トランプ大統領のパリ協定復帰発言をめぐって
本年1月11日、外電で「トランプ大統領がパリ協定復帰の可能性を示唆した」との報道が流れた。例えばBBCは”Trump says US ‘could conceivably’ rejoin Paris deal”とヘッドラインを掲げている。日本でも「トランプ氏、パリ協定「復帰もあり得る」」との記事が出た。昨年6月にトランプ大統領がホワイトハウスでパリ協定離脱を宣言したことは世界に大きな衝撃を与えた。この記事が事実であるとすれば、大きな状況変化である。
このトランプ発言は、米国訪問中のノルウェーのソルベルク首相との会談後の共同記者会見の際に飛び出したものだ。その時の模様はYou Tube に記録されており、まずは彼が正確に何を言ったのかを確かめようと該当部分を見てみた。
まずノルウェーの記者から「ノルウェーはパリ協定を強く支持しており、米国の離脱を非常に遺憾に思っている。どうすれば米国にパリ協定残留を説得できるのか」との質問があった。これに対してトランプ大統領の応答は以下の通りである。
- 合意され署名されたパリ協定は米国にとってフェアなものではなく、米国経済に大きなペナルティを課すものだ。パリ協定は豊かなガス、石油、石炭資源を有する米国の資産価値を奪う。2025年目標を達成するためにはいくつかのビジネスを閉鎖しなければならないとの見通しもある。
- 他方、中国は2030年まで排出量を減らさないし、ロシアはダーティな1990年半ばを基準年としている。パリ協定は米国をアンフェアに扱っている。
- 率直に言ってパリ協定は問題ないと思ったが、前政権が署名した合意は問題だと思った。いつものことだが(オバマ政権は)不利な取引を行った(Frankly, it’s an agreement I had no problem with, but I had a problem with the agreement that was signed because as usual, [the Obama administration] made a bad deal)。我々は復帰することも考えられる(So, we could conceivably go back in)。自分は環境を重視しているし、環境保護庁はきれいな水、きれいな空気を守るとの強い思いを持っている。
- しかし米国産業は競争力を持たねばならない。パリ協定は米国の競争力を阻害するものであり、それを看過するわけにはいかない。
冒頭の見出しは下線部を引用したものだ。しかし全体を通して読めば明らかなように彼の発言の大部分はこれまでと同様、パリ協定が米国を不利に扱っている、雇用を奪う、中国は優遇されている等の問題点を指摘するものであり、パリ協定についてポジションを変えたとはとても思えない。
復帰に言及しているのは事実だが、昨年6月の離脱表明演説でも「米国にとってフェアなものになれば復帰する」と発言しており、something new ではない。たまたま1月17日~20日にワシントンに出張する機会があり、トランプ政権に近い専門家、批判的な専門家に確認をしてみた。外国プレスで「トランプ大統領、米国復帰の可能性を示唆」と報道されていると指摘すると一様に「彼のポジションは変わっていない。そうした解釈は希望的観測(wishful thinking)に過ぎない」との反応だった。
トランプ政権発足時に環境保護庁の移行チームを率いたマイロン・エーベル競争企業研究所(Competitive Enterprise Institute)エネルギー環境プログラムディレクターによると、トランプ大統領はパリ協定離脱表明を政権発足1年目の大きな成果と考えているそうだ。その証拠にホワイトハウスのイーストウィングには、昨年6月の離脱表明の際の写真が大きく引き伸ばされ、額に入れて飾られているという。
パリ協定離脱をホワイトハウス内で強くプッシュしたのは、首席戦略官であったスティーブン・バノン氏であった。トランプ政権の内幕暴露本として注目を集めているFire and Fury(Michael Wolf)ではイヴァンカ補佐官が残留を強く主張するのを押し切り、トランプ大統領の離脱表明を実現した際、バノン氏は”Score. The bitch is dead” と言ったという。そのバノン氏はホワイトハウスを去り、暴露本でのコメントをめぐってトランプ大統領との関係が険悪になっている。バノン氏がいなくなったことにより、ホワイトハウス内の残留派の力が相対的に上がったのではないかとエーべル氏に聞くと、バノン氏がホワイトハウスを去ったとしても、スティーフン・ミラー上席補佐官、ケリーアン・コンウェイ大統領顧問(大統領選時の選挙対策本部長)はいずれも離脱派であり、ペンス副大統領も石炭火力のシェアが高いインディアナ州知事をやった経験から大統領以上にパリ協定に否定的なのだそうだ。

ミラー上席補佐官

コンウェイ大統領顧問
エーベル氏はその上で「バノンがいなくなっても大統領と副大統領がどちらもパリ協定離脱派なのだから、結論は変わらないよ」と言っていた。もちろん、エーベル氏自身がパリ協定離脱派なので、割引して聞く必要はある。ホワイトハウスや国務省にはパリ協定残留派もいるし、米国は法的にはまだパリ協定締約国だ。本当に離脱を通告するかどうかは、本年11月の中間選挙の結果にも左右されるだろう。仮に民主党が上下両院で過半数を奪還することにでもなれば、議会との取引としてパリ協定についてのポジションを変えるかもしれない。また「パリ協定には問題はないが、前政権の署名した合意は問題」というのは、「前政権の出した目標値が問題だ」というのが素直な解釈だろう。筆者は米国が目標値を下方修正してパリ協定にとどまる可能性はまだあると思っている。
いずれにせよ、冒頭の見出しはミスリーディングであることには変わりがない。発言の一部だけを切り取って記事になる事例は洋の東西を問わない。ニュースの読者は自分にとって重要な案件は大元の発言に立ち返ってチェックすることが大事だろう。

関連記事
-
「甲状腺異常が全国に広がっている」という記事が報道された。反響が広がったようだが、この記事は統計の解釈が誤っており、いたずらに放射能をめぐる不安を煽るものだ。また記事と同じような論拠で、いつものように不安を煽る一部の人々が現れた。
-
1月20日、ドナルド・トランプ大統領の第2次政権の発足直後、ドイツの公共第2放送の総合ニュースでは、司会の女性がものすごく深刻な顔でニコリともせずにそれを報じた。刻々と近づいていた巨大ハリケーンがついに米国本土に上陸して
-
化石賞 日本はCOP26でも岸田首相が早々に化石賞を受賞して、日本の温暖化ガス排出量削減対策に批判が浴びせられた。とりわけ石炭火力発電に対して。しかし、日本の石炭火力技術は世界の最先端にある。この技術を世界の先進国のみな
-
昨年の福島第一原子力発電所における放射性物質の流出を機に、さまざまなメディアで放射性物質に関する情報が飛び交っている。また、いわゆる専門家と呼ばれる人々が、テレビや新聞、あるいは自らのブログなどを通じて、科学的な情報や、それに基づいた意見を発信している。
-
実は、この事前承認条項は、旧日米原子力協定(1988年まで存続)にもあったものだ。そして、この条項のため、36年前の1977年夏、日米では「原子力戦争」と言われるほどの激しい外交交渉が行われたのである。
-
6月にボンで開催された第60回気候変動枠組み条約補助機関会合(SB60)に参加してきた。SB60の目的は2023年のCOP28(ドバイ)で採択された決定の作業を進め、2024年11月のCOP29(バクー)で採択する決定の
-
石油がまもなく枯渇するという「ピークオイル」をとなえたアメリカの地質学者ハバートは、1956年に人類のエネルギー消費を「長い夜に燃やす1本のマッチ」にたとえた。人類が化石燃料を使い始めたのは産業革命以降の200年ぐらいで
-
米国が最近のシェールガス、シェールオイルの生産ブームによって将来エネルギー(石油・ガス)の輸入国でなくなり、これまで国の目標であるエネルギー独立(Energy Independence)が達成できるという報道がなされ、多くの人々がそれを信じている。本当に生産は増え続けるのであろうか?
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間