私はなぜ反原発派をやめたか

2017年12月13日 16:00
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アゴラ研究所所長

広島高裁は、四国電力の伊方原発3号機の再稼動差し止めを命じる仮処分決定を出した。これは2015年11月8日「池田信夫blog」の記事の再掲。

いま再稼動が話題になっている伊方原発は、私がNHKに入った初任地の愛媛県にあり、私が赴任したのはちょうど運転差し止め訴訟の一審で原告(住民側)が負けた1978年だった。原告が「辛酸佳境に入る」という田中正造の言葉を掲げたのが印象的だった。

その後も控訴審を取材したが、被告(国側)が「10億年に1度しか起こらない」と主張していた炉心溶融が、1979年のスリーマイル島と1986年のチェルノブイリと、10年に2回も起こった。「安全神話」は崩れたのではないか――という番組をつくったら、四国電力に記者会見で「NHKの番組は偏向している」と批判され、私は反原発派としてマークされた。

この訴訟は最高裁まで行って原告が敗訴したが、内容的には原告の勝ちだった。「炉心溶融の確率はゼロではない」という彼らの主張が事実によって証明されたからだ。しかし間違っていたのは、炉心溶融の被害の規模だった。原告は「3万人以上の死者が出る」と主張し、国側も大きな被害が出る可能性は認めた。

ところが史上最悪のチェルノブイリ事故でも、国連の調査によれば、死者は60人(うち50人は消火作業員)。福島についても国連の報告書によれば、放射線障害はゼロで、今後も増えるとは考えられない。

メディアの創作した「情報災害」

当時「メルトダウン」として想定されていたのは、何らかの原因で核反応が制御できなくなり、ECCS(緊急炉心冷却装置)も機能せず、核反応で燃料棒が溶けて圧力容器と格納容器を貫通し、地中に出て地下水と反応して大爆発を起こす――という事故だった。

このうち格納容器の破損までは、工学的にありうるというのが原告側の主張だった。核反応が暴走すると燃料棒は数千度になり、圧力容器や格納容器の金属の融点を超えているので、原子炉の中に閉じ込めておくことは不可能だ。

しかし燃料棒が地中に出てから何が起こるかは、はっきりしなかった。核燃料の含む放射性物質は非常に多いので、大気中に「死の灰」として降り注ぐと、数万人分の致死量になる可能性はあるが、それがすべて大気中に出ることは考えにくい。

チェルノブイリ事故は単なるメルトダウンではなく、冷却材を抜いて人為的に暴走を起こし、原子炉そのものが爆発したので、過熱した放射性物質が成層圏まで上昇して全欧に降り注いだ。これは日本の原発では起こりえない最悪の事故だが、それでも晩発性障害が出たのは放射性物質の入った牛乳を飲んだ子供だけだった。

3・11のときの私のブログ記事でも「24:50 燃料溶融」という記述があるのに驚いたが、NHKでは東大の関村教授が「原子炉は安定しているから大丈夫だ」と繰り返していた。ECCSは動いたが、電源喪失で冷却水が循環しなくなったので、炉内の気圧が上がったので蒸気を格納容器の外に逃がした。

メディアでは「蒸気を出した」ことばかり騒いでいたが、これは大した問題ではない。水素爆発したのも建屋であり、核爆発したわけではない。核燃料が格納容器の中に閉じ込められている限り、致命的な被害は出ない――というのが、私を含めて原発の構造を知っている人の第一印象だった。

ところが予備知識のないメディアはこの区別がつかず、「原発が爆発した」という誤報を世界に流した。この第一報の影響は大きく、いったん「大量の死者が出る」というニュースが広がると大規模な避難が行なわれ、それがますます大事故だという印象を強め、実際には何も被害が出ていないのに、全国にパニックが起こった。

しかし発癌性の強いプルトニウムはほとんど出ず、大部分はすぐ減衰する放射性物質で、最長のセシウム137でも最大で数十mSvだった。もちろん論理的にはもっと大きな事故が起こる可能性もあるが、史上最悪のチェルノブイリでも10人しか死者は出なかった。

これは石油化学プラントの事故で有毒ガスが出たのと大して変わらない規模で、少なくとも原発だけを特別扱いするほど危険なプラントではない。まして事故を起こしていない原発まで止め続ける必要はない。いまだに10万人近い人が帰宅できず、2次災害が拡大している。だから私は、3・11の後に反原発派をやめたのだ。

その意味で今回の事故は、メディアの創作した情報災害といってもいいが、朝日新聞は誤報が判明してからも、甲状腺癌や白血病などのデマを流している。これは慰安婦問題で、彼らが嘘の上塗りをしてきたのと同じだ。それを訂正することは、メディアの歴史的責任である。

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