中国が世界のEVを制覇する

2017年09月23日 17:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

JBpressの私の記事を「中国語に訳したい」という問い合わせが来た。中国は内燃機関で日本に勝てないことは明らかなので、EVで勝負しようとしているのだ。それは1980年代に日本に負けたインテルなどの半導体メーカーが取ったのと同じ戦略である。

一部の経営学者は、日本の自動車メーカーは「すり合わせ」に絶対優位があるというが、それは中国に勝つ必要条件でも十分条件でもない。およそあらゆる部門で日本の製造業は中国に対して絶対優位だが、低賃金の労働力が大量にある中国は、構造が単純で技術的に低レベルのEVに比較優位があるので、世界に輸出できるのだ。

IEAによると、上の図のように中国は2016年に33万6000台の電気自動車(BEV+PHEV)を生産し、アメリカを抜いて世界のトップになった。OEMを含めて、世界のEVの40%以上を中国が生産している。特に電池だけで動くBEVの生産に特化し、その累計台数はハイブリッド(PHEV)の2倍を超える。

とはいえ、EVの市場はまだ自動車全体の1%程度である。「2030年までに内燃機関を禁止する」という中国政府の方針は非現実的だが、まったく的外れともいえない。Bloombergなど多くの調査で、2030年代にEVの生産台数が内燃機関を上回ると予想されている。そのシェアも、次の図のように中国がトップだ。

これは自動車産業だけではなく、日本経済全体にとってかなり深刻な問題である。EVの弱点は航続距離が短く、充電時間が長いことだが、これは充電器をたくさん置けば解決する。90年代のインターネットも「遅い」とか「つながらない」とかいわれたが、ルータを増やして解決し、それによって端末が増えればルータも増える…というループに入った。

インターネットの場合はTCP/IPという国際標準があったが、EVにはまだない。欧米の市場ではテスラがデファクト標準を取ろうとしているが、もっと大きな脅威は中国である。Economistによると、中国政府は今年だけで80万台の充電器を全国に設置するという。中国の充電コネクタは独自規格(GB/T 20234)で統一されているので、これが「中国標準」になることは確実だ。

問題はそこから先である。携帯電話でも中国は独自標準だが、それは大した問題ではない。すでにITU標準が確立しているからだ。しかしこれから大きく伸びるEVでは、世界市場の1/3を占める中国がデファクト標準を取るおそれがある。特にOEMで出す車が中国規格になると、「欧米ブランドの中国車」が世界を制覇する可能性もある。

日本は「チャデモ」という規格を提案しているが、充電器はわずか1万5000台。このままでは、ガラパゴス規格になるおそれが強い。私は20年前に「電話網に固執しないでIPをサポートすべきだ」とNTTに提案したが、彼らは「素人が何をいうか」と怒り、ガラパゴス規格の日本型ISDNに固執した。

その最大の理由は、「NTTファミリー」のバリューチェーンを壊すからだった。日本のADSLもガラパゴス規格だったが、それを壊したのは2001年に通信業界に乱入したソフトバンクだった。最終的に「ヤフーBB」が黒字になったかどうかは疑問だが、それはNTTとファミリー企業の「ガラパゴスの楽園」を破壊したのだ。

今の自動車業界は、1990年代後半の通信業界のような感じだ。トヨタは系列のバリューチェーンを破壊できず、そのトヨタの空気を読んで政府も消極的だ。マスコミも大スポンサーの機嫌をそこねたくないので、EVにはふれない。当時との違いは、大手メーカーである日産が「リーフ」で世界のトップメーカーになっていることだ。

しかしソフトバンクは、独力でのし上がったわけではない。孫正義社長は郵政省に乗り込んで電話回線を開放させ、ソフトバンクの海外標準を日本でも認めさせたのだ。EVもネットワーク産業であり、世界標準を制したメーカーが世界を制する。その闘いは始まったばかりであり、今ならまだ遅くない。

This page as PDF

関連記事

  • いよいよ、米国でトランプ政権が誕生する。本稿がアップされる頃には、トランプ次期大統領が就任演説を終えているはずだ。オバマケア、貿易、移民、ロシア等、彼に関する記事が出ない日はないほどだ。トランプ大統領の下で大きな変更が予
  • 東日本大震災を契機に国のエネルギー政策の見直しが検討されている。震災発生直後から、石油は被災者の安全・安心を守り、被災地の復興と電力の安定供給を支えるエネルギーとして役立ってきた。しかし、最近は、再生可能エネルギーの利用や天然ガスへのシフトが議論の中心になっており、残念ながら現実を踏まえた議論になっていない。そこで石油連盟は、政府をはじめ、広く石油に対する理解促進につなげるべくエネルギー政策への提言をまとめた。
  • 地球温暖化の「科学は決着」していて「気候は危機にある」という言説が流布されている。それに少しでも疑義を差しはさむと「科学を理解していない」「科学を無視している」と批判されるので、いま多くの人が戦々恐々としている。 だが米
  • 「原子力文明」を考えてみたい筆者は原子力の安全と利用に長期に携わってきた一工学者である。福島原発事故を受けて、そのダメージを克服することの難しさを痛感しながら、我が国に原子力を定着させる条件について模索し続けている。
  • 小泉元首相の講演の内容がハフィントンポストに出ている。この問題は、これまで最初から立場が決まっていることが多かったが、彼はまじめに勉強した結果、意見を変えたらしい。それなりに筋は通っているが、ほとんどはよくある錯覚だ。彼は再生可能エネルギーに希望を託しているようだが、「直感の人」だから数字に弱い。
  • G7貿易相会合が開かれて、サプライチェーンから強制労働を排除する声明が発表された。名指しはしていないが、中国のウイグル新疆自治区における強制労働などを念頭に置いたものだとメディアは報じている。 ところで、これらの国内の報
  • 18世紀半ばから始まった産業革命以降、まずは西欧社会から次第に全世界へ、技術革新と社会構造の変革が進行した。最初は石炭、後には石油・天然ガスを含む化石燃料が安く大量に供給され、それが1960年代以降の急速な経済成長を支え
  • アゴラ研究所の運営するエネルギー問題のバーチャルシンクタンクGEPRはサイトを更新しました。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑