なぜ日本はプルトニウムを生産するのか

2018年07月10日 06:00
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NPO法人パブリック・アウトリーチ・上席研究員 元東京大学特任教授

はじめに

アメリカがプルトニウムの削減を求めてきたとの報道があってプルトニウムのことが話題になっている。まず、日本がなぜプルトニウムを生産するのかを説明する。もちろん、高速炉が実用化されたらプルトニウムを沢山使うようになるから生産するのだが、原爆製造のためだと言うデマを信じ込んでいる人が多い。その高速炉の実用化は先送りになったから当面はウラン燃料を1~2割節約するのが主な目的だ。16~18基の軽水炉のウラン燃料の約3分の1の燃料をプルトニウムが入ったMOX燃料に変える計画であるが、その内、まだ4基しか適合性審査の許可が得られていない。政府としては一刻も早く16~18基とも動かしたいと思っているが、原子力規制委員会の適合性審査に時間が掛かっている。アメリカの要求に応えるため急きょエネルギー基本計画にプルトニウム保有量の削減を盛り込み7月3日に閣議決定した。

国民の中には再処理を止めるとなぜ原子力発電所が運転できなくなるのかを知らない人もいる。余り説明されていないことだが、再処理工場を建てる際、万一再処理が出来なくなったら持ち込んだ使用済燃料を引き取ると日本原燃が青森県に約束している。この約束は日本原燃と青森県の約束なので政府は関知していない。知らない人が多いのはそのためだと思われる。

再処理しないとなぜ原子力発電所の運転が停まってしまうのか?

最も判りづらいのはこのことである。政府は全国の原子力発電所の使用済燃料の貯蔵能力と現状の貯蔵量一覧表を示している。約20,000トンの貯蔵容量に対して約14,300トンを貯蔵している。貯蔵率は71.5%である。貯蔵余力が乏しいのは浜岡、玄海、東海第二の3つの発電所で、貯蔵余力は約3年である。一方、青森県に再処理工場を建てる際、青森県に対し、「再処理事業の確実な実施が著しく困難となった場合には、使用済燃料の施設外への搬出を含め、速やかに必要かつ適切な措置を講ずるものとする。」と約束している[注1]。万一再処理が出来なくなったら再処理工場の燃料プールに運び込んだ約3000トンの使用済燃料を引き取らなければならなくなるのである。上記の14,300トンに約3,000トンが上積されると貯蔵余力が半減する。再処理しないと原子力発電所の運転が停まってしまうのはこのためである。

なぜプルトニウム48トンは原爆6000発分なのか

日本が貯蔵しているプルトニウムは約48トンある。また、新聞等にはよく日本は原爆6000発を作れるプルトニウムがある、と書かれている。さらに、原子力の専門家は原子炉級プルトニウムでは原爆を作れないと言い、原発慎重派は原爆6000発分と言う。普通の人はなにが本当なのかが判らなくて困っているようだ。原爆に一番詳しい筈のアメリカが日本のプルトニウム保有量の削減を求めているからさらにややこしくなっている。

まず、なぜ新聞等のマスコミがプルトニウム48トンのことを原爆6000発分と書くかであるが、プルトニウム量が国民に判り辛いことと、原子力国際機関IAEAがプルトニウム8キログラムを有意量[注2](1個の核爆発装置が製造される可能性を排除できない核物質のおおよその量)としているのがその根拠である。IAEAはプルトニウムの組成の如何にかかわらず、プルトニウム8キログラムを有意量としている。だからマスコミはプルトニウム48トンのことを原爆6000発分と書くのである。

日本に蓄積するプルトニウムで原爆が作れないのはなぜか

次に原子力の専門家がなぜ原爆を製造できないと言うのはなぜかである。原爆を製造する時には通常“兵器級プルトニウム”を使う。プルトニウムの同位体の内、奇数番(Pu239等)の同位体の比率が93%以上を占めるプルトニウムのことである。ところが日本が保有するプルトニウムは“原子炉級プルトニウム”と呼ばれており、奇数番の同位体比率が50~60%しかない。残りの同位体は偶数番(Pu238等)で自発核分裂半減期が奇数番の同位体より1万倍以上も大きい。このようなプルトニウムで原爆を作るとフィズル(fizzle)と言って[注3]、核分裂が不完全になることが知られている。だから原子炉級プルトニウムは原爆製造に不向きなのである。だから専門家は再処理で分離したプルトニウムでは原爆を製造できないと言っているのである。1994年の米朝合意では兵器級プルトニウムの生産に使われてきた黒鉛炉を廃棄して米国が軽水炉を建設しようとしたのはこのためである。このことはアメリカも原子炉級プルトニウムでは原爆を作れないことを熟知している何よりの証拠なのである。

アメリカはなぜ日本のプルトニウム保有量の削減を求めたか

これまでに原爆が使われたのは、1945年8月の広島、長崎だけである。現在、米国は7650発、ロシアは8420発、その他英、仏、中国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮が合わせて約1000発の核兵器を保有していると言われている。国際社会が核保有を認めているのは米、露、英、仏、中の5ヵ国だけである。そして国連の常任理事国もこの5ヵ国である。事実上この核保有5ヵ国が世界を牛耳っている。その中心にいるのが核兵器の約半分を持つ米国である。その米国の最大の関心事は核保有国を増やさないことなのである。そのために1977年に当時のカーター大統領が再処理工場を凍結することを決定した。そして、米国は各国にプルトニウム保有ではなく、再処理技術を保有させたくなかったのである。当時、青森県に六ヶ所再処理工場を建設する計画を立てていた日本にもアメリカから建設中止要請があったが、資源の乏しい我が国の特殊事情に鑑み、プルトニウムにウランを50%混ぜることで六ヶ所再処理工場の建設が了解された経緯がある。

当時はプルトニウム保有に関する国際的な制約はなかったが、我が国は①使用目的のないプルトニウムは持たない、②プルトニウム保有量を毎年公開する、ことを励行することによって国際的理解を得たのである。今回の米国要求は、この我が国の方針にある、「利用目的のないプルトニウムは持たない」という方針に沿ってプルトニウム使用量を削減しろというものである。政府もこのことを認識し、第5次エネルギー基本計画の「核燃料政策の推進」の中に「利用目的のないプルトニウムは持たないとの原則を引き続き堅持し、プルトニウム保有量の削減に取り組む」と初めて「保有量を削減」する方針を示した[注4]。

 

[注1] 青森県と日本原燃の覚書,立会人電事連,1998年7月29日
[注2] IAEA保障措置用語集p.43,表Ⅱ.有意量
[注3] 不完全核爆発,ウィキペディア
[注4] 第5次エネルギー基本計画第2章「2030年に向けた基本的な方針と政策対応」第2節「2030年に向けた政策対応」第4項「原子力政策の再構築」の中,53頁,2018年7月3日閣議決定。

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