海外の原発総事業費3兆円には福島事故対策費は入っていない
はじめに
原発は高くなったと誤解している人が多い。これまで数千億円と言われていた原発の建設費が3兆円に跳ね上がったからである。
日本では福島事故の再防止対策が膨らみ、新規制基準には特重施設といわれるテロ対策まで設置するよう義務付けられたから、海外の原発もさぞ手厚く安全対策をしているだろう、という連想もあったようだ。
しかし、これは全くの誤解である。数千億円というのは原発1基の建設費のことで、3兆円と言うのは原発2基の建設費に2基の運転費を加えた総事業費のことである。
両者は全く別物である。1基の原発の建設費が数千億円の時追加の安全対策が無くても総事業費は3兆円になるのである。
福島事故後、日本では全ての原子力発電所が停止してしまったが、海外の原子力発電所は運転継続したままである。欧州の軽水炉にはチェルノブイリ事故の後、全てフィルターベントを追加したし、格納容器には水素燃料装置がついているから、どの原発も追加の安全対策をしていない。
だから“原子力発電所の総事業費”が高くなる筈がないのである。日本では膨大な費用をかけて様々な対策を追加しているため、海外でも追加対策をして高くなったのではないかと誤解されただけである。
原発建設費の大半は資本費だというのは全くの誤解である。
図1はMETIの最新のコスト試算資料「長期エネルギー需給見通し」から抜粋したものである。
原子力発電原価の中の資本費と運転費の割合を比べると運転費の方が多いのである。原発の燃料費が安いと言う常識は正しい。核燃料サイクル費用は発電原価8.5円の中の1.5円しかないからである。
しかし、運転維持費が3.3円もあり原価内訳の中で最も高い。運転員、保全院の人件費等で、プラントを安全に保つには専門的技術者が必要なためである。このため発電原価の中の運転費の割合は6割もある。
つまり、原子力発電コストは資本費よりも運転費の方の割合が大きいのである。
海外の電力会社には原発の運転員がいない
海外の殆どの電力会社は原子力発電所を持っていない、だから原発を運転できる技術者がいない。
原子力先進国の英国でもこれまで建設・運転してきた原子力発電所は全てガス冷却式原子炉だから、日立が建設する軽水炉の運転経験を持つ技術者がいない。
だから英国政府のウィルファ原子力発電所の計画では、建設だけでなく運転も外部企業に発注する計画とされている。したがって3兆円は建設だけでなく、操業期を通じた運転の費用も含んでいる。
なぜ、建設だけでなく運転費まで試算するのかと訝しんだ向きが多かったことと思うが、海外では建設費だけでなく、運転費も試算するのがむしろ普通なのである。これが日本の常識と異なるのである。
日本では原発建設後は電力会社が運転するから原発コストと言えば建設費だけだと思われてきた。
しかし、海外ではそうではないのである。コストに占める割合はむしろ運転の方が大きく、原発の建設費と言えば建設と運転の両者を含む総事業費のことを指すことが多い。
つまり、ウィルファ原子力発電所の場合、原子力発電所2基の建設費は約1兆円だが、運転費は約2兆円もあり総事業費は約3兆円になるのである。
原発建設費に関する日本の“常識”と世界の“常識”
原発建設費に関する日本の“常識”と世界の“常識”は以下のとおりである。
日本の“常識”(非常識)
原発建設費は37万円/kW。
ウィルファは135万kW/基だから135万×37万円×2=9,990億円
世界の“常識”
① 建設費は上記同様9,990億円
② 運転費は運転期間35年間とすれば約1.8兆円
③ 建設費の総額は約3兆円である
METI長期エネルギー需給見通しと同じ条件で検証を試みる
実際にウィルファ原子力発電所の総事業費が一体いくらになるのかを検証する。資産条件はMETI長期エネルギー需給見通しと同じ条件とする。
まず建設費であるが、前項に示した通り37万円/kWを用いれば135万×37万円×2=9,990億円となる。前項に示す通りこれは異論無いものと思う。
次に運転費である。運転期間は英国ウィルファPJの試算期間とされている35年間とする。
運転費は図1に示した通り、運転員や保守員の人件費等の運転維持費と燃料費に分けられる。
運転維持費は人件費、修繕費、諸費、業務分担費で構成される。それぞれの費用に表1に示した数値を入れ、35年間の費用を算出し3%/年の割戻し率で現在価値に割り戻すと、運転維持費は1兆円、燃料費は 7100億円となる。
これに追加対策費601億円/基、廃止措置費用716億円と固定資産税(建設費×1.4%)を加えると総事業費は3.2兆円となる。安全対策費を除くと3.1兆円で、英国政府の試算値の3兆円とほぼ同じとなることがわかる。
原発の建設費に運転費を加えると約3兆円になるのであり、安全対策費を加えたから高くなったと言うのは全くの誤解である。
関連記事
-
バックフィットさせた原子力発電所は安全なのか 原子力発電所の安全対策は規制基準で決められている。当然だが、確率論ではなく決定論である。福一事故後、日本は2012年に原子力安全規制の法律を全面的に改正し、バックフィット法制
-
原子力規制委員会が、JAEA(日本原子力研究開発機構)によるもんじゅの運営に対して不適切な行為が多いとして、「機構に代わってもんじゅの出力運転を安全に行う能力を有すると認められる者を具体的に特定すること」と文部科学省に対して「レッドカード」と言える勧告を突きつけた。
-
前回に続き、最近日本語では滅多にお目にかからない、エネルギー問題を真正面から直視した論文「燃焼やエンジン燃焼の研究は終わりなのか?終わらせるべきなのか?」を紹介する。 (前回:「ネットゼロなど不可能だぜ」と主張する真っ当
-
テスラが新車を発表し、電気自動車(EV)が関心を集めている。フランスのマクロン大統領は「2040年までにガソリン・ディーゼル車の販売を停止する」という目標を発表した。つまり自動車はEVとハイブリッド車に限るということだが
-
15日の報道、既視感があります。 エムケイ、EVハイヤー「CO2ゼロ」に 100円追加で排出枠 タクシー大手のエムケイ(京都市)は12月から、電気自動車(EV)を使い、温暖化ガス排出が実質ゼロのハイヤーの運行を始める。利
-
原子力研究と啓蒙活動を行う北海道大学大学院の奈良林直教授に対して「原発推進をやめないと殺すぞ」などと脅迫する電話が北大にかかっていたことが10月16日までに分かった。奈良林教授は大学と相談し、10日に札幌北警察署に届けて受理された。
-
学術的知識の扱い方 学界の常識として、研究により獲得された学術的知識は、その創出、伝達、利用の3点での適切な扱いが望ましい。これは自然科学社会科学を問わず真理である。ところが、「脱炭素」や「地球温暖化」をめぐる動向では、
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 アフリカのサヘル地域では1980年代に旱魃が起きて大きな
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間