電気自動車は「エコ」か「エコノミー」か

2017年08月11日 18:00
アバター画像
アゴラ研究所所長
テスラの新車「モデル3」(Wikipediaより:編集部)

テスラの新車「モデル3」(Wikipediaより:編集部)

テスラが新車を発表し、電気自動車(EV)が関心を集めている。フランスのマクロン大統領は「2040年までにガソリン・ディーゼル車の販売を停止する」という目標を発表した。つまり自動車はEVとハイブリッド車に限るということだが、それは可能だろうか。そして「エコ」なのだろうか?

まずドライバーにとって身近な問題から考えよう。EVの最大の問題は走行距離である。カタログ上は800kmを超す車種があるが、リチウム電池は自然放電するので、現実には300kmぐらいが限度だろう。セールスマンは「東京から箱根に往復するのが精一杯」というらしい。週末の家族旅行に使うのは、帰ってこられなくなるリスクが大きい。

行った先で電池が切れたらどうするか。今は充電スタンドはほとんどないので、それが今後、整備されるかどうかが大きな問題だが、「充電スタンドは当てにするな」というのがプロの助言だ。今のようにEVが少ないと、東京の都心以外では充電スタンドは商売として成り立たない。基本的に自宅で充電できる人が使うものだから、集合住宅では困難だろう。もちろん長距離の業務用には使えない。

ではEVは、ガソリン車より「エコノミー」だろうか。走行距離あたりの燃費(電気代)でみると、EVはガソリン車の約半分だが、これは電池のコストを含む所有コスト(ownership cost)で考える必要がある。これは車種によって大きく違うが、米エネルギー省(DoE)の調べによれば、次の図のように5年間の所有コストは、ガソリン車(ICE)の平均3万6000ドルに対して、EVは約8万ドルと2倍以上である(2013年現在)。これを2022年にはガソリン車と同じレベルに下げるのがDoEの目標だ。

ガソリン車のコスト優位性は、原油価格に大きく依存する。次の図はシカゴ大学のチームによる推計だが、現在の電池コスト325ドル/kWhでは、原油価格が1バレル=420ドルまで上昇しないとEVが割安にならない。電池が2020年にDoEの目標とする125ドルまで下がると、バレル115ドルで両者は同じになる(日本のガソリン代はアメリカの約2倍だが、電気代も約2倍なので相対的な関係は同様)。

しかし電池のコスト削減は困難だ。EVのほうが開発初期なのでイノベーションの余地は大きいが、ガソリンエンジンの熱効率も30%前後と低いので、あと2~30%は上げる余地がある。OECD/IEAによると、電池のコストは図の左のようにここ数年、下げ止まっており、少なくともリチウム電池では飛躍的なコスト削減はむずかしい。

ではEVは「エコ」だろうか。一見、EVのほうがCO2の排出量が低いようにみえるが、発電のために火力発電所を使っており、リチウム電池は採掘と製造の過程で多くのCO2を排出する。それを合計すると、EVのCO2排出量はガソリン車に比べて1割ぐらい(1台3~5トン)少ない、というのがロンボルグの計算である。

5トンというのは、4000円/トンの炭素税をかけるとすると2万円。この程度のメリットのために莫大な補助金を出すのは、気候変動対策としては効率が悪い。それより日本では原発を普通に動かせば、発電所のCO2排出量は半分になる。原発ゼロにすると2030年代に電気代は2倍になり、EVはガソリン車よりはるかに高くなる。

以上はざっくりした計算だが、今のところEVはガソリン車に比べて「エコノミー」ではない。充電設備をそなえた一戸建ての家に住み、最大でも箱根ぐらいしか遠出しない「意識の高い」ドライバーが乗る、すきま商品と考えたほうがいい。CO2を考えると「ややエコ」だが、ガソリン車を禁止するのは社会的コストが大きすぎる。気候変動対策としても、炭素税のように非裁量的な政策のほうが効率的だ。

日本では今のまま原発をゼロにすると、電気代が上がってEVはさらに高価になり、CO2排出量も増える。フランスの場合は電力の80%を原子力に依存しているので、EVへの切り替えがエコになるが、日本ではエコにもエコノミーにもならないのだ。

This page as PDF

関連記事

  • 田中 雄三 前稿では、日本の炭素排出量実質ゼロ達成の5つの障害を具体例を挙げて解説しました。本稿ではゼロ達成に向けての筆者の考えを述べていきます。 (前回:日本の炭素排出量実質ゼロ達成には5つの障害がある①) 6.  I
  • ESG投資について、経産省のサイトでは、『機関投資家を中心に、企業経営の持続可能性を評価するという概念が普及し、気候変動などを念頭においた長期的なリスクマネジメントや企業の新たな収益創出の機会を評価するベンチマークとして
  • CO2濃度が増加すると海洋が「酸性化」してサンゴ礁が被害を受けるという意見があり、しばしば報道されている。 サンゴは生き物で、貝のように殻を作って成長するが、海水中のCO2濃度が高まって酸性化してpHが低くなると、その殻
  •   日本の温室効果ガス排出は減少している。環境省はカーボンニュートラル実現について「一定の進捗が見られる」と書いている。 伊藤信太郎環境相は「日本は196カ国の中でまれに見るオントラックな削減をしている」と述べ
  • 6月24日、東京都の太陽光パネルの新築住宅への義務付け条例案に対するパブリックコメントが締め切られた。 CO2最大排出国、中国の動向 パリ協定は、「産業革命時からの気温上昇を1.5℃以内に抑える」ことを目標としており、C
  • 四国電力の伊方原発3号機の運転差し止めを求めた仮処分の抗告審で、広島高裁は16日、運転の差し止めを認める決定をした。決定の理由の一つは、2017年の広島高裁決定と同じく「9万年前に阿蘇山の約160キロ先に火砕流が到達した
  • 去る7月23日、我が国からも小泉環境大臣(当時)他が参加してイタリアのナポリでG20のエネルギー・気候大臣会合が開催された。その共同声明のとりまとめにあたっては、会期中に参加各国の合意が取り付けられず、異例の2日遅れとな
  • サプライヤーへの脱炭素要請が複雑化 世界ではESGを見直す動きが活発化しているのですが、日本国内では大手企業によるサプライヤーへの脱炭素要請が高まる一方です。サプライヤーは悲鳴を上げており、新たな下請けいじめだとの声も聞

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑