改革進めるサウジ、その先は?-日本の未来を左右
サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン副皇太子が公賓として9月1日に日本を訪問した。それに同行して同国の複数の閣僚らが来日し、東京都内で同日に「日本サウジアラビア〝ビジョン2030〟ビジネスフォーラム」に出席した。
(写真1)〝ビジョン2030〟ビジネスフォーラムの写真。前列真ん中が世耕経産大臣。後ろは日本の経営者たち
同国は今年4月「サウジアラビア・ビジョン2030」という国家改革プランを公表。30年までに石油に依存した同国の体質を変え、製造業とサービス産業を成長させて、開かれた国家にする構想を打ち出した。大臣らはこのビジョンに基づく改革の決意を、熱意を込めて語った。
成功すれば、サウジはその豊かな石油資源のもたらす富を背景に、「欧米型の仕組みを持ったイスラム経済大国」というユニークな姿に変身するだろう。サウジの未来は日本と密接に結びつく。その現状を伝えたい。
石油から、投資収益による国へ- 「ビジョン2030」
(写真2)ビジョン2030のサイト。写真中央がサウジのサルマーン国王。右が王の甥のムハンマド・ビン・ナイーフ皇太子(欧米メディアの略称は「MbN」)、左がビジョン2030の策定責任者で王の息子31才のムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子(欧米メディアの略称は「MbS」)。
(写真3)
「ビジョン2030」は、ムハンマド副皇太子が経済評議会議長として、今年4月にまとめた。
ポイントは以下の3つだ。
1・石油依存型経済から脱却し、投資収益に基づき運営する、効率的な国家を建設する。
2・アラブとイスラムの精神を継承しながら国の改革を行う。
3・サウジアラビアは、地理的にアジア、ヨーロッパ、アフリカの3大陸の結節点にある。その地の利を活かして、物流、技術、情報などあらゆる物事の「ハブ」になる。
そして「活気ある社会」、「盛況な経済」、「野心的な国家」などの目標を立て、2030年までの期限を区切り、各社会問題で変化の数値目標を設定した。
(図表2)
いずれもサウジの現状を反映した適切な目標だ。日本も改革が叫ばれ続けているのに遅々として進まない。社会全体が一丸となって目標に進むサウジは、政治体制の違いがあるとはいえ、参考になる点が多いと思う。
日本企業のサウジへの期待
セミナーの主催は日本貿易振興機構(JETRO)と中東協力センター。JETROはサウジアラビア総合投資院と協力覚え書きを結び、政策情報の交換、投資家の相互紹介、技術仲介での関係を強化することを決めた。JETROの平野克己理事長は「意欲的な改革でサウジは一段と成長し、それは日本にビジネスチャンスをもたらす」と期待を述べた。
セミナーには世耕弘成経産大臣が出席し、「サウジアラビアと日本との深い絆」を強調。サウジアラビアの政府、公的投資基金・投資庁、アラムコ、電力公社などの各企業と、日本の経済界の代表らが協力の覚え書きを結んだ。また個別企業同士が協力協定を13件調印するセレモニーが、世耕大臣とアラビア側の大臣5人が臨席して行われた。
そこには日本の大企業30社の社長、会長クラスが集まった。千代田化工、日揮、東京電力などのインフラ企業、銀行などの金融機関だ。多忙な企業トップが、これほど集まる会合は珍しい。日本企業がサウジと良い関係を持ち、さらに深化させたがっていることがうかがえた。そして600人の日本、サウジの出席者があった。
改革を誓う有能な大臣たち
(写真4)サウジの大臣、一番左のアラブ服の人がファレーフ・エネルギー大臣
そしてサウジ側の大臣による座談会が行われた。ファーレフ・エネルギー・産業・鉱物資源省大臣、カザビー商業投資省大臣、ヒクバーニー労働・社会発展省大臣、ハティーブ娯楽庁長官、公共投資基金ルマイヤーン事務局長が並んだ。他にも財務大臣が来日している。
全員が流ちょうな英語で、自分の言葉で自国の未来を熱く語った。また全員が「ビジョン2030」でサウジが生まれ変わり、より豊かになることを強調した上で、日本の力が必要と述べた。そして「何でも聞いてください」とPR精神を示した。同国の大臣級の人材の厚さ、やる気が印象に残った。
カザビー商業投資省大臣は「投資については法と制度改革を進めており、2030年より前にサウジ企業と外国企業が、まったく区別なくビジネスができるようになります。政府は決して差別をしません」と語った。中小企業の育成が「ビジョン2030」の課題の一つという。そのために中小企業の力の強い日本に学ぼうと調査チームを派遣して、その研究を反映させたという。
またサウジは重工業化を進める柱として、軍需産業の育成に力を注ぐ方針で、「日本の技術力、投資に期待したい」と述べた。日本は平和国家と自称し、武器輸出の禁止が政府によってようやく緩和される方向だ。しかし外国はそんな日本の国内事情とは関係なく、その技術の軍事転用に関心を向けている。
また娯楽庁はムハンマド副皇太子の肝入りで作られた。娯楽は国民の喜ぶコンテンツの開発、さらにはその産業の拡大を目指すという。
20億人のイスラム教徒は、サウジ国内の聖地メッカ、メジナに生涯に一度は必ず巡礼するため、サウジには年800万人、海外から人がくる。それを2030年には3000万人に増やす目標があるという。さらに20億人のイスラム教徒はアラビア語を必ず学ぶ。ハティーブ娯楽庁長官は「サウジは観光産業が成長する潜在的力があり、テーマパークの建設計画が着々と進んでいます。またサウジでコンテンツを作り翻訳すれば20億人のイスラム教徒が見るでしょう。ポケモンGOで成功した日本はコンテンツ力がすばらしい。クリエイターの皆さんは、その有利性をぜひ活用してください」と話した。
ヒクバーニー労働・社会発展省大臣は「女性が活躍する社会を目指す」と、保守的なイスラム思想とは真逆の考えを述べた。女性を社会進出させながら、社会の緊張を起こさないためか、自宅勤務やテレワークについては、社会実験を拡大しているという。
サウジ公共投資基金のルマイヤーン事務局長は2000億ドルを運用する世界最大の政府ファンドであると自分の組織を紹介。またサウジ政府は、同国の国営石油会社の上場計画を発表している。資産の時価総額の査定が今年4月時点で2兆ドル(200兆円)となる巨大企業で、同国内の株式市場で公開の予定だ。その5%を政府は売り出すという。その「上場を17−18年に行う準備は予定通り着々と進んでいます」と述べた。
各大臣の中で世界的に知られたのは、石油産業を統括するファレーフ大臣だ。今年、ムハンマド副皇太子の指名で大臣に抜擢されたビジネスマンだ。原油価格下落の難しい状況の中で国際交渉の前面に立ち、「切れ者」という評価が広がっている。今後、国際的なエネルギー問題に影響を与える人物だ。
このシンポジウムでも、「サウジアラビア人は誰もが日本を好きだ」と日本企業と日本人の能力、そして製品の質を称えるという、臨席の人々をうれしがらせるスピーチをし、世評通り「切れ者」ぶりを感じさせた。そして「石油ばかりに頼れない」と、原子力、再エネの導入を進める方針を述べた。国内向けのエネルギー産業は、現在は国営企業が大半を供給しているが、それに競争を取り入れるという。再エネでは風力、太陽光発電の新興企業が育っているという。
改革は時代の流れ、そして国内の政治問題を反映
サウジは世界最大の石油埋蔵量を持つ最大の輸出国。人口は3000万人だが30才以下が60%以上を占める若い国だ。
政治的には王制が続き、また保守的なイスラムの慣習を尊重している。しかし石油による富をこれまで国民に分配して、不満を噴出させなかった。また国際政治では、西側、特に米英と結びつき、穏健な協調路線を採用した。そして王族は西欧で教育を受けた優秀な官僚団を育成し実務を委ねた。今回のセミナーでも、大臣クラスの人材の能力の高さ、頭の回転の速さはうかがえた。政治・社会的には安定しているとされる。
ところが、その体制にほころびが出ている。産業の石油依存体質と、国家の非効率性はこれまで繰り返し指摘されたが、なかなか改善されなかった。詳細は公表されていないが、国家収入の8割以上が石油収入によるものとされる。
しかし2014年からの原油の国際価格の暴落でサウジの財政は赤字化。さらに2011年からのアラブの春と呼ばれる民主化運動が中東に広がった。そしてサウジでは、初代国王イブン-サウドの息子の第6代アブドゥラー国王が2015年に90才で亡くなり、弟の現在80才のサルマーン国王が即位した。
サルマーン国王は現在31才の息子ムハンマドを副皇太子に抜擢。また国防大臣、経済評議会議長という要職に就けた。サウジ王族は約2万人いるとされるが、国王は初代国王の直系の家系の中での合議で選ばれてきた。サルマーン国王はその慣習を変え、甥のナイーフ皇太子(57才)を差し置いて、息子のムハンマドに王位を継承させる意図があるとされる。
こうした内外の激変の中で、「ビジョン2030」は打ち出された。このまま石油に依存していれば、国は成り立たなくなるという若き副皇太子の危機感が反映したものだろう。今回のセミナーでは大臣らがそろって、「ビジョン2030」の推進を誓った。政府内でムハンマド副皇太子の影響力が強まっていることがうかがえた。副皇太子の今回のG20の出席、さらにサウジにとって重要な国である日本への訪問や天皇陛下との会見も、国王継承のための地ならしだろう。副皇太子は広報資料で「『ワンピース』など日本のマンガやアニメを好む」と日本向けにリップサービスをする如才なさも見せた。
経済・社会改革の進行は政治危機をもたらすか?
(写真6)熱気のあったセミナーの様子
ただし大臣たちが「語らなかったこと」がある。ビジョン2030改革を進めると、サウジアラビア国内で政治的な緊張が強まることは、誰もが予想できる。
国を開き、自立した企業や国民を増やせば、その人たちは、自由な情報の流通、政治参加、王政の変革を求めるはずだ。今回のセミナーには200人ほどのサウジアラビアの政府、経済人が同行していた。大半の人がスーツ、数名が伝統的なアラビア服を着ていたが、誰もがスマホに向き合っていた。自由な情報の流通はもはやとめられない。
現在のサウジには、部族の影響力、イスラムの慣習を尊重する保守派が残る。このビジョンのタイトルに、西暦の「2030年」を使ったことで、不快感を示す保守派もいたと欧米メディアは報道している。改革はその勢力との摩擦をもたらすだろう。また民主化を急に行えば、アラブの春以降の中東各国が苦しんでいるように、イスラム原理主義の台頭、社会混乱をもたらす。一方で、それを遅らせると、自由化の進む経済や社会との摩擦が生じてしまうかもしれない。何もしなければ、石油に依存した危うい体制が続いてしまうはずだ。有能とされるムハンマド副皇太子、そして大臣らは、その危険を十分に分かっているだろう。
ムハンマド副皇太子の行動にも危うさがありそうだ。王族内では彼への権力集中を批判する文書が出回るなど、きしみが伝えられている。また国防大臣として決断した2015年のイエメンのイスラム過激派への軍事介入では、サウジ軍は最新兵器を使う空爆をするだけで適切に活動できず、国内外で軍の能力への批判が出た。イエメンでは今停戦して和平交渉が行われているが、長引けばサウジの政治体制に動揺が広がっただろう。もしかしたら実績作りのための焦りが、80才の高齢の王と副皇太子にあるのかもしれない。
そしてサウジの未来は、日本の未来と密接にかかわる。1970年代から、安定してサウジの石油を購入できたことが、日本経済の繁栄を支えた。サウジは今、日本の石油輸入で最大となる3割を占めている。同国が生まれ変わり、日本とWin-Win(共栄)の新しいビジネスチャンスが生まれる可能性がある。一方でその政治混乱の発生に、日本が巻き込まれることもありえる。
サウジの国家運営の難しさが、セミナーから垣間見えた。サウジの未来は、サウジの人々が決めることだが、その行く末を日本と私たちは注視していかなければならないだろう。
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