東芝の損失はなぜ105億円から7000億円になったのか

2017年01月29日 08:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

Print
東芝の損失は2月14日に正式に発表されるが、日経新聞などのメディアは「最大7000億円」と報じている。その原因は、東芝の子会社ウェスティングハウスが原発建設会社S&Wを買収したことだというが、当初「のれん代(買収による損失)は105億円」と発表されていた。それがなぜ7000億円になったのか?

この事件はまだわからないことが多いが、S&Wの買収額は2億3000万ドルなので、買収で7000億円もの損失が出ることはありえない。関係者によると、東芝の経営陣に大きな見込み違いがあったおそれが強い。その原因は、規制の強化だ。

NRC(原子力規制委員会)の規制は日本よりきびしく、建設申請から完成まで10年以上かかる。いま建設中の原発も80年代から計画が始まったが、2011年の福島事故のあと規制が強化され、工事が大幅に遅れた。WHはアメリカ国内で5基の原発を受注しているので、工事費が1基あたり1400億円ぐらい増えたと考えられる。

しかしこのようなリスクは、東芝がWHを買収した2006年にはわかっていたはずだ。買収額は6600億円だから、7000億円を差し引くとWHの企業価値は(結果的には)ゼロだったことになるが、東芝はそのリスクを知らないで買収したと思われる。この背景には、日米の商慣習の違いがある。

日本では原発事故のようなリスクはすべて電力会社が負うので、東電は実質的な債務超過になっているが、アメリカでは原子炉の標準化が進んで、リスクをベンダーが負う契約に変化してきた。WHの原子炉AP-1000(上の図)は、中国に60基輸出するなど大量生産しており、コストが「定価」を上回った損失(あるいは下回った利益)はWHが負う契約になっている。

ところが福島事故のあとNRCの規制が強化され、建設費が激増した。この損失は直接には下請けのS&Wが負うが、同社はそれをWHが負うよう求めて訴訟を起こした。その判決が昨年12月上旬に出てWHが勝訴したが、法廷の情報開示で巨額損失の存在が明らかになった。これが年末の「数千億円の損失」という発表になった。

問題は非常に複雑で、全容は2月にならないとわからないが、関係者の話では、最大の見込み違いは東芝の経営陣がアメリカのリスク負担ルールを知らなかったことにあると思われる。規制強化で工事がいくら遅れても、日本なら電力会社が損するだけでベンダーは無関係だが、アメリカではWHが(そして東芝が)損失を負担するのだ。

では今後、東芝はどうすべきか。既定方針どおり工事を続け、原発を運転すべきだ。5基はほとんど完成しており、すぐ運転に入れる原子炉もあるという。原発の建設費は、いくら膨張してもサンクコストであり、今後のキャッシュフローには関係ない。これは完成した豊洲市場に移転すべきなのと同じだ。

金融支援が取り沙汰されているが、このように損失の大部分がサンクコスト(規制強化による固定費の増加)だとすれば、事業の採算性には影響しないので、運転すれば東芝の収益も大きく改善する。したがって政投銀が融資すべきだが、国費を投入するには少なくとも私的整理は必要だろう。

タグ: , ,
This page as PDF

関連記事

  • 米国マンハッタン研究所の公開論文「エネルギー転換は幻想だ」において、マーク・ミルズが分かり易い図を発表しているのでいくつか簡単に紹介しよう。 どの図も独自データではなく国際機関などの公開の文献に基づいている。 2050年
  • アゴラ運営のインターネット放送「言論アリーナ」。4月29日に原発をめぐる判断の混乱−政治も司法も合理的なリスク評価を」を放送した。出演は原子力工学者の奈良林直さん(北海道大学大学院教授・日本保全学会会長)、経済学者の池田信夫さん(アゴラ研究所所長)。
  • 小泉進次郎環境相が「プラスチックが石油からできていることが意外に知られていない」と話したことが話題になっているが、そのラジオの録音を聞いて驚いた。彼はレジ袋に続いてスプーンやストローを有料化する理由について、こう話してい
  • WWF
    8月公表のリポート。ドイツの石炭の使用増で、他地域より同国の健康被害の統計が増加しているという。
  • 真夏の電力ピークが近づき、原発の再稼働問題が緊迫してきた。運転を決めてから実際に発電するまでに1ヶ月以上かかるため、今月いっぱいが野田首相の政治判断のタイムリミット・・・といった解説が多いが、これは間違いである。電気事業法では定期検査の結果、発電所が経産省令で定める技術基準に適合していない場合には経産相が技術基準適合命令を出すことができると定めている。
  • CO2が増えたおかげで、グローバル・グリーニング(地球の緑化、global greening)が進んでいる。このことは以前から知られていたが、最新の論文で更に論証された(英語論文、英語解説記事)。 図1は2000年から2
  • ニューヨークタイムズとシエナ大学による世論調査(7月5日から7日に実施)で、「いま米国が直面している最も重要な問題は?」との問いに、気候変動と答えたのは僅か1%だった。 上位は経済(20%)、インフレ(15%)、政治の分
  • 1. まえがき いま世界中が新型コロナウイルスの被害を受けている。今年の東京オリンピックも1年延期と決まった。 中国、米国、ヨーロッパの各国が入国制限や移動禁止令を出している。町から人が消え、レストランが閉店し、観光客が

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑