「ポケモンGO」から考える原子力・インフラ警備
「ポケモンGOで原発にGOするな」
スマートフォン向けゲームアプリ「ポケモンGO(ゴー)」。関係なさそうな話だが、原子力やエネルギーインフラの安全についての懸念を引き起こす出来事が、このゲームによって発生している。
これはスマホで表示されたバーチャルのかわいい怪物「ポケットモンスター」を、現実空間で人が動いて捕獲するゲームだ。
7月6日にサービスを開始した米国では、同月10日に10代の3人の少年がオハイオ州エリー湖畔にあるペリー原発に侵入し警備員に拘束された。ポケモンを探して迷い込んだという。
米国原子力規制委員会(NRC)は、広報の下手な日本の原子力規制委員会と違い、ブログでこまめに情報を発信している。7 月19日ブログ「ポケモンGOで原発にGOするな」では、「原発は米国で最も警備が厳しい場所であり、警備員は拳銃を持ち、原発を守るために使用することが認められている。原発はピカチュウを探す場ではない」と、厳しく警告している。
日本でも同26日にサービスが始まったが、東京電力が調査したところ、同社の福島県の2つの原発、また新潟県の柏崎刈羽原発の構内付近でポケモンが見つかった。そのために非表示をするように運営会社に求めたという。
このサービスは日本のアニメキャラクターを使っているものの、ナイアンティックという米国サンフランシスコ市のベンチャー会社が運営している。同社は重要なインフラ、公共施設でポケモンがいない設定にしているとするが、近くで見つかる例が多発している。
一般人の立ち入りを禁じる危険な大規模工場を持つ電気、ガス、石油会社にとって、ポケモンを探す一般人が、施設に侵入する可能性が出てしまう。またスマホに注意を取られた人が事故に巻きこまれる可能性も否定できない。さらに可能性は低いものの、「間違った一般人」のふりをしてインフラに近づき、それを破壊する人がいるかもしれないのだ。
隠された論点「インフラ攻撃」
電力、ガス、石油などのエネルギー業界を取材して気づくことがある。各社の広報は、決して嘘はつかないが積極的に広報しない点がある。インフラへの攻撃の可能性、そしてその対応策だ。
1990年代末まで、インフラは一般警備会社、また原子力発電所は電力会社などが出資して作った特殊警備会社が担当していた。しかしそれは日本の過激派への対応はできても、組織テロや軍事攻撃は想定外だった。
毎日、世界の各所で伝えられる、国際紛争、戦争のニュースを注意深く見てみよう。今は一般市民を狙った大量殺戮の攻撃は世論への配慮難しい。インフラ、特に変電所、発電所、石油から収入を得ているIS(イスラム国)は石油施設など、エネルギーインフラ狙った攻撃、空爆が多いことに気づく。国家間、テロ組織の紛争では、エネルギーインフラは重要な対象だ。
今の紛争地のシリア、アフリカでは原発があるところは少ないが、あればそこも当然狙われる。2007年、内戦前のシリアで、イスラエル軍が核施設を攻撃して破壊した。両国政府は、それを公表していない。原発は核物質を増やし、安全保障上の脅威になる。核兵器が自国に使われることを恐れるイスラエルは1981年にフセイン政権下のイラクの原子炉を空爆、破壊している。
日本の原発、北朝鮮の不気味な影
筆者はかつて日本の治安当局の関係者に、原子力発電所の警備について話を聞いたことがある。日本海側で70年代後半に北朝鮮に拉致事件が発生した。現場である福井県の若狭湾沿岸、新潟県柏崎市、島根県松江市などでは、このころちょうど原発の建設が行われていた。「原発の偵察、調査のついでに拉致をした可能性は否定できない」と、関係者は話していた。
また自衛隊関係者に次のようなことを聞いた。2000年ごろ中国人民解放軍の退役将軍を表敬訪問した。北朝鮮の脅威を守秘義務の範囲で話すと、その将軍は次のように語った。「北朝鮮は日本の原発の情報を集めている。自衛隊は軍事専門家として、集中立地という危険なことはやめろと、政府や電力会社に進言するべきだ。日本の原子力事故は中国にも影響しかねない」。
その関係者は「中朝同盟はあるが、その将軍は朝鮮人民軍、北朝鮮政府に対して何をするか分からないと不信を持ち警戒していた。何かを企んでいると示唆してくれた」という。ただし、その報告は政府内の関係部署に共有されたが、よくあるように「報告された」だけに終わったと、この関係者は残念がる。
電力会社は地元理解の難しさ、運営の効率化の観点から、原発の集中立地を進めた。そして経産省も容認した。しかし東電の福島第1原発事故では、複数の原子炉での同時事故が起き、対応が混乱した。安全保障上の観点から考えると、集中立地では事故処理は困難になるし、テロの危険も高まる。
進んだ日本の警備対策
日本は平和ボケにあふれているが、治安当局の中にも、エネルギー会社にも、規制当局にも、危機感を持つ人はいる。そしてゆっくりと改善は進んできた。
2001年の全米同時多発テロを受けて、翌年、通称「B5b」という指令を米NRCは出した。対策は多岐にわたるが、重要なポイントは、「テロリストの攻撃で全電源が喪失しても、原子炉が安全に停止するように対策すること」という内容だ。
全電源喪失は福島事故と同じ状況だ。この指令は直後に日本で訳され、関係者も共有していた。しかしその対策が遅れてしまったことが悔やまれる。(参考記事・朝日新聞 法と経済のジャーナル「米原子力規制幹部「米原発のテロ対策B5bは日本の事故にも適用できた」」)
日本の原子力規制委員会は2013年に決めた新規制基準で、この「B5b」の規制を取り入れ、全電源喪失の場合でも、原子炉の冷却ができる対応を原子力事業者に求めている。消防車、非常用電源車、ポンプ車の配備が各原発で行われている。
また東芝の子会社ウェスティングハウスの開発した新型原発AP1000では、冷却装置が働かなくなっても空気冷却などで自動的に原子炉を冷やす構造になっている。ただしAP1000は中国で建設中であり、まだ稼動していない。
また日本の原発はどこも、警戒が厳しくなった。1990年代は、各電力会社が休日ごとに見学ツアーを組み、中央の制御室や原子炉近くまで一般の人が入れた。今は身元確認が必要で、原発の管理部署、炉の近くには入れない。これは2000年代の中頃からだ。
原発は柵と監視カメラで覆われ、道路に面した部分からは重要施設は離れ、手榴弾攻撃にも耐えられるように傾斜した塀、鉄条網まで設置されている原発もある。そして海上には海上保安庁の巡視艇が展開している。原発の作業員も、厳重とはいえないが、身元確認を行うようになっている。工作員の侵入対策だろう。
原発の立地する自治体警察には原子力関連施設警戒隊が置かれ、隊員は短機関銃MP5を持つ重武装をしている。そして各原発は警察、自衛隊に協力して警備活動を行っており、その訓練は部分的に「見せつけ」のために公開している。小規模の武装集団なら、警察力で排除できる状況になっている。
何度か停止中の原発を使い自衛隊、警察、海上保安庁の特殊部隊が合同で、実際に隊員を動かして、侵入と防御の演習を行い、そこから教訓を共有するなどの取り組みをしている。
「原発はピカチュウを探す場ではない」
ある治安関係者は、「憲法や法律の制約はあるが、警備状況は各先進国に2010年代に入ってようやく追いついた。日本で原子力のテロが何もないというのは、この警備がある程度、効果を発揮したと思える。原子力施設警戒隊は当然、他のインフラの防衛にも使える」と話した。
原子力、そして他のエネルギーインフラの破壊は生活を壊すばかりか、放射能や有毒物質による人への被害も懸念される。リスクが私たちの近く存在し、見えないところで対策が取られている。この事実を私たちはなかなか知らないが、認識するべきだろう。そして、遊びがてらで、こうした場所の警備を混乱させてはいけない。
「原発はピカチュウを探す場ではない」のだ。
(2016年8月23日掲載)
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