は所得とは無関係に一定率ですべての家庭が負担する「課税」なので、逆進性が強い。家計消費を所得階層(quintile)ごとに見ると、最低の所得階層では3.1%下がるが、最高の所得階層では0.5%しか影響がない。

「排出ゼロ」による所得階層別の家計消費の低下

Energy ZNEシナリオでは95%の自動車を電気自動車にし、98%の電源を再生可能エネルギーにするなどの過激な政策が想定されている。そのコスト増を炭素税に換算すると、2050年までの平均でトン当たり845NZドル(5万9000円)。世界的に検討されている水準の10倍以上だ。 10月の国連温暖化サミットでは、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにすると約束した国が77ヶ国あった。NZはそれを法制化した最初の国だが、世界の温室効果ガス排出量に占める比率は0.8%。彼らが排出量をゼロにしたとしても、地球の平均気温に与える影響は誤差の範囲内である。 NZでは家畜由来のメタンが温室効果ガスの35%を占める特殊性があるが、それを除くと日本とは大きく違わない。「排出ゼロ」は政治的スローガンとして人気があるが、国民負担は重く、実現できるとは思われない。「偽善者は素晴らしい約束をする。約束を守る気がないからである」(エドマンド・バーク)。  

This page as PDF

関連記事

  • 毎日新聞
    9月11日記事。毎日新聞のルポで、福島復興に取り組む東電社員を伝えるシリーズ。報道では東電について批判ばかりが目立つものの、中立の立場で読み応えのある良い記事だ。
  • 日本でも縄文時代は今より暖かかったけれども、貝塚で出土する骨を見ている限り、食べている魚の種類は今とそれほど変わらなかったようだ。 けれども北極圏ではもっと極端に暖かくて、なんとブリや造礁サンゴまであったという。現在では
  • 国内の原発54基のうち、唯一稼働している北海道電力泊原発3号機が5月5日深夜に発電を停止し、日本は42年ぶりに稼動原発ゼロの状態になりました。これは原発の再稼動が困難になっているためです。
  • 「本当のことを言えば国民は喜ぶ、しかし党からはたたかれる」 石破が首班指名され、晴れてゲル首相になったのちに野党の各党首を表敬訪問した。 このふと漏らしたひとことは、前原誠司氏を訪れたときに口をついて出た。撮り鉄・乗り鉄
  • アメリカのトランプ大統領が、COP(気候変動枠組条約締約国会議)のパリ協定から離脱すると発表した。これ自体は彼が選挙戦で言っていたことで、驚きはない。パリ協定には罰則もないので、わざわざ脱退する必要もなかったが、政治的ス
  • 東京新聞によれば、学術会議が「放射性廃棄物の処理方法が決まらない電力会社には再稼動を認可するな」という提言を17日にまとめ、3月に公表するらしい。これは関係者も以前から懸念していたが、本当にやるようだ。文書をみていないので確かなことはいえないが、もし学術会議が核廃棄物の処理を条件として原発の運転停止を提言するとすれば違法である。
  • 先月政府のDX推進会議で経産省は革新的新型炉の開発・建設を打ち出したが、早くもそれを受けた形で民間からかなり現実味を帯びた具体的計画が公表された。 やはり関電か 先に私は本コラムで、経産省主導で開発・建設が謳われる革新的
  • 福島の「処理水」の問題は「決められない日本」を象徴する病理現象である。福島第一原発にある100万トンの水のほとんどは飲料水の水質基準を満たすので、そのまま流してもかまわない。トリチウムは技術的に除去できないので、薄めて流

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑