トランプ政権誕生に備えた思考実験

2016年11月25日 22:32
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東京大学大学院教授

(見解は2016年11月25日時点。筆者は元経産省官房審議官(国際エネルギー・気候変動交渉担当))

IEEI版

前回(「トランプ政権での米国のエネルギー・温暖化政策は?」)の投稿では、トランプ政権が米国のエネルギー・温暖化政策にどのような影響を与えるかとの点につき、現時点での見立てを記してみた。

もとより政権はまだ発足していないし、オバマケアや移民に関する発言の軟化など、選挙中のトランプ氏の言動がどの程度、実行に移されるかはわからない。しかし先行き不透明な状況の中で様々なシナリオを想定し、頭の体操をしておくことは決して無駄ではあるまい。今後、随時、主として温暖化問題についてトランプ政権誕生のもたらす影響について、思いつくままに記してみたい。以下の論点は杞憂かもしれないが、いわば「思考実験」、「考えるヒント」として読んでいただきたい。

米国不在のパリ協定のルール交渉はどう動くか

米国がどのような形でパリ協定から離脱するのか、気候変動枠組条約そのものからも離脱してしまうのか、具体的な道筋は不透明である。しかし新政権発足以降、現在進行中のパリ協定の詳細ルール作りから米国が事実上、手を引いてしまうことはほぼ確実だろう。COP22の交渉状況を見ると、途上国は国別貢献(Nationally Determined Contribution)の中に支援の意図を含めること、透明性フレームワークにおいて先進国・途上国の二分論を明確にビルトインすること等を求めており、予想されたように先進国と途上国の対立が顕在化している。

こうした中で米国の事実上の退場がルール交渉にどういう影響を与えるだろうか。米国のパリ協定拒否(国際法上の離脱には時間がかかるとしても)に対し、国連交渉に参加している交渉官たちは「米国にかかわらず、我々は脱炭素化前に進む」というメッセージを一層強く出したいと思うであろう。「COP22と日本が本当に注力すべきこと」で書いたように、パリ協定がせっかく予想を上回るスピードで発効したのだから、ルールブックも2018年に採択できるよう、交渉を進めようというモメンタムがある。国連温暖化交渉の住人たちは米国がパリ協定に背を向けたことで尚更、成果を挙げようと思うだろう。

問題は米国の事実上の退場が交渉のダイナミクスにどういう影響を与えるかだ。上記に述べたような先進国・途上国の対立がある中で、先進国陣営における米国の存在感は何と言っても大きい。資金問題にせよ、二分法の問題にせよ、米国が最も神経を尖らせて対応してきた。

その米国が沈黙することになれば、相対的に途上国側が勢いづくことは想像に難くない。これまでの交渉経験から見てもEUは途上国に対して土壇場で腰砕けの対応をする傾向が強い。ポスト2013年交渉の際も、早々と京都議定書第二約束期間容認論に変節をした前科がある。「2018年にはルールを採択し、米国がいなくても国際社会は前に進んでいることを示そう」という思いが先走る余り、途上国に妥協することを懸念する。

交渉である以上、どこかで妥協しなければならないのは明らかだが、米国不在の交渉で合意を急ぐ余り、過度な妥協を行い、将来、米国が復帰する芽を摘んでしまうことになったのでは元も子もない。日本やアンブレラグループは将来の米国復帰を可能にするようなルール作りを強く主張する必要があるだろう。

2017年のG7、G20プロセスはどうなるか

2017年にイタリアが議長国を務めるG7シチリアサミット(2017年5月26-27日)、ドイツが議長国を務めるG20ハンブルクサミット(2017年7月7-8日)がどうなるかも注目したい。

試みに米国が京都議定書から離脱する前後のサミット首脳声明を見てみよう。クリントン政権時代最後の2000年7月の九州・沖縄サミット首脳声明では、京都議定書について以下のように記されている。

「我々は、我々のすべてのパートナーとともに、2002年の「リオ+10」に向けて未来志向の議題を準備するように努力する。我々は、京都議定書の早期発効を目指して、すべての主要な未解決の問題をできる限り速やかに解決するため、我々の間で、そして開発途上国と、緊密に協力することに強くコミットしている。そのような目的に向けて、強力な国内的措置及び補完的な柔軟性のメカニズムの実施を通じて京都議定書の目標を達成するために、我々は、気候変動枠組条約第6回締約国会合(COP6)が成功を収めるようにする決意である」

これが、2001年初めのブッシュ政権による京都議定書離脱表明を挟み、2001年7月のジェノヴァ・サミット首脳声明では以下のような記述になり、米国とそれ以外の国とのポジションの違いを明示することとなった。

「我々は、温室効果ガスの排出を削減する必要性について完全に合意している。京都議定書及びその批准に関しては、現時点では意見の不一致があるが、我々は、我々の共通の目標を達成するため、集中的に協力していくことにコミットする。このため、我々は、ボンにおいて再開された第6回締約国会議(COP6)に建設的に参加しているが、全ての関連するフォーラムにおいても引き続き同様の姿勢で臨む。我々は、最近のG8各国間及びその他の国々との間で議論が深化していることを歓迎する」

その後、京都議定書が発効した2005年の英グレンイーグルス・サミットまで「京都議定書」という言葉は首脳声明から消える。グレンイーグルス・サミットでは、気候変動に熱心なブレア首相の肝いりで「気候変動、クリーンエネルギー、持続可能な開発」の文書が合意され、グレンイーグルス行動計画が始動する。京都議定書についての記述は以下の通りであり、G8全体として気候変動枠組条約にコミットするが、京都議定書については「批准した国は」と主語を特定した表現となった。

「我々は、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)が、気候変動に関する将来の行動を交渉するための適切なフォーラムであることを認める。京都議定書を批准した国は、同議定書の発効を歓迎し、また、その成功に向け取り組む」。

ここで本年6月の伊勢志摩サミットに飛ぼう。昨年12月のパリ協定合意を受け、気候変動関連の記述は高揚感に満ちている。

「G7は,引き続き指導的な役割を担い,パリ協定の2016年中の発効という目標に向けて取り組みつつ,同協定の可能な限り早期の批准,受諾又は承認を得るよう必要な措置をとることにコミットするとともに,全ての締約国に対し,同様の対応を求める。我々は,更なる野心を時間の経過とともに促進しつつ,自国が決定する貢献を,早期に透明性をもって,かつ,着実に実施することで先導することにコミットする。また,我々は,5年ごとに行うグローバルな評価手続の定期的な検証に積極的に参加することにコミットする。我々は,2020年の期限に十分先立って今世紀半ばの温室効果ガス低排出型発展のための長期戦略を策定し,通報することにコミットする」

欧州が仕掛けてくる可能性は高い

本年6月の報道によれば、2017年のシチリアサミットで議長国イタリアのレンツイ首相は移民、アフリカに焦点を当てる意向だと報じられている。しかしパリ協定の予想を上回るスピードでの発効、気候変動に懐疑的なトランプ大統領の誕生という状況変化を考えると、気候変動が大きなテーマになる可能性は十分にある。

イタリアのレンツイ首相が12月の国民投票で憲法改正への支持を取り付けて留任し、来年4月のフランス大統領選で気候変動懐疑派のルペン国民戦線党首が敗れ、フランスの新政権(オランド大統領か、サルコジ前大統領か、ジュッペ元首相か)がパリ協定を引き続き強く支持すると前提して考えてみよう。即ち、「気候変動に熱心な欧州」対「気候変動に無関心・後ろ向きな米国」という構図だ。

G7の議長国がイタリア、G20の議長国がドイツと、どちらも欧州諸国であり、G7とG20で出すべきメッセージについても当然、水面下で連絡調整を図るだろう。欧州はトランプ大統領の初登板となるG7、G2Oプロセスを使って米国の包囲網を作ろうと考えるのではないか。中でもドイツの動きが注目される。

今年9月のG20杭州サミットの首脳声明の気候変動関連部分は以下の通りである。

「我々は,持続可能な開発並びに気候変動に対処するための力強く効果的な支援及び行動に対するコミットメントを再確認する。我々は,各国の手続が許容する限りにおいて可及的速やかにパリ協定に参加するため,それぞれの国内手続を完了することにコミットする。我々は,同協定に参加したG20構成国及び同協定の2016年末までの発効を可能にするための取組を歓迎し,同協定の全ての側面についての適時の実施を期待する。我々はパリでの結果に沿って緩和及び適応のための行動に関し開発途上国を支援するための資金的リソースを含む実施手段の提供についての先進国による国連気候変動枠組条約上のコミットメントが実施されることの重要性を確認する。我々は,緑の気候基金によって提供される支援の重要性を再確認する。我々は、「緩和及び適応のための行動の野心を高めるための気候資金の効率的で透明な提供及び動員を促進することに関するG20気候資金スタディ・グループ報告」を歓迎する」

G20杭州では、途上国を含むG20というフォーラムの元々の性格、中国がホスト国ということもあり、パリ協定の早期発効を謳いつつ、途上国支援に力点を置いたものになっている。他方、ドイツは緩和部分でもっと書き込みたい、そのためにG20に先行するG7では最大限前向きのメッセージが望ましいと考えているだろう。

メルケル首相はトランプ氏の当選にあたり、ドイツにとって、EU以外の国の中で、米国ほど共通の価値によって緊密に結ばれている国はない。その共通の価値とは、民主主義、自由、権利の尊重、全ての個人の尊厳を重んじることである。人権と尊厳は、出身地、肌の色、宗教、性別、性的な嗜好、政治思想を問うことなく守られなくてはならない。トランプ氏がこれらの価値を我々と共有するならば、トランプ氏とともに働く用意がある」というメッセージを送っている。ここでは明示されていないが、気候変動についての価値観の共有も「共に働く」条件と考えているであろう。

メルケル政権は2017年秋に総選挙を控えている。移民で支持率が低下しているメルケル首相にとって、気候変動はドイツ人のトランプ嫌いと環境原理主義的傾向にアピールする格好のアジェンダのはずだ。このため、ドイツはG7サミットでできるだけ気候変動に前向きなメッセージが出るようイタリアに働きかけ、それを自らが議長国を務めるG20サミットにリレーし、「トランプ政権誕生後も世界は温暖化防止に動く」という構図を作ろうとするのでないか。

G7の際にトランプ大統領も共有できるようなメッセージにしようとすれば、パリ協定をエンドースし、それに基づく更なる行動について書くことが難しくなろう。気候変動枠組条約へのコミット(トランプ政権がパリ協定は離脱しても気候変動枠組条約から離脱しない場合)、温暖化問題の重要性、クリーンエネルギー開発、技術開発等を入れ込んだとしても、パンチの欠けるメッセージにならざるを得ない。パリ協定が発効した翌年のサミットでパリ協定に言及しないというオプションはイタリアにとってもドイツにとっても受け入れがたいであろう。

となるとグレンイーグルス共同声明のように「パリ協定を支持する国は」と主語を米国以外の国に特定し、2018年に詳細ルールの採択を目指す、2018年にIPCCの1.5度報告書が出ることを踏まえ、2020年を待たずに目標引き上げを検討する、長期戦略を2018年中に提出し、2050年80%減を目指す、等といった、伊勢志摩サミットを深堀りしたメッセージを書き込もうとするのではないか。

もちろん「2020年を待たずに目標引き上げ」はトリッキーな問題である。米国がひたすらエネルギーコスト低下を目指す中で、逆にエネルギーコスト上昇につながるような目標引き上げを打ち出せるかという問題がある。またEUレベルでの目標の深堀りの議論にはポーランドが強く反対するだろうし、これまで積極派であった英国が離脱することになれば尚更、域内の合意形成は難しい。しかし環境原理主義的な対応をとりがちなドイツが「トランプとそれ以外の国の違い」を際立たせるために、そうした方向を狙う可能性もある。G7に参加している英、独、仏、伊ということであれば、ポーランドを気にする必要はない。これに対し、トランプ大統領は米国さえ関係なければ他のG7諸国が「パリ協定をエンドースする国」として何をコミットしようが「我関せず」というポジションを取るだろう。

日本は国益を考えた自立的対応を

以上はあくまで頭の体操に過ぎない。レンツイ首相が憲法改正に失敗して退陣したり、フランスでまさかのルペン政権が誕生したり、英国が米国との関係において他の欧州諸国と一線を画する対応をすると、絵姿が全く変わってくる。しかし、トランプ大統領初登板のG7、G20プロセスで気候変動が大きな論点になることは間違いないと思われる。その際、日本はどう対応するか。

2018年に詳細ルールを採択し、長期戦略を2018年中に提出する、といったメッセージならば問題ないだろう。しかしイタリアやドイツがトランプの米国との違いを際立たせるため、「パリ協定をエンドースするG7諸国は2020年以前に目標を更に引き上げる」「2050年80%を目指す」等といったメッセージを入れ込もうとなると、原子力再稼動が足踏み状態にあり、原子力の新増設の議論が封印状態にある日本にとっては、自分で自分の首を絞めることになる。

そもそも26%目標を考える際の1つの条件は「他国に遜色のない温暖化目標」だったが、米国が26-28%を放棄してしまえば、全くの事情変更だ。更に温暖化対策計画中、2050年80%目標は全ての主要排出国の参加する公平で実効ある枠組み、主要排出国の能力に応じた取り組み、経済成長と温暖化対策の両立を前提条件としている。これも米国が80%目標を放棄すれば成立しなくなる。90年比の目標を掲げ、2015年時点で既に24-25%減を達成している英国やドイツと日本とでは全く事情が異なるのだ。欧州発の「曲球」には十分慎重な対応が必要だろう。

トランプ政権の誕生により、「米国頼みを前提とした戦略ではなく、自分の足で独り立ちした外交・安全保障政策を」というコメントをそこかしこで聞く。これは温暖化の分野でもそのまま当てはまる。パリ協定を尊重し、温暖化防止に向けて最大限の努力をすることは当然だ。

他方で、日本にとって最大の貿易相手国である米国が国益第一にエネルギーコストの引き下げを図る中で、日本のエネルギーコストをいたずらに上昇させるような政策を講じれば、米国へのカーボンリーケージを招くだけだ。パリ協定の根幹は「各国自決」である。日本は日本経済、産業競争力への影響を慎重かつ冷静に検討しながら、経済成長と温暖化対策の両立を図らなければならない。「自分の足で独り立ちした」対応が必要なのである。

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