蓄電池に「ムーアの法則」はない

2017年10月04日 10:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

先週の「言論アリーナ」は、竹内純子さんにエネルギー産業の長期ビジョンの話をうかがった。電力会社は原発再稼動など目の前の問題で精一杯だが、2050年に電力産業がどうなっているかという「長期均衡」から逆算すると、別のストーリーがみえてくる。

くわしいことは彼女の『エネルギー産業の2050年』を読んでいただくとして、私が興味をもったのは蓄電の重要性が高まるということだ。電力の最大の弱点は蓄積ができないということで、これが通信と大きく違う。

通信も電話の時代にはリアルタイムでしか使えなかったので、ピーク時に合わせた巨大な電話交換機が必要で、絶対に落ちない信頼性のためにネットワーク資源の90%以上が使われた。これを蓄積型のパケット交換にしたことが、インターネットの本質的な革新だった。情報を分散型のルータに蓄積して転送することで、ネットワークの効率が飛躍的に高まったのだ。

電力の蓄積も原理的には蓄電池を使えば可能だが、この効率には限界がある。電気自動車(EV)に使われているリチウムイオン電池は、マイナス極に黒鉛、プラス極にコバルト酸リチウムを使い、充電するとプラス極からリチウムイオンが電解液を介してマイナス極に収納されるしくみだ。

このプラスとマイナスの電位差がなくなるまで走ることができるわけだが、それには物理的限界がある。充電した以上の電力は使えないので、重量あたりどれぐらい充電できるかという密度が問題だ。次の図は横軸に重量あたりの出力密度、縦軸に蓄電量を示すエネルギー密度をとったものだが、どの電池も出力が大きくなると蓄電量が少なくなるというトレードオフがある。

リチウムはもっとも充電効率が高いが、このフロンティアを飛躍的に拡大することはむずかしい。半導体の密度が指数関数的に上がるムーアの法則は、蓄電池にはないのだ。半導体の素材はシリコンという地球上で2番目に多く存在する元素なので、密度を上げるためには回路を微細に加工するだけでよかったが、稀少金属リチウムの埋蔵量には限界がある。次の図のように世界のリチウム価格は1年で約4倍になっており、これがボトルネックになるおそれが強い。


他方で蓄電技術は進歩しているので、米エネルギー省は2022年までに蓄電池の単価を現在の半分に下げるという目標を示しているが、ムーアの法則のような劇的なコスト低下は望めない。現在のEVの普及率が1%ぐらいであることを考えると、これは将来かなり深刻な問題になると予想される。

楽観できる材料もある。リチウム電池の価格が下がると、太陽光パネルのような分散型エネルギーの蓄電設備としても使えるようになる。EVの電池の耐用年数は短いが、それを太陽光発電の蓄電設備に再利用してEVに充電すれば、送電設備の負荷も下がり、インターネットのような分散型の電力ネットワークが可能だ。

2050年にエネルギー産業がどうなっているかを正確に予想することは不可能だが、CO2を80%削減するというパリ協定の長期目標は各国政府の目標になろう。それは火力発電を再エネや原子力に置き換えれば不可能ではない。

This page as PDF

関連記事

  • 政府は2030年までに温室効果ガスを2013年比で26%削減するという目標を決め、安倍首相は6月のG7サミットでこれを発表する予定だが、およそ実現可能とは思われない。結果的には、排出権の購入で莫大な国民負担をもたらした京都議定書の失敗を繰り返すおそれが強い。
  • 改正された原子炉等規制法では、既存の原発に新基準を適用する「バックフィット」が導入されたが、これは憲法の禁じる法の遡及適用になる可能性があり、運用には慎重な配慮が必要である。ところが原子力規制委員会は「田中私案」と称するメモで、すべての原発に一律にバックフィットを強制したため、全国の原発が長期にわたって停止されている。法的には、安全基準への適合は運転再開の条件ではないので、これは違法な行政指導である。混乱を避けるためには田中私案を撤回し、新たに法令にもとづいて規制手順を決める必要がある。
  • 太陽光発電や風力発電のコストに関して我が国ではIEAなどの国際機関の研究報告結果で議論することが多いが、そもそも統計化するタイムラグが大きい事、統計処理の内容が明らかにされないためむしろ実際の入札での価格を見るほうが遥か
  • 原子力規制委員会、その下部機関である原子力規制庁による活断層審査の混乱が2年半続いている。日本原電の敦賀原発では原子炉の下に活断層がある可能性を主張する規制委に、同社が反論して結論が出ない。東北電力東通原発でも同じことが起こっている。調べるほどこの騒動は「ばかばかしい」。これによって原子炉の安全が向上しているとは思えないし、無駄な損害を電力会社と国民に与えている。
  • 私は、ビル・ゲイツ氏の『探求』に対する思慮深い書評に深く感謝します。彼は、「輸送燃料の未来とは?」という、中心となる問題点を示しています。1970年代のエネルギー危機の余波で、石油とその他のエネルギー源との間がはっきりと区別されるようになりました。
  • 筆者は、三陸大津波は、いつかは分からないが必ず来ると思い、ときどき現地に赴いて調べていた。また原子力発電は安全だというが、皆の注意が集まらないところが根本原因となって大事故が起こる可能性が強いと考え、いろいろな原発を見学し議論してきた。正にその通りのことが起こってしまったのが今回の東日本大震災である。
  • けさの「朝まで生テレビ!」は、3・11から7年だったが、議論がまるで進歩していない、というより事故直後に比べてレベルが落ちて、話が堂々めぐりになっている。特に最近「原発ゼロ」業界に参入してきた城南信金の吉原毅氏は、エネル
  • 米軍のイラク爆撃で、中東情勢が不安定になってきた。ホルムズ海峡が封鎖されると原油供給の80%が止まるが、日本のエネルギー供給はいまだにほとんどの原発が動かない「片肺」状態で大丈夫なのだろうか。 エネルギーは「正義」の問題

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑