原子力の価値、評価を妨げるものは何か

2016年12月15日 00:26
アバター画像
アゴラ研究所所長

キャプチャ東電の賠償・廃炉費用は21.5兆円にのぼり、経産省は崖っぷちに追い詰められた。世耕経産相は記者会見で「東電は債務超過ではない」と言ったが、来年3月までに債務の処理方法を決めないと、純資産2兆3000億円の東電は債務超過になる。

それは自明の問題として、長期的には原発に存在価値はあるだろうか。2015年の長期エネルギー需給見通し小委員会の試算では、図のように原子力の発電単価は10.1円/kWhで、石炭火力の12.9円やLNG火力の13.4円より安い。このうち「事故リスク対応費用」は0.3円だが、ここでは福島事故の処理費用を12.2兆円と想定している。これが今度21.5兆円になったことで0.3円ぐらい増えるので10.4円程度で、原発の優位性は変わらない。

ところが大島堅一氏は、独自の想定で原子力の発電単価を13.1円/kWhと計算している。その最大の違いは「発電コスト」(図の運転維持費と資本費)を8.5円に嵩上げし、「事故コスト」2.9円を独自に加算していることだ。経産省の「事故リスク対応費用」が0.6円程度なのに、大島氏は福島事故のサンクコストをそのまま今後のコストに上乗せして「10年に1基で福島と同じ事故が起こる」と想定している。

問題は過去の「実績」ではなく、これから苛酷事故が起こる確率だ。過去50年間に世界で起こった苛酷事故は3件だけなので、政府は4000炉年に1度と想定している。これでもかなり悲観的で、IAEAの標準では10万炉年に1度だ。確率の計算に絶対はないが、福島と同じ規模の事故が10年に1度起こるという想定は、専門家の計算にはありえない。

それより重要なのは、不確実性の大きい社会的費用だ。原子力の場合は賠償費用という形で表面化するが、化石燃料のコストはわかりにくい。政府の計算では石炭火力の「CO2対策費用」は3円/kWhとなっているが、化石燃料の社会的費用を内部化して炭素税をかけると、コストは大幅に上がる。

炭素税に効果があるかどうかは専門家の意見もわかれるが、それが効果をもつには1万円/トン以上は課税する必要がある。これによって化石燃料のコストは1.5倍になり、原子力の2倍近くになる。環境コストを正しく反映すれば、原子力は圧倒的に安くなるのだ。

では安全性はどうだろうか。原発事故で過去50年に出た死者はチェルノブイリ事故の60人だけだが、WHOによれば、世界で毎年700万人が大気汚染で死んでおり、石炭火力がその1割としても70万人だ。中国だけで毎年36万人が石炭で死んでいるという推定もあり、石炭こそ最悪のエネルギーなのだ。

つまり直接コストでみると火力は原子力といい勝負だが、環境・安全性などの社会的コストを考えると、原子力が圧倒的に安い(再生可能エネルギーはコストでは問題にならない)。エネルギー問題にトレードオフはないのだ。ここでは原発を新規立地するコストをあえて比較したが、再稼動のコストは原発が圧倒的に安い。

重量あたり石炭の300万倍のエネルギーを出せる原子力のポテンシャルは大きく、日本のメーカーが優位性をもつ数少ない産業だ。その活用を阻んでいるのは、大島氏のような無知な反原発派による政治的コストである。

This page as PDF

関連記事

  • 24日、ロシアがついにウクライナに侵攻した。深刻化する欧州エネルギー危機が更に悪化することは確実であろう。とりわけ欧州経済の屋台骨であるドイツは極めて苦しい立場になると思われる。しかしドイツの苦境は自ら蒔いた種であるとも
  • 原子力規制委員会の有識者会合は7月17日、北陸電力志賀原子力発電所(石川県)の1号機原子炉建屋直下を走る破砕帯について、活断層の疑いを否定できないとする評価書案をまとめた。この評価により同原発の当面の稼動は難しくなった。規制委の問題行動がまた繰り返されている。
  • 2022年の年初、毎年世界のトレンドを予想することで有名なシンクタンク、ユーラシアグループが発表した「Top Risks 2022」で、2022年の世界のトップ10リスクの7番目に気候変動対策を挙げ、「三歩進んで二歩下が
  • 日本での報道は少ないが、世界では昨年オランダで起こった窒素問題が注目を集めている。 この最中、2023年3月15日にオランダ地方選挙が行われ、BBB(BoerBurgerBeweging:農民市民運動党)がオランダの1つ
  • 遺伝子組み換え(GM)作物に関する誤解は、なぜ、いつまでたっても、なくならないのか。1996年に米国で初めて栽培されて以来、「農薬の使用量の削減」などたくさんのメリットがすでに科学的な証拠としてそろっている。なのに、悪いイメージが依然として根強い背景には何か理由があるはずだ。
  • シンクタンク「クリンテル」がIPCC報告書を批判的に精査した結果をまとめた論文を2023年4月に発表した。その中から、まだこの連載で取り上げていなかった論点を紹介しよう。 ■ 地域的に見れば、過去に今よりも温暖な時期があ
  • 福島第1原発のALPS処理水タンク(経済産業省・資源エネルギー庁サイトより:編集部)
    はじめに トリチウム問題解決の鍵は風評被害対策である。問題になるのはトリチウムを放出する海で獲れる海産物の汚染である。地元が最も懸念しているのは8年半かけて復興しつつある漁業を風評被害で台無しにされることである。 その対
  • 東京都の令和7年度予算の審議が始まった。 「世界のモデルとなる脱炭素都市」には3000億円もの予算が計上されている。 内容は、太陽光パネル、住宅断熱、電気自動車、水素供給などなど、補助金のオンパレードだ。 どれもこれも、

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑